第5話 友あり遠方より来たる

「あらあら、すいませんねえ。そちらも余裕がないのにこんなに頂いてしまって」


「いえいえ、困った時はお互い様ですから。これからもご贔屓のほどよろしくお願いします」


避難客が一人残らずホテルを去り、嵐で損傷を受けた部分の修復も一通り済み、ヘイワード・インは日常を取り戻しつつあった。しかし、外の世界はまだ痛手から立ち直っておらず、復興には時間がかかっていた。通いの従業員たちもまだ働きに出られる状況ではないので、規模を縮小しての営業となった。


この日バイオレットとマーサは、取引相手先の卸売業社にお見舞いに行った。アップルシード村全体に嵐の爪痕が残っており、この店も仕事を再開できる見通しは立ってない。バイオレットたちは、先日の救援物資で少し余裕ができたため、通いで働きに来てくれている村人の家や仕事で縁のある人へ少しずつおすそ分けして援助をしていた。


「それにしても、救援物資が届いたのはうちだけなのかしら? どうやら他のところはまだみたいだし。変ねえ」


「……ええ。そうですね。どちらにしても、うちは助かったからいいじゃないですか」


マーサは少し言いにくそうに答えた。これで訪問するところは最後である。バイオレットたちはヘイワード・インに戻った。


「お帰り。バイオレットに会いたいって人が来ているぞ」


もしかしてヒースが来たのかしら? と浮足立ったバイオレットだったが、そうではないと聞いてがっかりした。しかし、訪問者の名前を聞いて再び心が躍った。最近旧友が相次いで会いに来てくれている。自分は何てついているんだろう。


「こっちこっちー! バイオレット、久しぶりね!」


「エレン! どうしたの? 3年ぶりじゃない!」


エレンと呼ばれた女性はバイオレットを見ると笑顔で手を振った。エレンはバイオレットの女学校時代の友人である。女学校を卒業してからも付き合いが続いている貴重な友人だ。コサージュが特徴的なおしゃれな白のワンピースに身を包んだ彼女は、素敵な若奥様になっていた。


「母の実家がこの近くにあるのよ。大雨被害がひどいって言うから様子を見に来たの。もう誰も住んでないから傷みが激しくて。あなたも元気そうでよかったわ。マットも一緒なの。結婚式の時会ったよね?」


エレンの隣にいる上品そうな紳士が挨拶した。


「お久しぶりです。エレンの夫のマットです。結婚式以来ですね。エレンがあなたの話をよくするんですよ。先生の物まねがうまかったって」


「もう、エレンたら! 恥ずかしいからやめてよ」


バイオレットは学生時代の昔話を暴露されて頬を赤らめながらも、二人を見てニコニコと笑った。エレンはバイオレットよりもいい服を着ていてぱっと見では貴族と使用人に見えなくもない。しかし二人ともそんなことはお構いなしに昔話に花を咲かせた。マットは気の良い紳士らしく、そんな二人を微笑ましく眺めていた。


「エレンの旦那様も素敵な人ね。二人が幸せそうで安心したわ。皆が皆、幸せな結婚ができるわけじゃないもの」


バイオレットが幸せそうにため息をつきながら言うと、エレンはしかめ面で首を横に振った。


「バイオレットだって結婚を考える頃じゃないの。誰かいい人はいないの?」


「私なんてもう行き遅れよ。それにこんな貧乏令嬢と結婚したがる人なんていないし。ヘイワード・インを大きくするのが人生の目標だから、結婚にはこだわってないの」


バイオレットはそう言うと胸を張って見せたが、エレンは眉をひそめた。


「あなたみたいなかわいい人が結婚を諦めるなんてもったいないわ。仕事もいいけど、人生の伴侶を見つけるのも大事よ。バイオレットには幸せになってほしいの。実はね、紹介したい人がいるの」


