Sinkー3
宇宙に誕生があったのなら、死は生より自然であると思う。
自然にのみ、ほかの自然を内包することが許される。
逃げなければ、お前たちは明日全員死ぬ。
風に流れて聞こえてくる音に、呆れた。昨日、祭壇に張り付けておいた警告の紙は勿体ないほどの慈悲だったが、能なしどもは弓と盾を装備して、
「
愚かな話だ。村を存続させるだけの食物も建材も、すべて
「ねえ、マリア。もう一つだけ、教えてあげるよ」
使用可能なシステムは
「死は恐ろしい」
かくして、一撃は放たれた。真横に立っていた
D‐BlockWeaponの余波で
時間を数える間、
「あっ、あぐっ、あ、っ、あっつははは、ざまあっ、みろ、ざまあみろっ!!」
私の
陣の裏に築かれた木製の投擲台が回り、油瓶が放り投げられる。続いて後衛の
だが、その程度だった。私は左手のUIを操作して、
私はあっという間に一人になった。黙り込んだ世界で、唇を噛みしめる。どうして逃げなかったのだろうか。こうしてあまりに容易く決着はつくというのに。
しかし次の瞬間、多くの息遣いを失って炎上する樹の水平に、風切り音が足された。正面から火を割って撃ち放たれた第一射を、
「マリア、みんな死んだね」
「……」
「あなたのお母さんや、お父さんも、きっと居なくなったね」
「……」
「大切な村も滅んだね」
「……」
「何とか言えよ、ブス」
「は、ブスじゃないが?」
直後、金属音が五回した。心臓を目掛けて投げつけられたナイフを、ワイヤー移動による背後からの二射目を、一射目に結び付けられて足元に転がっていた木箱の爆発を、舞い上がった礫片に紛れた投石を、一拍遅らせて広く放射線状に噴き出された毒針を、銀の枝は空を編む糸のように全て防いだ。
「ブスだろ、ダッサイ仮面叩き割ってやる」
左手のUIをさらに操作し、
しかし、遅れて拡がる
「逃げんな! 次は――」
そして、悪態を吐いてUIを開いた瞬間、緊急表示で気付く。度重なる攻撃で空いた穴から、私の立つ幹に入り込まれている。マリアは真下だ。目と鼻の先に、巻かれた推進器により超加速した金属矢の切っ先が伸び上がる。奇襲。まさに間一髪飛び退いた私は、心臓を抑えながら標的を探す。
仮面の女は、二つ向こうの幹の上に立ち止まっていた。流石に息を切らしている様子を確認して、私は少しの間忘れていた笑みを取り戻す。いくら何でもあの運動量を維持するには限界がある。死ね。触手にも似た
喉が干上がった直後、瞬き。
ほとんど崩壊した
「……クソがよ」
「ね」
雨が止み、雲間から日が差し込む。彼女は、美しいままだった。その青い双眸も、灰色の髪も、何も劣化していなかった。
族長の印の金の仮面を受け継いでおきながら、マリアの表情には、指導者の重圧と、守るべきものを全て失った悲しみが、全く見て取れなかった。目が合った一瞬で、彼女は使えなくなった弓をゴミのように放り捨て、代わりに別の金属を私の胸に押し当てる。撃鉄を上げる音とともに悟る。それは、矢筒の底に布を敷いて隠されていた、拳銃だった。
「どうして、あんたは――」
「村ではたくさんのことを教えてくれてありがとう。わたしも、伝えることがあるんだ」
マリアがそのあと語ったことに、私は怒りも嘆きもしなかった。あらゆる感情が混濁して、どうしていいか分からなかったからだ。彼女は言う。
「嘘を吐いていてごめんね。わたしは
無理やり、触れようとも思わなかった過去が鮮明になる。一〇歳のときだ。牢のなかに少女がいた。その子に魅了された私は、たくさん自分のことを伝え、代わりに古代の文献の読み方などを教えてもらった。目と髪と肌の色。私と彼女の容姿が似ていたことも、張り詰めた弓の弦のように私たちを結び付ける一助となった。しかし、まだ小さかった私にはどうしようもない別れが訪れる。
『私は、死って、そんなに恐ろしいことじゃないと思う』
名もない彼女は、疲れ果てた笑みで答えた。
『マリアは隠し事が下手だね。最期に、抱きしめさせてよ』
鍵なら手のなかにあった。扉を開けた途端、足音が弾ける。隣に立っていた
彼女の言うことが本当なら、こうだ。ほんの一〇分前、私は私の村を滅ぼした。本当の父も母も、この手で殺した。マリアは拳銃をこちらに向けたまま腰を浮かせる。私も立ち上がる。いまになって気づけば、女の首には私と同じペンダントがかけられていた。
「ガンマ線バーストが襲う前、この世界は幸せだったと思う?」
答える気のない私をおいて、悪魔のような女は口を開く。
正解はね、と区切った彼女の両眼は深海の闇に染まっている。
「幸せではなかった。きみやわたしのような不幸なひとがたくさんいた。犯されて、餓死して、もっとひどい有様になった子も少なくなかった。みんな忘れているんだ。せっかく滅んだ世界の常識を引き吊って、いまならいくらでも是正できる悪や不条理を受け入れようとしている」
悪魔のような私は、自分が殺してしまった人々を思い返す。
きっと、私の眼も同じ色に満ちている。
「
――ねえ、きみ、一緒に幸せを作ろう。その言葉を受け取って、私は深く息を吐いた。雲が再び敷かれた空。死に果て、何もかも終わったあとの焦げ跡と煙に染められた白黒の天地で、一人想う。マリア、お前が何を考えようが、私たちは最悪だ。
怒号を上げて、私は突進した。二発の銃声。身体を揺らして振り上げた右手の甲に穴が開いて五指が千切れ、肘も皮一枚で繋がるほどに抉り飛ばされる。踏みつけた足元に肉片と鮮血が注ぐ。だが、私は止まらない。あいにくと
初めてマリアの冷や汗を見た気がした。細い腰に左の爪を立てて組み付き、汗と血と涙を流しながら、力の限り、押す。情念が形を持っていたら、ここには嵐があったに違いない。カス野郎。期待外れ。化け物。他人のこといえる? 消えろ。馬鹿。全部お前のせいだ。元からクソみたいな人生でしょ。ぶっ殺してやる。ふざけんな一人で死ね。お互いに凄まじい数の暴言を吐き散らしながら、一二〇〇メートル直下、他の誰しもの命を奪ったのと同じやり方で、私たちは
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