第9話



 一方その頃蓮花の父、王琳は黙々と仕事をこなしていた。昔から謹厳実直きんげんじっちょく謹厳温厚きんげんおんこうを表すような男だと言われているが、その性格は仕事だけではなく私生活においても変わらない。


 なぜ王琳のような男が家長の柳家に借金ができてしまったのか――それは蓮花の祖父母、つまり王琳の父母の時代に遡る。


 王琳の両親は彼の事を大事に育ててくれた。しかし彼らには大事なものが欠如していた。それは財産管理能力だ。王琳が幼い頃から家には掛け軸や壺など装飾品が多くあり、我が家には資金は潤沢にあると思っていた。

 だが科挙の勉強をするようになり、ふと今の柳家の財産はどれくらいか確かめることにした。そして帳簿を確認しそろばんを弾き終わった時、王琳は自分の目を疑う事になる。何回見直しても資産が赤字なのである。その後二回ほど計算し直したが最初と数字が変わることはなかった。

 

 慌てて両親を呼び、どういうことかと問い詰めると悪びれもせずに口を開いた。


「だってねぇ、柳家ほどの位の家ともなるとそれなりの掛け軸を置いておかないといけないわ」

「そうそう、それにこの壺は学問成就にとてもご利益のある壺だと言っていたぞ! 王琳の科挙の試験にもってこいだろう」

「なんということだ……。このままでは位や科挙どうのの前に家が潰れてしまう! いいですか父上、母上。これらの売れるものは全て売ります。反論は受け付けません」

「な、何を言っているのだ! そんなことは私は許さんぞ!」

「そうよ、考え直して! 王琳が大きくなれたのも私たちが家を守ってきたからなのに、こんな仕打ち酷いわ!」


 王琳は話の通じない両親に思わず頭を抱えた。そして心を鬼にしてこう返す。


「父上、母上。確かに今まで育てていただき感謝しております。しかし今の柳家は見た目は豪華だが中身は白蟻に食い荒らされたいつ潰れてもおかしくない家の様になっているのです。先祖代々受け継がれてきた柳家をこんな理由で潰してはなりません。――これからはわたしが柳家の当主となり家を建て直して見せます。」


 その言葉を聞いた父は驚きのあまり声も出ないようで口をパクパク動かしていた。


「この帳簿があれば柳家の現状を理解して代替わりの許可も頂けるでしょう。――まずは借金を無くさなければ」


 そうして王琳は柳家史上最年少で当主となり、科挙を無事首席合通過。両親は懲りずに何度か借金を増やしてしまったが、亡くなった今となっては増える心配ももうない。


 母が宝飾品を買う金が欲しいがために、妻の蘭玲に贈った一級品の簪を売ろうとしている所を発見した時は温厚な王琳は激怒し、両親に容赦なく節制という名の制裁を下した。



「――あの時は酷かったなあ」

「え?なにかおっしゃいましたか?」

 

 休憩にお茶を一服して、過去を思い返していた王琳の口から呟きがもれる。部下は聞こえなかったようでこちらを見てくる。なんでもないよ、と返した王琳は再び筆を取り書簡に向き合い直した。





 

 


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