浪人と妖刀と時迷い

 江戸八百八町。天下は泰平、なべてこの世は事もなし。

 そんな平和な町で、浪人は座長邸の庭で骸骨と剣術の稽古をしていた。

 

 やはり強い。いったいどんな修羅場を経験したら、ここまで強くなるのか。

「なぁ骸骨。お前さん、いったいいつの生まれなんだい」


 骸骨は困った笑顔で首を横に振るだけだった。人間の姿を手に入れても、無口なのは相変わらずだ。骸骨姿だから喋られなかったのではなく、単に喋ってなかっただけなのか…。浪人は少し考えた。


 そこへ、座長が顔を出した。

「お三方、ちょっと来ていただいてよろしいですか」


 なにかあったのだろうか。軽く汗を拭い、三人で客間へと向かう。客間には、上座に座長、下座に妖怪二人が相対して座っていた。


「座長、来たぜ」

「ありがとう。ちょっとこのお二方のお話を聞いてみてくださいませんか」

「おう。お前さんたちは?」


 浪人があぐらをかき、骸骨が正座で座ったのを見て、妖怪二人は話し始めた。


「へぇ。あっしら、近くの林をねぐらにするケチな三下なんですがね。あ、あっしは手の目といいやす。こっちが尻の目。以後、お見知りおきを」

「おう、よろしくな。俺は浪人ってんだ。こっちは妖刀。で、なにがあったんだい」

「へぇ。あっしらはその林を散歩するのが日課なんですがね…」


 二人が散歩をしていると、妙な服装、妙な髪色をした妙な人間を見つけた。通常、妖怪は人間には見えない、目に止まらないものだが、その妙な人間は妖怪を視認出来るようで、逃げてしまったそうだ。


「で、あっしらもその林にそんな妙な人間がいると困るんでさ。それでそいつをなんとかしてもらいてぇんで」

「へぇ。妙な人間、ねぇ…。座長、なにか心当たりはあるかい」


「いえ、全く…。なんにせよ、放っておくわけにはいきません。浪人さん、妖刀さん、探索をお願いできませんか」

「おう、わかった。じゃ早速行ってみるか。お前さんたち、案内頼むぜ」


 四人は、問題の林に向かった。林と呼んではいるが、森のように鬱蒼としている。これは探すのに骨が折れそうだ。


「あっ。浪人の旦那、あっちの木の洞で寝こけてるやつが例の人間でさ」


 案外あっさり見つかった。確かに異様な風貌をしている。丁髷は結っておらず、あろうことか金色の髪。しかし異人ではないようだ。服装も履物も見たことがない代物で、耳に妙な金属も刺している。なんなのだこの男は。


「なるほどねぇ。確かに、妙なやつだぜ。おい、起きやがれ」

「う、うぅん…」


 眼を覚ましたその男は、浪人たちの姿を見た途端怯えるように後退りする。よく見ると食料を摂っていないのか、衰弱しているようだ。


「おう、おはよう。言葉はわかるか? すまねえが、ちょっと来てくれねぇか。悪いようにはしない…おい、そんな死にそうな顔をするな。危害は加えないからよ。メシも食わせてやる」


 メシと聞いて男の目の色が変わる。


「メシ…! 行こう! 早く行こう!」

「急に豹変しやがったな。じゃあ行くか」


 手の目、尻の目と別れ、座長邸へと戻る。料理を準備している間、座長がこの男に話を聞くが、一向に要領を得ない。


「ですから、気が付いたらここにいたんですよ。友達のところに行くために歩いていたら、ふっと記憶がなくなって。なんか人間以外の何かが歩いているし、人間も建物も昔だし、怖くて隠れていました」

「昔? 昔とはどういうことです?」

「江戸時代ってやつですよね、ここ。そんな時代、マンガや映画でしか観たことありませんよ、僕は」


 この男の口から出てくる単語が、ところどころ理解できない。


「なぁ。悪いがさっきからお前さんは何を言ってんでぇ? 江戸時代ってなんだ? マンガや映画とは? 僕ってなんだ?」

「浪人さんすみません、ちょっと割り込みますね。男さん、貴方はもしかしたら、とてつもない未来から来られたのではないですか?」

「そう思います」


 座長は少し考えた後、息をつきながら言った。


「これは『時迷い』ですね」

「ときまよい? 時迷いってのはなんなんでぇ」

「極稀にあるんです。原因は不明ですが、空間に穴が開いて人を飲み込む。そして未来や過去に飛ばされるんです。神隠しとも言われますね」


 男がハッとした顔で座長を見た。


「確かに、僕が歩いていたところは、神隠しがよくある場所だって聞いたことがあります」

「僕とは?」

「あーもう。俺、私、拙者!」

「ああ、なるほど。僕とはそういう意味でしたか」


 男が未来人であることは分かった。恐らく妖怪が視えるようになったのも、時代を移動した副作用みたいなものなのだろう。


 しかし、元の時代に戻す方法が全く思い付かない。そもそも「時間を操る」なんて可能なのか? とりあえず、陰陽師を呼んで事の顛末を話した。


「と、時を操る術ですか…? 『非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)』があれば、もしかしたらなんとかなるかもしれません…。なんともならないかもしれません」

「なんだそりゃ。結局どっちなんでぇ」

「い、いえ…こんなこと、執り行ったことがありませんし、前例もないもので…。で、ですので、手探りでやっていくことになるかな、と…」


「まぁ、こいつをこのまま、この時代に置いておくことは出来ねぇからな。そのときじ? なんとかは俺が持ってくる。どこにあるんでぇ」

「あ、いえ、仰々しい名前ですが、ミカンのことです…えっ、なんで叩かないで痛い痛い」


 とりあえず、座長邸にあったミカンを二、三個貰って、陰陽師に渡した。陰陽師は儀式の準備に余念がない。なにせ、今まで行ったことがないのだ。


 男を、儀式用に作った円陣の真ん中に座らせた。円陣の外には座長、浪人、妖刀、骸骨、鎧が座って事の成り行きを見守っている。万が一、悪意ある魑魅魍魎が現出した場合は退治しなくてはならないのだ。緊張感が走る。


「それでは、今から『退時進行の儀』を執り行います。私は陰陽道ですが、神道の神々に語りかけて、願いをかけていきたいと思います」


 普段はオドオドしているくせに、儀式に入ると饒舌になる。安心して任せられるのはそのためだ。祝詞を唱える陰陽師。すると、周囲が眩く光りだした。


「浪人さん、これは八百万の神が顕現するときの光ですよ」


 座長が解説してくれる。ということは、なんとかなるということだろうか。男はちゃんと、自分の時代へ戻れるのだろうか。


「男を元の時代へ還すこと。畏み畏みも白す」


 男の身体が光に包まれ透けていく。


「男さん、自分の生きてきた時代を強く思い浮かべてください」

「はっ…はい!」


 周囲を強い光が包み、消えた。場は静寂を取り戻す。男は消えていた。今頃、元の時代に戻っているだろう。陰陽師が八百万百の神に御礼の祝詞をあげる。


 全員がほっと息をついたところ、鎧があることに気が付いた。

「あれ…浪人さんと妖刀さんはどちらへ行かれた?」


 浪人と妖刀の姿が消えている。


「も、もしかして、あの男さんの時代へ、一緒に行ってしまったのでは…」

「え…嘘? ほんとに?」


 その予想は当たっていた。浪人と妖刀は今まさに、男と共に令和五年の世に辿り着いていたのである。これもまた、一種の神隠しであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る