第8話
「これはただ大根を有り合わせで炒めた物なので名前はありません」
「名前のない料理?」
「はい、祖母の生まれ故郷の味に寄せているのであまり王都では食さないような味がしますね。良かったら召し上がりますか?」
そう言って入れ物と箸を青年に差し出す。しかしよく考えると初対面の人間からの得体の知れない食べ物は受け取らないだろうと思い至った。
「すいません、別に要らないですよね、何も考えずに提案してしまって……」
「あ、いや、頂いてもいいだろうか。是非食べてみたい」
慌てて器を引っ込めようとしたがその前に青年が蓮花の手を軽く掴み制する。異性との接触に慣れていない蓮花は先程の焦りとは別の意味で鼓動が早くなった。
「大したものではありませんが――どうぞ」
「いただきます」
そうしておかずを一口頬張ると目を見開き驚いた顔でこちらを見た。
「――美味い」
「本当ですか! よかった」
「確かに天聖国ではあまり食べない味付けだな」
蓮花は口に合ったことに安堵の息を漏らす。青年はそのあと二、三口食べた後こちらに器を返してきた。
「つい食べきってしまいそうになった。ごちそうさま、美味かったよ」
普段家族以外にご飯を食べられることなんてないので蓮花は嬉しくて口角が緩みそうになるのがわかった。青年もそんな蓮花を見て微笑んでいる。青年はそろそろ戻らないと、と言い立ち上がったその時。
「っ――」
「どうしたんですか!」
突然手を押さえて顔をしかめた。蓮花もその異変に気づき立ち上がる。
「大したことじゃない、木の棘が手に刺さったみたいだ」
「大したことあるじゃないですか! 棘だからといって油断してはいけません……ちょっとだけ手を見せていただいてよろしいでしょうか」
青年は不思議そうな顔をしながら手を蓮花に預ける。蓮花は棘の位置を確認し、彼の掌の上に自分の掌を翳す。手の周りに意識を集中させると棘が奥深くから表面に徐々に出てきた。そして完全に抜け切った後その棘を摘んで捨てる。
「これで大丈夫だと思います。念の為消毒はしておいて下さい」
「これは、君の異能か?」
「はい、説明もせずに申し訳ありません」
「いや、助かった。手馴れているんだな」
蓮花の異能は自分が取り除きたいと思った物を取り除くこと。野菜の悪いものを除きたい時や、今のように棘などが刺さった時など、汎用性は高いがそんなに必要性のある異能では無いので利用する場面は限られてくるのだが今回は役に立ったようだ。
「よく弟妹達も遊んだ際に刺さってしまうことがあるので」
「弟妹か」
「決して貴方様を弟妹のように思ったという訳ではございませんので!」
慌てて弁解すると青年はふっと笑った。
「分かっている。――すまない、そろそろ本当に戻らないと」
「お引き留めしてしまい申し訳ありません」
「もっと礼を尽くすべきなんだが次の機会にしよう。それじゃあ」
そう言い残して去っていく青年を見送る。青年は次の機会にと言っていたがお互いの名前も知らないし、所属も知らない。まあ、そうそう会えることは無いだろうと蓮花は結論付けて昼食を再開した。
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