浪人と妖刀と山ン本五郎左衛門

 歌舞伎座で一晩やすみ、次の日、山ン本五郎左衛門の元へ向かう一行。座長の情緒も少しは落ち着いたようだ。


「おお、今日もまた良い天気だな。こりゃあ幸先良いや」

「座長。今日は山ン本五郎左衛門のところへ行くんだろう?」

「はい。今回は、昨日のような醜態はお見せいたしませんので、ご安心を」


 浪人がくすりと笑う。


「いや、あれはあれで良かったよ。お前さんがあそこまで表情豊かだったとは、思わなかったぜ」

「やめてください。今、思い出しても、顔から火が出そうです」

「む、昔の座長さんは、そんなに感情を表に出す人じゃ、なかったんですけどね…」


 聞いてみると、座長が感情を遠慮なく表に出すようになったのは、ごく最近のことらしい。


「まぁまぁ、いいじゃねぇか。何を考えてるかわかんねぇやつより、そっちのほうが、親しみがあるってもんだぜ」

「…誰のせいでこうなったと思っているんですか」

「ん? なんでえ」

「なんでもありません。ほら、もう少しで着きますよ」


 座長の言うとおり、程なくして大きな屋敷が遠くに見えてきた。神野悪五郎の屋敷を要塞としたら、こちらは完全に、豪農のお屋敷のような、あけっぴろげな雰囲気だ。


 さらに近付くと、刀を帯びた、博徒のような連中…おそらく妖怪だろうが、そいつらが不用心に近付いてきた。


「おっと、お待ちなせぇ。あんた方は何用でこちらに?」


 座長が前に進む。


「お久しぶりです。山ン本様にお会いしたいのですが」

「あっ、これは座長様。ご無沙汰でござんす。…ところで、後ろの二人はその…人間、でごぜぇやすか」

「そうです。無礼のないようにお願いしますよ」

「へぇ。ではあっしは、親分を呼んでまいりやす」


 取次役がいなくなると、途端にその他の博徒どもが耳打ち話をはじめた。


「おい、人間だってよ…」

「ああ、これはせいぜい、おもてなしをしなくちゃあなんねぇな…」

「フヒヒ、楽しみだぜ…」


 不穏な雰囲気に、陰陽師はびくびくと怯えている。座長は相変わらず、すんとして興味のない様子だ。妖刀は、珍しく反応がない。


「なぁ人間さんよ。腰に帯びてるのは、普通の刀じゃねぇだろう。なんだいそれは」


 博徒のひとりがこちらに近付き、話しかけてきた。妖刀も座長も、とくに動きはない。


「ああ。こいつぁ妖刀ってんだ。まぁ竹光だがよ」

「すげぇなぁ。こいつぁとんでもねぇ代物だぜ…」


 まさか、奪い取る気か。浪人が警戒した瞬間、お屋敷から身の丈九尺ほどもある、豪快な大男がやってきた。博徒たちが全員、頭を下げる。


「よう座長。久しぶりだな。何用かい」

「ご無沙汰しております、山ン本様。実は少し、お話があって罷り越しました。お屋敷に上がっても、よろしいでしょうか?」

「おう、もちろん! まったく久々に顔を見せに来たと思えば、なんだか厄介事かい。ところで、そこの二人の人間は、お前の連れかい」

「はい。江戸で私の仕事を手伝っていただいております」

「そうかいそうかい…」


 山ン本はニヤリと笑い、浪人と陰陽師をねめつけた。


「よぉし、てめぇら! お客人を屋敷に案内しろい! 今夜は宴だ!」

「おおおおー!!」


 途端に盛り上がる博徒たち。


「さぁさ、人間のお客さん! こちらですぜ!」

「へっへっへ! せいぜいおもてなしさせていただきやすよ!」

「あっ、妖刀さまはこちらへ! 腕の良い武器職人がいるんでさぁ!」

「人間だ人間だ! 人間のお客さんなんて何年ぶりだろう!」


 わっしょいわっしょいと、博徒たちにもみくちゃに歓迎される浪人と妖刀、陰陽師たち。


 あれよあれよと客間に通され、あれよあれよと宴の準備がなされていく。ちなみに妖刀は、これまた数人の博徒たちに担がれるように、どこかへ持っていかれてしまった。


「な、なぁ座長。これぁいったい」

「山ン本様は、宴やお遊びが大好きなのです。これが終わるまで、おそらく話を聞いてくれやしませんよ」

「はぁ。まぁ俺は構わねぇが、陰陽師のやつが」


