浪人と妖刀と西洋妖怪

 浪人一行が大急ぎで帰路についているとき、江戸周辺では前にも増して悪霊や妙な妖怪が跋扈していた。もちろん歌舞伎座の留守番組が怠けていたわけではない。


「こ、これはそろそろ危ないのではないか」


 次々に襲い来る悪霊を斬り伏せ成仏させながらも、その数に対応しきれていないのだ。鎧も骸骨も、どちらも腕の立つ猛者だが、いかんせん不利になってきた。


 歌舞伎座の精鋭たちも疲労困憊で、怪我を負い、その回復に時間を要するものも多く出てきた。このままでは押し切られてしまう。


 そこへ乱入してきた、見も知らぬ二人組。弱い悪霊ならその気迫でかき消してしまうほどの傑物。結局、殆どの悪霊は彼らが倒してしまった。しかし、助けてもらったものの、鎧と骸骨、その他の仲間たちの警戒は解けない。


 格好を見るに、明らかに外部の者だ。何者なのか。気を許して良いのか。否。臨戦態勢を崩してはならない。実際に戦ったら、確実にこちらがやられるだろうけれど。


「貴方たちは、日本の妖怪デスカ」


 妙な訛りで、全身黒の洋装、高い帽子を被り金髪の出で立ちの少年が話しかけてきた。


「ここには妖怪も、悪霊と戦える人間もいる。拙者とこやつは、依代を得た元幽霊だが」


 警戒を崩さず、鎧が答える。


「へぇ…。そうデスカ」

「全員、非常に弱っていルナ」


 高い帽子の少年よりも背が高く身体の大きな、灰色の上下に身を包んだ、灰色の髪の男が会話に入ってくる。ふたりとも、前屈みになりこちらを凝視してくる。かかってくるか?


 鎧と骸骨、そしてその他の歌舞伎座の戦闘員が、ふらつきながらも戦闘態勢に入る。


「スミマセンでシタッッ!!」


 高い帽子の男と、灰色の男が同時に頭を下げて、謝罪の言葉を発した。一同はポカンとしている。そこに、大急ぎで帰ってきた浪人一同が出くわした。


「おお? どういう状況だこれぁ」


……


 場所は代わって、歌舞伎座。


 先ほどの二人組と、歌舞伎座一同で宴席を設けている。敵意の無い相手には、これが一番のもてなし方だと、とにかく酒を飲みたい浪人によって押し切られたかたちである。


「それで…お二方、改めて自己紹介をお願いできませんか」


 座長の一言で、高い帽子を被った派手な少年と、灰色の洋装に身を包んだ地味な大男が反応した。


「ハイッ! ボクはアルカード。人間には吸血鬼って呼ばれていマス。産まれはルーマニア! 以後お見知りオキヲ!」

「俺はウェアウルフ。人狼ダ。ウィルと呼んでくれると、嬉シイ。故郷は…東欧ダ」


 ところどころ、確かに訛ってはいるが、これほどまでに自然な日本語を操るとは。歌舞伎座一同、全員舌を巻く。


「へぇ。外つ国の人外さんは、言葉も巧みに操るときた。こいつぁ驚ぇた。見なよ、部屋の外で女どもが沸いてらぁ」


 実際、部屋の外では歌舞伎座で働いている女子どころか、どこから話が漏れたのか、近所の店の店員や、近隣の住人までも押しかけていた。若い女どもは、この二人を見て、きゃいきゃいはしゃいでいる。


「まぁ、みんな異人さんを見たことがねぇんだ。無礼は許してやっていただきてぇ」

「それは構いマセンヨ! ただ、ここでは異形と人間の距離が近いのデスネ! 嬉しいデス!」

「話を戻しますよ。貴方方が、こちらに来られた目的は、なんなのですか?」


 座長の質問に、二人は申し訳なさそうに目を伏せた。


「最近、悪霊とか悪い存在が暴れていたり、しませんでシタカ?」

「ああ。それでこちとら、難儀していたとこだぜ」


 アルカードが視線をそらし、もじもじしながら、言葉を絞り出した。


「それ、僕たちのせいなんデス」

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