浪人と妖刀と甲冑

江戸八百八町。天下は泰平、なべてこの世は事もなし。

そんな平和な町で、浪人と妖刀はまたもや座長の家までぶらぶら歩いていた。


「今日はまた、座長は何の用なんだ?」

「さぁてねぇ。仕事に関係する話か、単なる茶飲み話か…」


座長の家に着き、いつものように取り次いでもらい、部屋に通された。

そこへいつぞやの骸骨がお茶を持って入ってくる。


「おう骸骨、相変わらず甲斐甲斐しく働いているじゃねぇか」


持ってきてくれたお茶を飲みながら浪人が声をかける。

「おめぇのお茶は美味ぇんだよなぁ。いつもありがとうよ」


骸骨は照れたような動作をし、作法しっかり部屋を出ていった。


「あいつは客のもてなし以外に、掃除に洗濯、メシの用意までやるらしいぜ。まったく出来た骸骨だ」

「人斬りをしていた悪霊とは思えんな。喋ることは出来ないようだが」

「なんでぇ、妬いてんのか?おめぇは喋ることは出来るが、掃除に洗濯は出来ねぇじゃねぇか」

「当たり前だろう、刀なんだぞ俺は。それに妬いてなどおらんわ」

「解ってるよ。適材適所、合うやつが合う仕事をすれば良いのさ」


そこへ座長がやってきた。


「すみませんねぇ、遅れてしまって。早速なんですがね、ちょっと相談事がありまして」

「ほうら来た。今回はどんな仕事だい」


聞くと、近所の豪商の蔵から、ある時から妙な声が聞こえてくるようになったそうだ。

なんと言ってるかはわからないが、不気味なので原因を調べて、もし可能ならその声を止められる人がいたら紹介してほしい、と泣きつかれたと。


「もし、その声の原因が、悪霊や悪い妖怪の類なら、退治してほしいのです」

「なるほど。そういうことなら俺に任せてほしいぜ」

「結局、俺の力に頼るのに、お前は何故そんなに偉そうなのだ」

「適材適所、ってやつさ」


仕事を受けて、その豪商の屋敷に向かったのだが、これがまた大きいお屋敷であった。早速、蔵に入らせてほしいと言ったところ、使用人が鍵だけ開けてそそくさと逃げていった。


まぁ人間、得体の知れないものには近付きたくないのだろう。

浪人と妖刀は特に気にもせず、中に入った。


「なんだか古いものばっかりで、価値があるのかどうかわからねぇな」

「蔵に置いてあるということは、それなりに必要があるということだろう」


しばらく蔵を探し回ったが、屋敷も広ければ蔵も広い。しかも今は、その不気味な声もしない。結局、一刻(約二時間)ほど探し回り、疲れて休憩することにした。ちょうど良い高さの台座がある。その台座には古い甲冑が鎮座していた。


「へぇ、やっぱ豪商ってのは違うねぇ。鎧まで持ってやがるのか」

「しかし、相当に年代物だなこれは。滅多にお目にかかれない骨董品だ」


甲冑を背に、台座に座り一服していると、声が聞こえた。

「そこの方々、拙者の話を聞いてくれまいか」


「ん?」

後ろを振り返ると、先程の甲冑が泣きそうな面具をしてこちらを見ている。


「わっ、びっくりした。おめぇが声の主だな。声を上げる理由はなんでぇ。場合によっては斬る」

「待たれい。拙者は世に仇なすものではござらぬ。ただ、話を聞いてもらいたいだけにござる」


聞くと、甲冑の持ち主は戦で無念の戦死を遂げ、恨みを抱いてこの甲冑に取り憑いた。だけども、その後は長年、ずっとこの蔵に座らされ続け、結果的に恨みなどどうでもよくなってしまった。しかし、今の世の中がどうなったのか、とにかく外に一度出たい、となったそうだ。苦労人である。


「しかしなぁ…今このご時世で甲冑が歩くとまずいんだよなぁ…」

「そこをなんとか、お願いできぬか」


「お、ちっと良いことを思い付いたぜ。甲冑さんひとつ聞くが、あんたさっき泣きそうな顔してたな。自分の感情で面具の表情を変えられるってことかい」

「ああ、実際に泣きたかったものでな。長年甲冑になっておったら、出来るように」

「もひとつ聞くが、あんた、他のものに乗り移ることが出来るのではねぇかな」


一度、妖刀が傘に乗り移った要領である。


「やったことはござらぬども、出来るかも知れぬ」

「ようし、決まった。甲冑さんを助ける良い方法かもだ。ちょっと待っておきな」


浪人は大急ぎで座長の元へ戻り、座長の妖怪脈や人脈を最大限に活かし、大急ぎで人間の首から上を模したお面を、骸骨の頭に合うように作ってもらった。


髪の毛部分は髪結床から貰ってきた人毛を使い、流行に敏いいなせな町人をイメージして結ってもらい、出来上がった。浪人はみんなにお礼を言い、そのお面を持って座長の屋敷へと走った。


「ほれ骸骨、このお面はお前のために作ってもらったお面だ。美形だろう。それを被って俺に付いてこい」

「あらあら浪人さん。これは一体どういうことです?」

「この際、座長も来たほうがいいな。ほら行くぞ」


先程の甲冑の前へと戻ってきた。


「甲冑さん、このお面に乗り移ることが出来るかい」

「やってみるでござる」


すると、難なく乗り移ることが出来た。


「浪人さん、一体これで何がどうなると言うんです?全くわからないのですが…」

「甲冑さん、あんた、その骸骨の声が聞こえないかね。同じ霊体ってことでさ」

「うむ、聞こえ申す。それがいかがいたした」


「つまりはだよ、甲冑の旦那に骸骨の声を代弁してもらいてぇってことさ。甲冑は外の世界を闊歩出来るし、骸骨は自分の意思を、ちゃんと声に出して伝えられる。どうでぇ、これが適材適所ってやつじゃねぇか。しかも豪商の謎の声も解決出来て、一石三鳥だなこりゃあ」


「ふふふ…どうですか、甲冑さんと骸骨さん。この案は?」

「素晴らしい案にあらせられる。骸骨殿もそう言っておられる」


称賛の声を聞いた浪人が鼻を高くする。


「妖刀は俺の刀に取り憑いて、俺の剣術の後押しをしてくれるだろう。辻斬りをしていた骸骨に武者の甲冑の旦那。良い修行相手になると思うんだよ」

「お前、そんなに修行熱心だったのか…俺は嬉しいぞ」

「それに、そのお面に着物でも着させりゃ人間と見紛うからな。これからは気兼ねなく酒を買ってきてもらえるのが嬉しくってなぁ」


「見直して損した」

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