浪人と妖刀とあやかしのあやしかた

「ジュニア様。入りマスヨ」


 ランタンを持った吸血鬼と人狼が、真っ暗な貨物室に入っていく。それに、浪人と妖刀、掛け軸夫婦、から傘お化けが続く。貨物室はそんなに広くなく、ランタン二つでもなんとかなった。


「ジュニア様、吸血鬼と人狼が参りましたよ。不安にさせて申し訳ありまセン」


 こくこくと人狼がうなずく。無口な男である。


 すると、木樽の陰から黒い球みたいな何かが、はねて出てきた。ちょうど蹴鞠と同じくらいの大きさ。おおよそ六寸ほどの丸い黒の真ん中に、きょろっとした大きな眼の玉がひとつ、ついている。


「へぇ、このお方がジュニア様、かい?」


 その声を聞いた黒い蹴鞠は驚いたようで、さっと吸血鬼の後ろに隠れた。


「大丈夫デスヨ、ジュニア様。この方々は、ジュニア様と遊ぶために、来てくださったのデス」


 恐る恐る、吸血鬼の後ろからこちらを覗いてくるジュニア様。強大な妖怪とは言え、まだ幼子だ。見知らぬ土地の、見知らぬ者たちが怖いのだろう。


「まぁ、可愛いお子」


 掛け軸女はそう呟き、ジュニア様に近付いていった。


「こいつぁ驚ぇた。喋った」

「喋るよそりゃ。俺の女房をなんだと思っているんだ」


 だが、ジュニア様はまだ警戒を解いていなかった。明らかに大泣きをしそうな眼をして、身体を震わせている。


「ま、待ってくダサイ。危なすぎる……」

「うゎあああああああああああああ」


 吸血鬼が言うが早いか、ジュニア様が大きな泣き声とともに、負の霊力を当たり構わず撒き散らした。これにはその場にいた妖怪はもとより、人間もたまったものではなかった。


「ま、まさかこれほどとは。さすがにこれは、参っちまうねぇ」

「何を悠長なことを言っておるのか、浪人。このままではまずいことになる。いつでも俺を出せるように、構えておけよ」


 言われなくても、とばかりに、浪人は少し腰を落とし、居合い切りの体勢に入った。吸血鬼は弁解をしようとしているようだが、ジュニア様の『魔力』にあてられてそれもままならない。人狼も同じだ。


 その場の全員が動けない場の中で、ひとりだけ、普通の足取りで、ほほえみを浮かべながらジュニア様に近付く存在があった。掛け軸女である。


 充満する負の狂気の中で、彼女だけは、ジュニア様を両の腕でふわっと、しっかりと包みこんだ。


「こわかったねぇ。不安だったねぇ。もう大丈夫。ここには、あなたを害する者なんて、いやしないよ」


 子供ながらの無邪気な『魔力』の暴風を、慈愛と母性で以て受け止める、掛け軸女。


 場は何事もなかったかのように、静かになった。ジュニア様はきょとんと、自分を抱いてくれている掛け軸女の顔を見つめている。どうやら安心して、落ち着いたようだ。


 いつの間にか、友人も掛け軸女と一緒に、ジュニア様をあやしている。うまい具合に二人に懐いてくれたようだ。


「これは驚きマシタ。まさかジュニア様がここまであっさりと、心をお許しになるトハ」

「やっぱり、小さい子には、一緒にいて安心できる大人の、しかも夫婦の存在が不可欠ってことかねぇ。ほれ、から傘。お前も行って、遊んでやんな」

「ええ? おいらもいいのかな」

「もちろんさ。ジュニア様の遊び相手にうってつけだろうから、お前を連れて来たんだぜ。近所の兄ちゃんみてぇな感じで、相手してやりゃあいい」


 案の定、から傘はすぐにジュニア様と打ち解け、一緒に遊び出した。ジュニア様の一番のお気に入りは、開いた傘にジュニア様が乗り、素早く回転させるという遊びらしい。太神楽で言う、傘の曲である。


 そこから数日間、掛け軸夫婦とから傘は船に寝泊まりし、ジュニア様の相手をし続けた。そのおかげで、あれだけ大暴れしていた悪霊や悪鬼などは、ぷっつりと鳴りを潜めたようだ。


 さて、サスクェハナ号を含めた黒船艦隊が浦賀を離れる日になった。掛け軸夫婦とから傘もお役御免で帰ることになるのだが、ジュニア様が、から傘にくっついて離れない。


「こいつぁ、とんでもなく懐かれたもんだな。から傘」

「ホラ、ジュニア様。だめデスヨ、その方は日本にお家があるのですカラ」


 ジュニア様がいやいやをする。


「困ったもんだねぇ。どうだいから傘。お前、ジュニア様と一緒に行ってみるか」

「ええっ」


 浪人がとんでもないことを言い出した。


「いけねぇかね、吸血鬼。人狼」

「イエ。着いてきてくれると、コチラとしても非常にアリガタイではありマス。道中、ジュニア様を守ってくれる仲間が増えることは、心強い。ですが、から傘サンの都合もありマスシ……」


「おいら、一緒に行ってみたいな」


 から傘は眼を輝かせて答える。


「ジュニア様もおいらも、同じ一つ目だし、本当の兄弟みたいに思えてきて、離れるのはさみしい。それに、メリケンって大きい国なんだろ。見てみたい」

「ようし、決まった。吸血鬼、人狼。から傘をよろしく頼めるかい」

「もちろんデス! 本国に着いたら、ボクと人狼から親御サンであるバックベアード様に、お話を通しマス!」


 人狼もこくこくと頷く。どうやら、嬉しいらしい。


「そろそろ時間かね。じゃあな、から傘。しっかりやれ。吸血鬼、人狼。それにジュニア様も、また日本に遊びに来いよ。今度はグズりは無しで、な」

「待ってくだサイ。このあと、一度江戸に向かうそうなので、お送りしまスヨ」

「いやぁ、さすがにそれは目立ちすぎてダメだ。来たときと同じ、陸路で帰るさ。じゃあな、あばよ」


 去っていく掛け軸夫婦と、浪人と妖刀の四人の後ろ姿を、ジュニア様はいつまでも寂しそうに眺めていたのだった。から傘の頭の上で。

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浪人と妖刀 やざき わかば @wakaba_fight

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