浪人と妖刀と令和の世

 時迷いとなり、遥か昔に飛ばされた男は、現地の人々や妖怪のおかげで、元の時代の自分の家に戻ってくることが出来た。


「良かった…。帰ってこれた」


 男はぐったりしながら、その喜びを噛み締めた。ふと後ろで気配がする。まさかまた何か厄介事か、と恐る恐る振り返ってみると、なんとそこには過去の時代で世話になった浪人が、ぽかんとした表情で座っている。


「なぜそこにいるんですか」

「え、いや知らねぇ。気付いたらここにいた。ところでここはどこでぇ?」

「ここは貴方達の時代よりもずっと未来、『令和』の、僕の家です」

「へぇ、ここが未来か。見たことねえもんがたくさんあらぁな」


 男はちょっと悪戯心を出し、テレビを付けた。

 静かだった部屋に、騒がしい笑い声が響く。


「へぇ、驚いた。これぁ中に人間が入ってるんじゃねぇんだろ? おもしれぇもんを作りやがるねぇ」

「あれ? なんだか反応が薄いですね。もっと驚いてくれるもんだと思っていました」


 男のその疑問に、妖刀が答える。


「我々は普段から座長や陰陽師などといった、人の理の外にある連中と接しているのだ。今更、多少のことでは驚かぬよ」

「うわ、刀が喋った」


 反対に男が驚いてしまった。


「ああ、お前さんは妖刀とは初めて喋るのか。紹介するぜ、こいつは妖刀。俺の竹光に乗り移った、酔狂で素っ頓狂なやつさ」

「何を言う。お前のほうが酔狂で素っ頓狂ではないか。いつもいつも妙なことに巻き込まれおって」


 しばらく浪人と妖刀のやり取りを、ぽかんと見ていた男だったが、途中で話に割って入る。


「それよりも、元の時代に戻る方法ですよ。僕のときは座長さんや陰陽師さんが居てくれたけど、ここには誰もいないんですよ。どうするんですか」

「何も考えつかねぇなぁ…。とりあえず、お前さんが神隠しにあったって場所に行ってみようぜ。何かわかるかもしれねぇ」


 浪人はのっそりと立ち上がる。


「それは良いんですけど、浪人さん。まさかその格好に妖刀さんを差して歩くつもりですか」

「ああ、そうだが…。何か悪いのか」


 浪人はきょとんとして男に聞く。現代の法律など知らないのだから当然なのだが。


「この時代、竹光と言えども刀を持ち歩くのはまずいんですよ…。竹刀袋を貸すので、これに入れてください」

「すまねぇな、ありがたく借りるぜ。しかし竹刀袋か…。お前さん、剣術やってるのかい」

「はい。剣術ではなくて、この時代で言う『剣道』ですけどね」


 三人は男が神隠しにあった現場へと赴く。歩いて十分ほどで、小さな山の中にある公園に到着した。木々が繁っており、なかなか心地よい場所だ。


 一時間ほど散策してみたが、これといって怪しい場所も、何かありそうな場所も見当たらない。いたって普通の、自然溢れた公園である。


「これといって何も無しか」

「もう少し上にいくと、神社がありますよ。行ってみましょう」


 そう遠くない場所に神社はあった。鳥居をくぐり、少し歩くと、妙な気配がする。


「男! 一旦止まれ!」

 浪人は竹刀袋の紐をほどき、柄に手をかけた。


「何か、何か強いものがいるぞ! 男は俺の後ろに下がれ!」

 言われた通りに男は下がる。確かに、何か強い気配がする。男は緊張感で吐きそうになるところを、ぐっとこらえていた。


「やだなぁ。そんなに警戒しないでおくれよ」


 ふっと姿を現したのは、不思議な出で立ちをした小さい少年であった。


「そう言うんなら、お前からこちらに向けられている殺気はなんでぇ?」

 震える声で精一杯の虚勢を張る。柄を握る手に力が入る。妖刀からも緊張感が伝わってくる。只者ではないことは、妖刀も理解しているようだ。


「これは殺意じゃないよ。神威と言えば良いのかな。君たち人間で言う気配みたいなものだよ。驚かせてしまって申し訳ないんだけど、こればっかりはどうしようもない」


「浪人、信じがたいだろうが、たしかにこれは殺意ではないようだ…。」

 妖刀が息も絶え絶えになっている。その神威とやらに当てられているのだろう。こんな気配など、今まで感じたことがない。


「ひとつ聞く。お前は俺等の敵か」

「…敵ではないよ。少なくとも」


 浪人は柄にかけた手を離した。敵でないなら、臨戦態勢をとる理由もない。何より、余計なことをして、こいつの怒りを買いたくなかった。


「申し遅れた。俺は浪人。腰にある刀は妖刀だ。そして後ろにいるのは男という。貴殿はなんと申されるのか」

「僕は、時量師神(ときはからしのかみ)。時を司る神さ」

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