浪人と妖刀と骸骨と鎧

江戸八百八町。天下は泰平、なべてこの世は事もなし。

そんな平和な町で、浪人は骸骨と剣術の稽古をしていた。


骸骨…今は鎧が乗り移った仮面を被っているので骸骨には見えないが、呼び慣れているので未だ骸骨と読んでいる。厳密には鎧骸骨といったところだろうか。


稽古で木刀を…浪人の使う妖刀は竹光なので、そのままだが…使っているとはいえ、実戦を想定しているので非常に精神に来る。刀対刀は、激しい運動によるものよりも、精神的な駆け引きで一撃必殺を狙う。要するに「胃に来る」のである。


さて、勝敗は五分五分。もともと骸骨だけでも実力派の上に、そこに百戦錬磨の鎧の霊も加わっているはずなのだが、なんだか違和感がある。


「なぁ骸骨。思うように動けてねぇんじゃねぇか?」

「どうやら拙者と骸骨どのの今の状態は、あまり良いものではないかも知れませぬ」


骸骨の被る仮面に乗り移っている鎧の霊。この状態があまり良いものではないのかもしれない。骸骨の意思表示をはかるためとはいえ、やはり無理が過ぎたか。


「うーん、ちっと座長に相談してみるか」


そういうわけで、絵面的には二人だが、総勢四名で座長の元へ押しかけた。


「骸骨さんと鎧さんの相性があまりよろしくない、と?」

「ああ。仲が悪い、ってぇわけではねえんだけどな」


少し考えた座長。


「霊体を、こちらの望む姿に具現化する術は確かに存在するのですが…」

「おお。いいじゃねぇか。そうすりゃ骸骨も鎧も、どちらも人として生活できるんだろ?」

「ただですね…。その術を使う人が、ちょっと変わり者でして…」


人外をして、変わり者と言わしめるその人物とは何者なのか。


「人間なんだな? だったら俺が行って頼んでくるよ。どこに住んでるんでぇ」

「箱根です」

「遠いなおい。頑張って三日くれぇか」

「はい。ですが気をつけてくださいよ。あまり怒らないでやってください」


意味がわからなかったが、浪人と妖刀は準備もそこそこに、箱根に向かって旅立っていった。そして三日後。へとへとになった浪人と、遠出にワクワクしている妖刀が箱根に到着した。

「さぁて、箱根に着いたが、そいつはどこにいるんでぇ」


案外あっさり見つかった。胡散臭い「陰陽道場」の看板を掲げたあばら家。


「ごめんよ。誰かいるかい」

浪人は中に入り、そう声をかけた。


すると中から妙な風体の、痩せぎすな、整った顔で長髪の男が出てきた。

中性的な顔つきだが、年の頃はその顔からは読み取れない。


「あ…ざ、座長のところの、人ですよね…」


声が小さいうえに眼を合わせずに喋りかけてくる。しかもなんかやたら顔を赤らめている。なんだろう。何故だかものすごくイラッとする。


「あ、ああ。お前さんが幽霊を具現化出来るって言われて来たんだが」

「あ、は、はい…。で、出来ます…。出来ますけど、その、あの…」


「なんでぇ!? 男ならハキハキ喋りやがれ!!!!」

「はっはいぃぃぃぃぃいぃ!」


逃げる長髪の男…陰陽師らしいが、陰陽師をとっ捕まえて聞いたことには、どうやら箱根の山に生える、ある特殊な植物を材料にしたヒトガタが必要らしい。ヒトガタというのは、紙で作った人形のようなものだそうだ。


「それを取ってくりゃあ、良いんだな?」

「は…はい…すみません、私は体力がなくて…」


「いいんだよ、そんなの! おい妖刀、お前ならなんか気配とかで場所わかるだろ」

「なんて無茶なことを言うのだ。いやなんとなくはわかるけれども」

「ほんじゃ行くぞ!」


それからが大変だった。場所はわかるとは言うものの、奥深い山の中で、獣はいるわ山賊はいるわで思うように進まず、その植物を探すのに数日はかかった。やっとそれを見つけ、引き抜いたら妙な悲鳴を上げたのもまた浪人を辟易させた。


「ほら、取って来たぞ」

ボロボロになりながらも、浪人は陰陽師に植物を渡した。


「よ…よく取って来れましたね…。悲鳴、聞きませんでしたか…?」

「ああ、なんか妙な声を上げてやがったな」

「普通、それを聞いてしまうと、死んじゃうんですけどね…」

「…」


通常、陰陽道では式神を駆使するために3つの式があるとされる。

思業式、擬人式、悪行罰示であり、今回は擬人式を用いるようだ。


骸骨と鎧を連れてこなかったので、嫌がる陰陽師と、作らせたヒトガタを江戸まで連れていく。座長の元にやってきたときには、陰陽師は死にそうになっていた。体力が戻るまで待って、骸骨と鎧を人間の姿にしてもらう。


骸骨は優男風のスラリとした侍、鎧はゴツゴツとした武将風の豪傑姿になった。

傍から見たら人間にしか見えない。これは素晴らしい術だ。


「わ、私もしばらく、式の様子を見るためにここに滞在します…」

「俺は構わねえけど、座長は良いのかい」

「それは貴方次第、ではありませんか?」


たしかにそうだ。相変わらず陰陽師はオドオドしててイラッとする。


「まぁ、これからよろしくな。陰陽師」

「は、はい。ですが、いろいろとちょっと、あの、その」


「なんだあ!? ハキハキ喋りやがれこの唐変木が!!」

「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

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