浪人と妖刀と御奉行
江戸八百八町。天下は泰平、なべてこの世は事もなし。
そんな平和な町で、浪人と妖刀は座長の家までぶらぶら歩いていた。
「最近座長とよく会うな、浪人」
「そうだなぁ、なんかよく呼び出されるねぇ」
「それはそうと、仕官のために頑張っているのか?俺に聞かれるまでもないだろうが」
「おうとも。最近は座学も学んでいるぜ。俺ぁ学がねぇからな」
座長の家に着き、取次を頼んだ。もう家人も見知った顔だ。
「浪人さん、いらっしゃいませ。座長を呼びますので上がって待っててくださいな。お酒でよろしいかしら?」
「おう、いつも悪いな。やっぱり良い屋敷ってのは客のもてなし方も違うねぇ」
運ばれてきた酒をちびちびやりながら、妖刀とたわいのない雑談をしていると、ほどなくして座長が入ってきた。誰かを伴っている。
「おう座長、先にやってるぜ」
「昼から豪気なものだのう、浪人」
「は?」
座長と一緒に入ってきたのは、浪人もよく見知った顔だった。
お奉行様である。積極的に浪人を登用し、町人や商売人にも人気の高い人徳者だ。
浪人が仕官を目指すのもこの人あってのことだった。
浪人は飛び跳ねて頭を垂れた。
「おっおおおお奉行、なぜこんなところに」
「こんなところとはご挨拶ですね、浪人さん。頭をお上げくださいな」
「そうだぞ浪人。今日はお前に大事な話があって来たんだ」
「大事な話…?」
聞くと、今このお江戸には人間だけではなく、妖怪や幽霊といった妖かしの者も平和に暮らしている。だが、やはりそこは社会の闇というやつで、犯罪行為に走る妖かしも少なからずいる。これが人間なら番所の出番だが、あいにく妖かしにはそれ相応の機関がない。
「なので、この度これを新設しようという運びとなり、その統括を座長にお願いしたのだ」
「は、はぁ…?座長は歌舞伎一座の公演で忙しいのでは…」
「ごめんなさいね、浪人さん。あれはあくまでも隠れ蓑。本当は元々妖かしが悪さをしないように監視する集まりなんです。もちろん団員は全て妖かし。私もほら」
ぼん、と音がして座長が狐の姿になった。
「本当は私も人間ではなく、妖狐だったんです。黙っててごめんなさい」
浪人も妖刀もポカンとしていた。
「お奉行、話はわかった。わかったが、それが我々に何の関係があろうというのか」
普段は正体を悟られぬよう黙っている妖刀だが、この時ばかりはそうも言ってられなかった。
「おお。そなたが妖刀か。お噂は聞き及んでいる。大した霊力だそうだな」
「お褒めにあずかり光栄にござる」
浪人よりもよっぽど侍だった。
「先程も言ったが、妖かしに対する警察機構を新設したいのだ。座長率いる劇団一座だけで事足りるかと思ったのだが、妖かし人口が激増する昨今、座長がどうしても、と君たちを推薦したのだよ。浪人、妖刀」
「ご迷惑でなければぜひお手伝いいただきたいのです。今までお願いしていたお仕事の延長だと思っていただければ。何しろ浪人さんの剣技と、妖刀さんの霊力があれば非常に助かります」
「あ、だから最近よくそっち方面の頼み事をしていたのか」
浪人は少し考えて、お奉行に聞いた。
「お奉行、これはつまり、仕官が相成った、と受け取ってよろしいでしょうか」
「そうだな。それどころかお主の腕がなければ成り立たない仕事だ。私からも是非、引き受けてくれるようお願いしたい。お奉行に頭を下げさせるほどの仕事を、お主は頼まれているのだぞ」
お奉行は暖かい笑みを伴いながら、浪人を見た。
「このお話、謹んでお受けいたします!」
浪人は念願の仕官と成った。
お奉行が帰ったあと、座長並びに歌舞伎一座…座長配下の妖かしと、「妖かし町奉行所」の設立について、遅くまで話し合いをした。
妖かし町奉行所において、ただ一人の人間だが、浪人は仕官の道が叶ったことに喜びを噛み締めていた。これからは「侍」として、江戸の町を歩けるのだ。
浪人は、早速仕事に取り掛かった。
その仕事とは、歌舞伎一座全員の顔と名前を覚え直すことだった。
※浪人は念願の「侍」になりましたが、今後も「浪人」表記となります。
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