第10話



 あれから一週間が経ち、あの木の幹の下で蓮花が小休憩を取っていた時だった。目を閉じて背を木に預けていると微かに足音が聞こえてきた。薄く目を開けそちらを見るとあの青年がこちらに向かって歩いてきていた。まさか本当にまた姿を見せるとは思っていなかった蓮花は驚きのあまり姿勢を正す。


「よかった、ここにいてくれて」

「またお会いするとは思っていませんでした」


 その言葉を聞いた青年は面食らったような顔をした。


「また次の機会に礼をすると言っただろう?」

「でもお名前も知りませんでしたし、社交辞令かと思いまして……」

「たしかに一理ある。そうだな、俺の事はフェイとでも呼んでくれ」

「飛様、ですね。私は柳蓮花と申します」

「蓮花か、改めて先日はありがとう」


 名前を聞いた蓮花は恐らく偽名か渾名だろうと予想したが、悪い人ではなさそうなので自分の名を明かした。飛の方も蓮花が本名では無いことに気付いていると察したのか少し眉を下げている。


「お気になさらないでください。何か事情がおありなのしょう?」

「ああ。礼を尽くすと言ったのに申し訳ないが――」


 本当に申し訳ないと言う気持ちが透けて見える態度に蓮花は軽く笑った。その様子に安堵した飛は手に持っていた包みを蓮花に差し出した。


「食べ物には食べ物と言った安直な考えで申し訳ないが、これを君に渡そうと思って」

「あんな少しの量でしたのに、わざわざ申し訳ありません」

「私がしたかっただけだから気にしないでくれ。今時間と腹の空き具合はどうだ?」


 ちょうど時刻はおやつ時で、小腹がすいていた。休憩も入ったところなのでまだ暫くは時間かある。飛に座るよう促され、二人並んで腰を下ろす。


「この前くれた味が異国風だっただろう。料理ではないが、先日隣国のセラム王国の菓子が手に入ったので、お返しには丁度いいと思いついてな」


 そう言って包みの中にある容器の蓋を開けると、甘い香りが蓮花の鼻腔をくすぐり、桃酥タォースゥのような見た目の焼き菓子が出てきた。その上には茶色い粒の塊が埋め込まれている。


「これは……初めて見ました。甘い焼き菓子のようですが」

「チョコチップクッキーというらしい。見た目は桃酥に似ているが風味が違うし、この飾り付けの物が天聖国にはあまり流通していない」


 ほら、と飛は一枚手に取りこちらへ渡してきた。蓮花はそれを受け取り匂いを堪能したあと口に含んだ。サクサク、ホロホロっと口の中でほどける感覚、それにこの茶色の飾りの甘さの奥に仄かな苦味を感じる味が焼き菓子の生地の味を引き締めている。

 人生で初めて食べる味に蓮花は思わず口元に手を当て思考が停止する。


「私も初めて食べた時は同じような顔になった」


 思い出し笑いをする飛が目に入り、急に恥ずかしくなった蓮花は残りの半分を口に運んだ。



 

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