エレンは身を乗り出して、バイオレットに囁くように言った。


「そ、そんな……いきなりそんなこと言われても困るわ」


「誰か心に決めた人でもいるの?」


「そうじゃないけど……私は仕事と結婚したようなものだし」


「今からそんなこと言ってるんじゃないわよ。悲しい時や辛い時に寄り添ってくれる人が必要になる時が絶対に来るわよ」


そうだけど……と、バイオレットはなおも迷っていた。仕事が忙しすぎて恋人を作る暇なんてない。例えできたとしても、一緒に過ごす時間が取れなくてすぐに別れてしまうだろう。それに、女性が仕事なんてするべきでないという頭の固い人かもしれない。そんな彼女の思考を見透かすかのようにエレンが話を続けた。


「大丈夫。優しくてパーフェクトな人を一人知ってるの。女性の社会進出にも理解あるわよ。バイオレットにぜひ会ってほしいな」


「なんでそんないい人が恋人もいないの? 普通私まで回ってこないわ」


「実はちょっと訳ありでね……ロナン・ヒューズと言って、今29歳なんだけど、3年前に奥様を亡くされたのよ。そろそろ新しい人生を歩むべきだって周りも説得してるんだけど、本人がその気にならなくて。でもバイオレットならきっと気に入られるわ。ねえ、今度うちでミニパーティーを開くからそこで紹介してもいい? 二人を招待するから」


「そうね……そういう事情なら」


それならバイオレットに興味を示さないかもしれない。わざわざこちらから断る必要もなく、角も立たないだろう。もし結婚と同時に仕事をやめろと言うような男性なら、こちらから断るつもりでいた。だって私は神様からヘイワード・インを守る使命を受けているのだから。今回だってピンチの時にタイミングよく救援物資が届いた。こんな偶然が続くのは運命と言っていいかもしれない。


**********


エレンはホテルに数日滞在して、バイオレットの手が空いた時は二人でずっとお喋りしたり周りを散歩したりした。マットはエレンの代わりに親戚の家を見に行って傷み具合を確かめた。その仕事も終わり、いよいよエレンが離れる時がやって来ると、別れを惜しむバイオレットに向かってこう言った。


「まだこれからよ。近日中に招待状を出すから待っててね。そこでロナンを紹介するから。1日くらいならここを休んでも平気でしょ。みんなあなたが働き詰めだって心配してたわよ」


従業員たちからそのように見られていたのか。バイオレットは少し恥ずかしくなった。確かに最近躍起になりすぎていたかもしれない。嵐の後始末に追われて疲れが残っている。少しだけなら許されるかも。あいにくパーティーに着ていける服の持ち合わせがなく、最近の流行も知らないから後でマーサに聞いてみよう。仕事面だけでなく、公私に渡ってマーサには世話になっていた。


エレンたちが帰った後、早速バイオレットはマーサに相談を持ち掛けた。


「パーティーに参加するための服が欲しいと! ええ、喜んで協力しますとも!」


マーサは二つ返事で了承した。マーサは年齢が近いこともあって、姉のように慕っていた。彼女は仕事ができるだけでなく、都会的なセンスも持ち合わせていてなかなかのお洒落さんだった。私服もどこで買ってくるのかハイセンスなものを取り揃えていて、ここのお給料だけで買えるものか少し疑わしいものも身に着けていることがあった。


「最近新しい服を買ってないから意見を聞きたくて。私に紹介したい人がいるんですって。変な格好はできないじゃない?」


それを聞いたマーサは一瞬ぴたりと動きを止めた。


「え、ええ……そうですね。おめかししたお嬢様は誰よりも素敵ですよ」


橋の修復もやっと完了したので、暇な日を見つけて二人で近くの大きな町まで出てショッピングをすることになった。仕事に必要な物の買い出しではない、おしゃれ用品を買うためのショッピングなんて何年ぶりだろう。バイオレットはワクワクする気持ちを抑えることができなかった。元はと言えばかわいいものやきれいなものが好きだった。最近はすっかり忘れていたが、昔はフリルやリボンといったものに囲まれて暮らしていたのだ。


うきうきした気持ちのまま部屋に戻ったところで、クラーク氏への返信を忘れていたことを思い出した。いつも欠かさず返事を書いているが、今回は大雨の被害があったのですっかり間が空いてしまった。クラーク氏も心配しているかもしれない。まずは返事が遅くなったお詫びをしなければ、とバイオレットは机の引き出しから便箋を取り出して手紙を書き始めた。


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