第13話 王子様の素行調査

バイオレットを巡ってのゴダゴダについて、トーマスは、彼女が留守の隙を狙って緊急会議を開くことにした。狭い従業員控室にマーサ、ジョーイ、ジムを招集して、バイオレットの手紙の内容とウィルのことについて説明した。


「おい、それまずいんじゃねーの? ウィルの命が危険という意味で」


まず口を開いたのはジョーイだった。


「ボスの信頼も厚いみたいなのに、同じ人を好きになるなんてタダじゃ済まないだろう。あいつを保護してやるのが先だと思うが」


「色んな噂はあるけど、あくまで噂だからな……さすがに最悪の事態にはならないんじゃないかな……多分」


トーマスは自信なさげに最後の言葉を付け加えた。


「あんな奴魚のエサになるのは構わないけど、まずいエサ食わされる魚の方がかわいそうね」


次に口を開いたのはマーサだ。彼女はコーヒー片手にお菓子をぽいぽい口に入れながら、ウィルのことは余り心配してないようだった。


「魚がかわいそうなら森に埋める手もあるけど……ってそうじゃないだろ! 分かってるだろうけど、ボスへの定期報告では絶対に触れるな。もし聞かれても『何も知らない』としらばっくれるんだ。いいな?」


彼らは「従業員としてバイオレットに忠実に仕えること」さえ守れていればあとは自由に任されていたが、「月に1回手紙で報告する」という任務もあった。


「もちろん、俺たちだって火薬庫に首を突っ込むことはしないよ。ウィルが勝手に自爆するなら仕方ないが、俺たちまで巻き添えになったら困る」


ジムは体をぶるっと震わせながらそう言った。本当なら夕食の仕込みを始める時間だが、口裏を合わせておくのは仕込みよりも大事なことだった。


「ねえ、それならロナンって奴も危ないんじゃないの? なぜボスは身辺調査なんて悠長なことを言ってるの? 邪魔者はすぐに消せばいいじゃない?」


「お嬢様には真っ当な人生を歩んでほしいと思ってるんだよ。自分の立場じゃそれを与えることは叶わないから、きちんとしたカタギの人間をあてがいたいんだろう……ウィルでは駄目だ。自分と同じ世界の人間だから」


トーマスの説明を聞いたマーサは「これだから男って奴は」と呆れたように呟きながら椅子の背もたれに寄りかかった。


「その割には最近我慢できてないよな。5年も我慢したのに今頃になってもう2回も来ている」


「実際の姿を見たら我慢できなくなったらしい。写真は送ってたけど、百聞は一見に如かずってやつなんじゃないか? あの嵐さえなけりゃなあ」


トーマスは、嵐が去った後に大量の救援物資を持ってヒースが現れた時の衝撃を思い出した。


「あの時だってお嬢様の安否が分からなくて慌てて駆け付けたんだろ? どうせバレることなんだから最初から打ち明ければよかったのに」


「それが墓場まで持っていくつもりらしいよ。そんなことが本当に可能なんかね?」


男たち3人があれやこれやと喋っていると、受け付けの呼び鈴が鳴る音がした。


「あら、ロビーのベルが鳴ってるわ。誰かお客様かしら」


マーサがロビーに行って客対応をしている間も彼らは雑談していた。しばらくして、マーサはウィルを連れて来た。


「ちょうどウィルが戻ってきたからロナンの調査結果をみんなで聞きましょうよ。ほら、ウィル、ここ従業員の控室だけどお嬢様は留守にしてるから入って来ていいわよ」


マーサに連れて来られたウィルは、何事かと警戒しながら、彼にしては珍しい、少しおどおどした様子で入ってきた。


「ボスに報告する前に俺たちに知らせるのが礼儀だよ、なあ? 情報をみんなで共有しようぜ?」


トーマスは余っている椅子にウィルを座らせ、彼の弱みを握っている心の余裕が手伝い、馴れ馴れしく彼の肩に手を置いた。普段なら邪険に振り払うだろうが、今日のウィルは迷惑そうな視線を向けただけだった。


「奴が何者だろうが別に関係ないだろう。どうせ消すんだから」


椅子に座り、マーサからコーヒーを受け取ったウィルはいきなり物騒なことを言った。


「ちょっ! ボスの命令に背くなよ! お前が勝手に決めていいことじゃないぞ」


「バイオレット嬢に近づくものはみな敵だ。ボスは別だが……俺がボスならとっくにそうしてる」


「あいにくお前はボスじゃないんだ。いいから調査結果を報告しろ」


ジムに正論を言われてウィルはむっとしたが反論はせず、調べてきたことを話し始めた。


「結論から言うと、変態でも暴力的でも後ろ暗い過去があるわけでもなかった。残念だが裏表なし。正真正銘の紳士。清廉潔白。清らかすぎて剥製にして学校に飾りたいくらいだ」


「本当か? お前の調査不足じゃないのか?」


トーマスは平静に努めようとしたが、ついがっかりした感情が表に出てしまった。


「俺だって消せる理由があった方が好都合だから友人の評価から学生時代の評判まで洗いざらい調べたよ。女性関係もきれいだし、借金も浪費癖もないし、酒はたしなむ程度、交友関係も健全、仕事はまじめ。非の打ちどころなし。俺の経験ではそういう奴に限って地下に拷問部屋があったりするもんだが、ここ数年で家を改築した様子もなかった」


