浪人と妖刀と神野悪五郎
「なんで私が同行しないといけないのですか。地図を書いてあげるから勝手にいけばいいのに」
ブツブツ文句を言っている座長を引っ張って、神野悪五郎邸への道のりを行く一行。他には、浪人、妖刀、陰陽師がいる。
「ブツブツうるせぇなぁ。道のりもそうだが、神野とやらとお前は面識があるんだろう? だったら俺等だけじゃなくて、お前がいたほうがまだ話が早えってもんだろうが」
「あまり、あちら陣営には関わりたくないんですよ」
「それもまた、今回の江戸の異変を解決するためだ。諦めるんだな」
妖刀にも冷たくあしらわれた座長。まぁ、こんなことを言いつつも、ついてきてくれているところが座長の良いところなのだが。
「ざ、座長はいいとして、ななななんで私も一緒なんですか…?」
「お前は陰陽師として、いろいろ不思議な術を使えるだろう。いざというとき、いてくれりゃあ心強いんだ」
「嬉しいやら哀しいやら…」
「ほら、着きましたよ」
普通の人間では到着することも叶わないそうだが、座長と陰陽師がいたからだろう。長い道のりだったが、神野悪五郎の屋敷に辿り着いた。
一歩進むと、すっと、門番が現れ、一行の前に立ちはだかった。傘を被っているために顔を窺い知ることは出来ない。
「失礼。貴公たちはどなたかな」
殺気は感じないが、怪しい輩は絶対に通さないという気概というか、気迫、威圧感を放っている。只者ではないだろう。いや、そもそも人間ですらないだろう。
座長が口を割る。
「神野悪五郎殿にお会いしたい。取り次いでくださいますか」
門番は座長を見ると、少し驚いた様子を見せたが、すぐに気を取り直した。
「少々、こちらでお待ちくだされ」
門番が屋敷の中へ入っていく。座長は小さな、しかし緊張感のこもった声で言った。
「神野悪五郎は、『魔王』と呼ばれるほどの妖怪です。気を抜かないように」
しばらくして、門が開き、一行は招き入れられた。道中もそうだったが、静かで風が心地よい。鳥の声が聞こえ、さやさやとそよ風が流れ、ちょうどよく涼しい。
一行は、先程の門番とは別の武士に案内され、ついに座長曰く「悪逆非道の魔王」、神野悪五郎の部屋に通された。
そこには、公家のような格好をしている男が立っていた。
「ようこそはじめまして。わたくしが神野悪五郎です。妖狐さんとはお久しぶりですね」
ぴりっと場の空気が張り詰める。妖気と言うのだろうか。さすが、妖怪の勢力を取りまとめる長である。
しかし、いささか『魔王』と呼ばれるにはふさわしくない、温和な顔立ち、線の細い身体、優雅な立ち振舞。男も見惚れるほどの美形。
座長も美形なので、二人が相対すると、なんというか、派手である。
「お久しぶりです、神野殿」
「はい、お久しぶりです。また会えてうれしゅうございますよ、妖狐さん」
「お戯れを。私の後ろにいるのが、人間の浪人と、陰陽師です」
「おや」
神野がふと、浪人に近付く。
「珍しい…。素晴らしい刀をお持ちですね、浪人さま。大事になすってあげてください」
「あ、ああ…。ありがとよ」
相手は男性、しかも妖怪だと理解しているのに、どうにも変な気分になってしまう。これもまた、神野の成せる業だろうか。
「それで、わたくしに何の用ですか?」
「おう。単刀直入に聞きてぇ。神野さん。今、江戸に大勢の悪霊が入り込んで、そこに住んでる連中や俺達が、非常に難儀しているんだが…あんたの差し金かい」
「違います」
神野悪五郎は、凛として言った。
「ウソです! 貴方は日本征服を狙っているでしょう! 今が好機だと、侵略を始めたのではないですか!」
「わたくしは」
激昂する座長を制するように、神野悪五郎は静かに声を発する。
「わたくしは、確かにそんな野望を吹聴していましたし、今でも目標にしております。ですが、今、山ン本五郎左衛門さんと勢力が拮抗していて、どちらも動けない。…その状態が、心地よいのです」
続けて言う。
「わたくしも歳を取ったということかどうかはわかりませんが…、この、何も起こらないことに理由を付けられる状況。これに甘んじているのです。この関係が崩れたとしたら、そのときの状況を鑑みて動きますが、今はこの平和を享受したいと思うのは、いけないことでしょうか」
しばし、鳥のさえずる声だけが響く、静かな空間が広がる。
「座長、神野悪五郎は、ウソをついていねえと思うぜ。そもそもこの期に及んで、こんなウソをつく道理がねえ」
「くっ…わかってますよっ! そんなこと!」
座長が声を荒げる。
「貴方は、いつもそうだ! とらえどころのない、でも何をするかわからない! いつものらりくらりと、誰にも相談しない!」
「わたくしの私情に、わたくしを慕ってくれる部下や子供たちを付き合わせるわけには、いかないんですよ」
「貴方がそういう人だってのは、知ってます! でも、たまには下の者をこき使ったって、いいんですよ…」
座長がめそめそ泣いている。
「お前、見かけによらず激情家なんだなぁ。驚いたぜ。まぁそこでゆっくりしときな」
浪人が座長の肩をポンと叩き、神野悪五郎に相対する。
「今回の件、其許は関係ないと理解した。突然やってきて不躾な質問をして、申し訳ない」
浪人が神野悪五郎に頭を下げる。
「良いのです。疑われても仕方のない言動をしてきましたので、気にしないでください。よければ、宴席をご用意いたしますが」
「いや、座長が泣きすぎて干からびそうなので、これにて御免仕る。ありがとうよ」
「残念です。また遊びに来てください。玄関まで送らせましょう」
少しすると、使いの者がやってきた。泣いている座長を引っ張って、神野悪五郎の部屋から出るとき、妖怪の総大将が言った。
「例の悪霊の件…。私も気になって、調べさせているところです。何かわかりましたら、お知らせましょう。お気をつけて。…それと、山ン本さんと会うのでしたら、よろしくお伝えください」
浪人は頷いて、神野の屋敷をあとにした。まだ泣いている座長を尻目に、一行は歌舞伎座へ帰っていく。
「さて…次は山ン本五郎左衛門だな」
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