浪人と妖刀とジュニア様
歌舞伎座一同、しんとして黙する。当然だ。誰も赤子の世話など心得ていない。浪人や妖刀だって例外ではなかった。だが、これをなんとかしないと、黒船が滞在する限り、悪霊の脅威に町がさらされ続けることになる。
事実、そこかしこで被害が出始めていた。道具、器具、家屋の不自然な倒壊や破損。人や家畜の体調不良、天候の悪化。まだ最悪の被害が出ていないとはいえ、このままではその事態が起こりかねない。
感受性が強かったり、霊媒体質の人間はとくに辛いだろう。仕事になっていない者も少なくはないそうだ。
浪人が声を上げる。
「心当たりがある。そいつらを、そのジュニア様に会わせることはできるかい」
「大丈夫デスガ、あまり大勢連れていくと、またジュニア様が怖がるノデ…」
「なぁに、俺と妖刀、それにくわえて三人くらいだ。座長や陰陽師はここで待っていてくれ」
座長が眉をひそめる。
「大丈夫なのですか? もしものことがあったら」
浪人が手を振って答える。
「でぇじょうぶさ。こちらに敵対している連中などいねぇようだし、それに鎧や骸骨、他の連中も疲れ切ってる。お前らが面倒を見てやってくれ」
「それなら、お任せしますよ。ジュニア様を、うまくあやしてやってください」
「おうとも」
それから浪人は、その『心当たり』を連れて、歌舞伎座に戻ってきた。掛け軸の夫婦と、実はずっと浪人と一緒に長屋に住んでいた、からかさ小僧だ。
「へへへ、おいらでも役に立てるかな?」
「もちろんさ。恐らくお前は適任だと思うぜ。歳もあんまり、離れていないだろうしな」
「浪人よ、俺らでなにか出来ることがあるのかい?」
「ああ。やっぱ子供ってのは、母親と父親ってやつに、弱えだろうしな」
「といっても、俺たちにはまだ、子はいないんだぜ」
「それでもだよ。夫婦ってのが大事なんだ。とりあえず、協力してくれや」
浪人と妖刀、掛け軸の夫婦にからかさ小僧。これがジュニア様のグズり対策に集まった全員だ。
「全員揃ったぜ。俺と妖刀ももちろん一緒に行くが、構わねえかい」
「ハイ。それでは行きまショウ。向こうにも、使い魔を飛ばして連絡は入れてあります」
「使い魔?」
「こちらで言う、式神みたいなものデス」
「ままならねぇなぁ」
ふっと笑う浪人であった。
そして一行は、案外あっさりと、黒船艦隊旗艦「サスクェハナ号」に乗船することができた。吸血鬼たちが事前に話を通してくれていたこともあるだろうが、どうやらメリケン側もジュニア様のグズりには手を焼いていたらしい。
幕府側には、お奉行が伝えてくれたようで、むしろ歓迎される有り様だった。双方、相当困っていたのだろう。
そして浪人たちは、船内の貨物室に通された。そこから隠れて出てこないジュニア様との、初の対面である。
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