「そんなことまで調べたのかよ!」


「とにかく、相手がお嬢様でなければ理想的な相手と言えるな。ボスの思い描く幸せな未来ってやつを手に入れられる。でもお嬢様はそれでいいのか?」


「どういう意味だ?」


ジョーイが意外なことを言いだしたので、トーマスは思わず聞き返した。


「結局ボスが考える理想を彼女に押し付けているだけじゃないか。そんなにとんとん拍子にうまくいくものかね?」


確かに。今までもそうだったが、バイオレットの知らないところで何もかもヒースがお膳立てをしていたことがバレたらどうするつもりなのだろう。バイオレットにもプライドがある。普通に素直に受け入れるものなのか? みなその可能性に気付き沈黙してしまった。


「とっ、とにかく、最終的にはボスが決めることだ。俺たちは指示が出たら粛々と従うだけ。何も変わらん」


ジムが咳払いをしながら言った。


「そうよね。私が見てもロナンは悪い奴じゃなさそうだし、あのお嬢様とならうまくやれるわ……よ……」


マーサは威勢よく切り出したが、だんだん語尾が小さくなり最後はおぼつかなそうに視線を床に落とした。


「ボスも俺もわきまえてるから大丈夫だよ。裏の世界で生きている男は大なり小なり似たような経験してるもんだろ。覚悟してることさ」


ウィルは自分を鼓舞するように言ったが、いつもの尊大さは消えていた。結局ここにいる誰もが望むハッピーエンドの形ではないのだ。命令に従うだけの彼らにはどうしようもないことだが。


「それよりウィル、お前は大丈夫なの? ボスの恋のライバルになるつもりなのかよ?」


話題を変えようと、トーマスがウィルに話を向けた。ウィルはじっとうつむいたまま答えた。


「そのつもりはないから心配するな。俺だって命が惜しいし、ボスを裏切ることはしたくないんだ。拾ってもらった恩もあるし……」


普段は偉そうな態度のこの男を、ヒースが手元に置くのはきちんとした理由があるのだろう。ウィルの能力を見出しここまで引き上げたのは、確かにヒースだった。意外にも恩に報いる義理堅さがあることが秘書を任されている理由なのだと、トーマスは考えた。


みなしゅんとなってしまったところへ、通用口から人が入って来る音が聞こえた。「お嬢様が帰ってきた!」と分かると、ウィルは慌てて控室から飛び出し、ジョーイはウィルのマグカップを片付けた。少しして、バイオレットが控室に来た頃には、4つのマグカップとマーサとトーマスだけが残っていた。


「ただいま。何か変わったことあった?」


「いいえ、何もありませんでした」


トーマスは何食わぬ顔で答えた。しかし、バイオレットの頬はやや紅潮し、何か言いたげである。気付くと、彼女の手には手紙が握られていた。


「ねえ、大変なことになったわ。ロナンのお宅に招待されたの」


「えっ! なんですって!」


先ほどまで話していた話題を思い出して、思わず声が上ずってしまった。


「どうしましょう……ロナンの家族にも紹介されるってことよね? お付き合いの順番としてはこれでいいのかもしれないけど、私のような者が行ってもいいのかしら……」


バイオレットは戸惑った表情を隠せなかった。それを見たマーサが励ますように彼女に言い聞かせた。


「そりゃあお嬢様、相手を知ることはとても大事ですし、結婚するなら家族にも会っておくのは当然のことですよ。それに、あなたはれっきとした男爵令嬢です。胸を張ってください」


「でも、財産どころか借金持ちよ。こんな私と結婚したい人なんて本当にいるのかしら」


それが3人もいるんですよとは思ったが、当然言えるはずがなかった。


バイオレットはチャーリーにも相談した。


「ロナンさんとはこないだ会ったが、優しそうで礼儀正しい方だったね。バイオレットがいいならお付き合いを進めればいいんじゃないか?」


基本的にバイオレットの言うことを否定しない父ならそう言うのは分かっていた。しかし、バイオレットは自分でも理由が分からないが迷っていた。


「結婚してもここを離れたくないと先日言ってしまったの。ロナンは賛成してくれたけど、彼の家族はいい顔しないかもしれない」


「それでも決めるのは彼自身だよ。既に独立もしているのだし、親の顔色をうかがわなければならない立場ではないだろう。他にも何か?」


なぜか浮かない顔をしている娘を見て、チャーリーは何かを察したようだ。


「お前に肩身の狭い思いをさせて申し訳ないと思ってる。昔はいい暮らしをしていたのに、今じゃ使用人と同じような仕事をしていて、陰口を叩かれたこともあるだろう。でも、というかだからこそ、ありのままのお前を愛してくれる人と一緒になってほしい。バイオレットはどこへ行っても私の誇りだ。どうかそれを忘れないで」


そう言ってチャーリーはバイオレットの額にそっとキスした。父の優しい言葉を聞いたバイオレットは、涙が出そうになるのをぐっとこらえた。今の仕事は自分から望んだことだから別に苦じゃない。馬鹿にする者もいるにはいるが、彼女の視界に入ってこなければどうということもない。父の配慮は嬉しいが、バイオレットが気にしているのは少し違うことだった。それが何か分かればすっきりすると思うのだが、知らないままの方がいい気もして焦燥感が募るのだった。


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