 陰陽師は未だに状況を理解出来ず、恐ろしさで気絶しそうになっている。博徒たちが慌てて介抱しているが、陰陽師はその博徒たちに怯えているので、まったくおかしな状況だ。


「さぁ、お前ら! 盃を掲げろい!」


 全員が、酒のなみなみ入った盃を持つ。浪人と陰陽師も、それに続く。


「久々に帰ってきた座長と、そのお連れさんの浪人と陰陽師に乾杯!」

「乾杯!!」


 それからは酒宴だ。博徒たちは、その格好に似合わず礼儀をわきまえており、乱痴気騒ぎはしない。常にお客に気をまわし、何不自由ないように扱ってくれた。


 ちんちろりん、花札、丁半博打と、もちろん金はかけていないが、飽きさせないように身を砕いてもてなしてくれる。


 久々に良い気分になった浪人であった。良い酒に美味い飯。楽しい時間は一瞬だ。浪人は気付いたら布団に寝かされていた。そばには、妖刀が置かれていた。


「おう浪人、起きたか」

「ああ。しかしすごいな。かなり飲んだ気がするが、宿酔いが全然ねぇや」

「よっぽど良い酒だったんだろう」


「お前はどうだったんだい。途中からいなくなっていたが」

「武器職人とやらに、傷んだ箇所を直してもらって、気も込めてもらった。あれは良い。ものすごく調子が良いぞ」

「至れり尽くせりじゃねぇか」


 起きたついでに、厠へ立つ浪人。いつもの習慣で妖刀も持ち歩く。用を足し、部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると、向こうの部屋の明かりが点いており、話し声がする。


 座長の声だ。なんとなく、その部屋へ近付く。


「…では、やはり山ン本様も一切わかっていないということですね」

「…ああ。ただ、噂は聞いている。こちらも調べさせているところだ」

「…神野殿も、同じことを仰っていました」

「…ちょっと待ちねぇ。おおい、浪人殿と妖刀殿だろう。入ってきな」


 ふすまを開けて、浪人が頭を下げる。


「すまねぇ。盗み聞きをするつもりじゃなかったんだが」

「まぁまぁ、いいってことよ。お二人も、こちらへ来なせぇ」


 座長の横へ座る。


「まぁ、聞いていたかもしれねぇが、俺らもこの件については知らねぇんだ。調べさせているところだが、まだ結果は出ていねぇ」

「そうなると…あとは、ぬらりひょんくらいか?」

「あの方も違うでしょう。あくまでも、あの方は『一族を率いる』ではなく、妖怪たちの寄り合いの色が強いでしょうし」


 結局、山ン本五郎左衛門も、何もわからないらしい。


「そうだ、山ン本さん。神野さんが、よろしく言っていたぜ」

「おお。神野とはよく、将棋を指しているよ。下の連中も、部下同士でよく一緒に遊んでるとさ」

「へぇ、そいつぁ平和で良いや」

「いや、元々はこうじゃなかったんだ。もっと険悪だったんだがな、その空気を変えたのが、ここにいる座長ってわけだ」


 山ン本五郎左衛門が、座長の頭を、その大きな手でなでる。


「まったく。あの小さかった子狐が、よくここまで大きくなったもんだ」

「ちょ、ちょっと山ン本様」

「なんでぇ、いいじゃねぇか。少しは昔を懐かしんでも」


 座長もまんざらではなさそうだ。浪人と妖刀は遠慮して、部屋に戻った。


 次の日、用意された豪華な朝食を食べ、歌舞伎座へ帰るために山ン本邸を後にした。山ン本含め、部下の博徒全員で、見えなくなるまで見送ってくれた。


「そういや、陰陽師はなにをしてたんでぇ」

「そ、それがあまりよく、覚えてなくて…」

「陰陽師さんは、あの後大盛り上がりで、博徒たちを相手に花札、丁半博打などを楽しんでいましたよ。相当勝ったようで」

「え、ええ? 全然覚えていない…」


 まぁ、楽しかったなら、何よりだ。


「しかし、神野悪五郎や山ン本五郎左衛門が全く関与していないということは、別の勢力が入り込んでいる可能性がある。早いとこ、歌舞伎座に戻ろうぜ。嫌な予感がする」

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