第12話




「本当に来られるんですか?」

「もちろん、私の両親の事は気にする事はない。昔から困った人達なんだ」


 恋人の蘭玲を心配させないように背中に手を当て歩を進めるよう促す。戸惑いつつも蘭玲は足を踏み出した。


「一応両親には今日来られるかもしれないとは伝えてあります」

「ありがとう、実は何日も前から緊張であまり眠れなくて……。変な事を口走ったらすぐ止めておくれ」


 困ったように笑う王琳に蘭玲もつい笑ってしまった。いつでも蘭玲の心を落ち着けてくれる、そんな王琳の事が大好きだった。


 蘭玲が店番の時に王琳が訪れた時、それが二人が初めて会った時だった。蘭玲は王琳と言葉を交わした時から何故か王琳の事が頭にへばりついて離れなくなってしまった。王琳の探していた品を出す時もいつもは完璧にこなせるのに、緊張して腕が違う箱にあたりばらまいてしまった。焦りと羞恥で真っ赤になって慌てる蘭玲に王琳は笑って落ち着くよう諭してくれた。


 それから逢瀬を重ね、想いが通じ合い、とうとう王琳は蘭玲に求婚された。身分違いな恋人を連れてきた息子に王琳の両親はいい顔をしなかった。王琳は知ったことかと開き直っていたが蘭玲はそうもいかず、このまま結婚してしまって良いものかと不安になっていた。


 王琳は蘭玲の両親に結婚の許可をもらおうと挨拶に行くと決め、今は彼女の家に向かっている。蘭玲は王琳の両親だけでなく、自分の両親にも反対されてしまったらどうすればいいのか――不安でたまらなかった。


 着いて欲しくない時ほど早くついてしまうのは何故だろう。蘭玲はそう思いながら目の前にある見慣れた玄関を見つめた。――そして重い手を上げ扉を開いた。


「ただいま帰りました」


 少しすると、奥から母の姿が近づいてきた。蘭玲も王琳も自然と背筋が伸びる。


「よくお越しくださいました。荒屋あばらやではございますが、どうぞお上がりください」


 王琳に口を開く隙を与えずそう言い、二人を促した。母は普段は穏やかな人だが、時折こうやってまるで別人の様に凛とした様子を見せることがあった。


「お邪魔いたします」


 王琳も落ち着いた様子で家の奥に進んだ。蘭玲はその少し後ろを着いていく。


「こちらへどうぞ。お茶をお持ちします」

「ありがとうございます」


 母は台所の方に向かったので代わりに蘭玲が扉を開く。その先の机の傍に立っていたのは父だった。程なくして母がお盆を持って戻ってきた。蘭玲も一緒にお茶を入れて両親と向き合って座る。


「どうぞ、粗茶ですが」

「ありがとうございます。いただきます」


 王琳は茶器を手に取り軽く一口含んだ。恐らく両親は気付いていないが、隣にいる蘭玲には王琳の手が微かに震えているのがわかった。あの王琳でも緊張しているのだ。それなのにちゃんと両親の許可を取りに来てくれた。蘭玲はもし両親から縁を切られたとしても王琳について行く覚悟を決めた。


「本日はお時間をいただきありがとうございます。柳王琳と申します。」

「こちらこそ、君ほどの官吏だと忙しいだろう。わざわざ御足労いただいて申し訳ない」

「――いえ、当たり前のことです」


 それまで一言も発していなかった父が口を開いたことで、王琳の緊張が少し解けたようだった。んんっ、と咳払いをして彼が口を開いた。


「今日は――蘭玲さんとの結婚の許可を頂きに参りました」


 とうとう決定的な一言を放った王琳の声を聞き、蘭玲は両親の反応を見るのが恐ろしかった。二人の顔を見れず、ずっと手元の茶器を見ていたが意を決して恐る恐る目線をあげる。


 声も無く、母が立ち上がり退席する。その姿を見て蘭玲は落胆してしまった。やはり駄目なのか、と。ぎゅっと目を瞑り涙が出そうなのを必死で堪えた。


「二人とも、これを」

「――え?」


 姿を消したはずの母が何かが乗った皿を持って戻ってきていた。どういうことか分からず王琳も蘭玲も困惑の表情を浮かべる。


「これはチョコチップクッキーと言って、セラム王国のお菓子よ」

「セラム王国の? でもなぜそんなものがここに?」

「そうね……。あなたには言ってなかったけど、お父さんとお母さんはセラム王国の出身なの」


 唐突に告げられた真実に開いた口が塞がらなかった。今までそんなこと聞いたこともなかったし、素振りも見せなかった。名前だって天聖国の住民らしく漢字だ。


「色々あって二人で天聖国に移住したのよ。名前もその時に変えてね」

「商売が軌道に乗って、お前が生まれてセラム王国を思い出すことも少なくなったが――忘れたい訳ではない」


 父も母と共に話をし始めた。父は懐かしむような顔でクッキーを手に取り一口含んだ。


「いつか、あなたが生涯を共に生きていく相手を見つけることが出来たら……。その時にその相手と一緒に私たちの国の物を食べて食卓を囲めたらってずっとお父さんと話していたの」

「それって――」


 生涯を共に生きていく相手という言葉――そしてこのクッキーを出してくれたという事は。両親が言いたい事を察した蘭玲はさっきとは違う涙が溢れて来るのがわかった。


「王琳様も良かったら召し上がってくれるかしら?」

「是非いただきます。それから、どうぞ王琳とお呼びください。義父上、義母上」


そうして蘭玲は王琳の妻としての一歩を踏み出したのだ。


 



 

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