浪人と妖刀と山姥

 江戸八百八町。天下は泰平、なべてこの世は事もなし。

 そんな平和な町から出て、浪人と妖刀はある山村に向かって歩いていた。


「座長の言うことには、ここらへんだと思うんだがなぁ」

「小さい村だということだから、見つかると良いが」


 一人と一振りは、険しい山道を歩く。


「なんか山姥が出るんだって? 詳しい話は村長から聞けって言われてるけど」

「穏やかでないな。山姥といえば人を喰うというのが定石だ。何事もなければ良いが」


 ようやく到着だ。見た目はいたって普通の村だが、村人の表情は比較的明るい。豊かな村なようだ。村長宅を探し、行ってみる。


「御免。どなたか、ござらんか」

「はい、お侍様。どういった御用で?」


 女中が小走りで対応してくれた。


「山姥の件で伺ったんだが、村長はご在宅かね」

「ああ、その件で…。取り次いできますので、どうぞお上がりなさって客間でお待ち下さい」


 客間にて運ばれてきた茶を飲んでいると、程なく村長がやってきた。


「これはこれは、わざわざご足労を。お奉行様に書簡をお送りしてから、そんなに日が経っていないというのに。お急ぎの対応、痛み入ります」

「山姥が出たというのは」

「はい。お侍さんが通ってきた山を含めた、この村周辺でございます。ただ不思議なことに、村人には一切被害はないのでございます。この話も、最近ここらに住み着いていた山賊が、この村に逃げ込んできたことが発端で…」

「なるほど…? 不思議な話ですな。ちなみに、この周囲の山は昔から山姥が出ておったのですかい?」

「ちらほらと、噂だけは聞いていたくらいで…。ただ、昔この村がとても貧しかった時代は、姥捨て山として使われていたようで、もしかしたら祟りなのかも、と怯える村人もおります」

「ふむ…」


 浪人たちが歩いてきたときには何もなかった。だが、山賊はこの村に逃げ込んできたという。山姥に襲われたのだ。では何故、浪人は襲われなかったのか。


 浪人は村長に、一晩の宿と、傷んだ着物に煤を頼んだ。村長は快く引き受けてくれた。


 翌日、浪人は身体中に煤を塗りたくり、傷んだ着物を着込んだ。髪型も少しボサボサにすると、どこから見ても立派な無頼漢の出来上がりだ。


「おう。じゃあちょいと調査に行ってくるぜ村長」

「口調まで変えて…。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「どっちかってぇと、本当はこっちのが地なんだがね」


 浪人と妖刀は山道を歩く。


「なにか感じるか? 妖刀」

「ああ、確実にいるな。…来るぞ」


「この山から出ていけ…この山から出ていけ…」

 突然、不気味な声が辺りに響き渡る。


「悪いな、そうはいかねぇんだ。お前の正体を暴かなきゃいけねぇんでな」

「山賊風情が、下手に出ていれば舐め腐りおって」


 山姥が一体、姿を表した。

 浪人は妖刀を鞘に収めたまま腰を落とし、臨戦態勢をとる。


「おい妖刀、お前出刃包丁と戦ったことはあるか? 俺ぁないぜ」

「安心しろ、俺もないわ」


 山姥の仕掛けてくる攻撃は大振りだが、武器が出刃包丁という慣れていないものであることと、力がとにかく強く、受けるにも一苦労で、浪人は攻めあぐねていた。


 出刃包丁を腰だめにし、突っ込んでくる山姥。速度は速いが、直線的で読みやすい。浪人は向かってくる山姥の包丁を、居合抜きで叩き落した。


 妖刀の霊力により包丁は消滅し、山姥は負けを悟って崩れ落ちた。


「ふん。殺せ!」

「殺したら話が出来ねぇじゃねぇか。大体、俺らはお前らと争いに来たんじゃねぇ」

 山姥の手を引き、立たせてやる。

 

「なんなんだお前らは」

「俺は、あやかし町奉行所の者だ。この周囲の山から怪現象があると聞いてやってきた。そちらが人に危害を加えないならそれでよし。人に仇為すものならここで斬る」

「なるほどねぇ。わかったよ、まずは私らの集落に来な」


 山姥と連れ立って山道を歩く。先程の話から、どうも単独ではないらしい。

 そして、いくつかの結界を抜けた後、その集落にたどり着いた。


「ここが私ら『山姥』の里だ」


 これは驚いた。普通の村だ。老若男女が働き、買い物をし、平和に暮らしている。その中に、明らかに人間の子供も混じっている。


「おい、あの人間の子供らは、攫ってきたもんじゃねぇだろうな」

「そんなことをするもんか。あれは親に捨てられた可哀想な子らだ」


 妖怪が人間の子供を育てる。そんなことがありえるのか…。とにかく集落の長に会うことにした。


「わしがこの集落の長だ。人間の侍よ。何の用だ」

「ここで妖怪に襲われる山賊がいたと聞いた。山賊ならばどうでもいいが、それが罪なき人々にまで被害が及ぶと事だからな。なので話を聞きに参った」

「なるほど。なればまず、この集落の成り立ちについて話さねばならんな」


 集落の長はひといきついて、話し始めた。


「ここは、あの村が貧しいとき、姥捨にあった者の魂が集う集落。つまりはみんな、幽霊や妖怪みたいなものさ」

「それで、その恨みをあの村に向けていると?」

「話は最後まで聞きなさい。姥捨にあったとは言え、捨てる者も捨てられる者も、村や家族のことを思ってのこと。恨みなどあるわけがない。お前さん、先にその村へ赴いたろう。そのときに、道中なにかあったかい?」


 浪人はそう質問され、首をひねった。


「いや、なにもなかったな。のどかなもんだった」

「それはお前さんが普通の旅人に見えたからだ。妖刀さんの霊力も穏やかなもんだった。だからだよ。悪意のある者が、あの村に入るのを防いでいるのさ。我々は」


 なるほど。つまりは山姥たちはあの村を守るために、ここで集落を築いたわけか。人外の者が人を守っていたというわけだ。


「道理で、俺が戦ったあのおばちゃんも、戦い慣れしていると思ったぜ」

「ははは。我々はまず、狩りと戦いと農業を教えるのでな」


「なら、あの人間の子供はなんだい。少なくない人数がいるように見えたが」

「あれは、ここら一帯の山で捨てられた子供を養っているだけさ。子は宝だ。いずれ我らの元から離れていき、また人間の世に貢献するだろう」


 姥捨ても子捨ても似たようなものだ。大抵は食い扶持と手間暇を減らすための間引き。ただ、子供を捨てられる親はそういないだろう。いないはずなのだが。


「了解した。貴方方は人間に仇為すものではないと、報告する。なにか援助出来ないか、奉行所でも話し合ってみるよ」

「有り難い。我々妖怪はなんとでもなるが、人間の子らは食うものが限られてくるのでな。是非お願いしたい」


 俺たちは姥捨集落のみんなに別れを言って、元の村へ戻ってきた。早速村長に会う。


「どうでしたか?」

「とりあえずまずは、『山姥』とされる者たちはこの村を守る守護神である。山賊や悪者からこの村を人知れず守っていた。なので、もし可能であれば山の一箇所に祠を立てて、お主らが困らない程度で食べ物を備えてやってほしい」

「おお…。かしこまりました。ありがたいことです」


 それから俺は座長経由で、あの山姥集落に出来るだけの援助をした。

 大事な者を守りたいと思う気持ちは、人間も妖怪も、皆変わらないと改めて知った一件であった。

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