第18話 対処

「…でね〜あの監督がね〜めちゃくちゃお腹の辺りを見てくるんだよ〜キモくない?」

「…そうか」

「しかもさ〜今撮ってるドラマでさ〜私キスシーンNGですって言ってるのになんか偉そうなボンボンの俳優が無理矢理してこようとしてきたんだよ?マネちゃんが止めてくれなかったら、激クサ口臭マンとキスしてたわ〜あはは〜♪」

「…そうか」

伊藤千歳の酒が入っただる絡みという名の地獄は一体いつ終わるのだろうか。

なんでこうなったのだろうか。

アルコールが入った頭で必死に思い出す。

……たしか俺の家の前をうろつく不審者がいて、その不審者が俺の幼なじみの伊藤千歳で、なんか家に匿って欲しいと言ってきて……その後どうしたんだっけか?

伊藤が、「それでねそれでね〜」と絡んでくるのを適当に対応しつつ、思い出す。

たしかあの後……



俺はとりあえず中で話をしようかと伊藤に言って、それから伊藤を連れて家の中に入り、リビングで、テーブル越しに伊藤と対面する形で話をしたのだった。

たしかこんな会話をしたのだった。

「伊藤お前急にどうした?突然俺の家に匿って欲しいとか言い出して、俺以上に頼れる友人や知り合いがお前にはいるはずだろ?」

と伊藤に俺が切り出すと伊藤は斜め上の方向に視線を向けながら、

「い、いや〜実は昔みたいに犬助の家に泊まりたいな〜って思ってさ」

嘘だ。なぜなら伊藤は嘘をつくときはどこか別の方向を見る癖があったからだ。

「嘘をつくくらいなら本当のことを言え」

と少し低めの声で言うと伊藤は両手の人差し指を合わせながら、

「実はしつこいストーカーがいて、前は遠くから見てくるくらいで済んだんだけど、段々とエスカレートしてきて私の家の前までついて来たり、ご飯を食べようって思ってお店に入ったら追いかける様に入ってきたりして…けど前にマネちゃんが『警察を呼びますよ』って言ったらいなくなってそれでもう終わったって安心してたら、今日1人で帰ってたら急に男の人に話しかけられて、なんですかって振り返ったら…ストーカーの人がニヤニヤしながらこっちに迫ってきてて…それで…それで…怖くなって犬助の家まで逃げたの」

なるほどそんな事象があったのか。

伊藤はそのことを思い出してしまったのか少し怯えている様に見える。

俺は伊藤の頭をポンポンと撫でながら、

「分かった。伊藤、今日は泊まっていけ。明日になったらマネージャーさんに連絡して迎えに来てもらえ。……ストーカー野郎の方は俺の〝知人〟に対処してもらうよ」

そう言って俺は、ちょっと席を外すぞ。と伊藤に言って、リビングから廊下に出る。

廊下の壁に背を預けながら、〝知人〟に電話をかける。

プルルルルと無機質なコールが鳴る。

5コール目でそいつは電話に出た。

「犬助さん。なんすか突然電話かけてきて」

それは女の声だった。

「すまんな実は頼みたいことがあってだな…」

俺は謝罪と要件を同時に済ませた。

「内容は?」

「実は……」

「ふーん」

「こうで……」

「なるほどなるほど」

「ってことで頼めるかな?」

「なんだ。そんなことっすか、じゃあ明日中ににそのストーカー野郎をとっちめれば良いんすね?」

俺の頼みの内容をそいつは復唱してくる。

「そうだな」

「そういうことなら明日、片手間でやっとくっすよー」

「ありがとうな。……やっぱ持つべきものは頼れる知人だな」

と俺が呟くとそいつは

「あ、あははー、それ本人の前で言うっすか普通…」

少し照れた様な声で返してきた。

なんか気まずい雰囲気になってしまったので俺は、

「……んじゃそういうことでよろしく頼むわ。電話、切るぞ」

こういう時はこれが1番方法だ。某丸太を担いだ元アメリカ州知事的に言うのなら、『この手に限る』だな。

「了解っす。……対処し終わったらなんか奢って貰うっすよ。」

と最後にそいつはそんなことを言って電話を切った。

おぉ怖。そんなことされたら俺の財布が寂しくなっちまうよ。

そんなことを思いながら、なんか良い店あったっけなぁ…と思考を巡らせる。

しかし、俺は基本的に家で飯を食う人間のため、大した所は思いつかなかった。

まぁ会社に出勤する道中にある居酒屋でいいだろ。と考えてリビングに戻る。

すると伊藤が怯えた表情で、

「ど…どうだった?」

と聞いてきた。

俺は伊藤の頭をポンポンと撫でながら、

「俺の〝知人〟が対処してくれるから大丈夫だ。……だから安心しろ。伊藤、お前の怯えた顔を見るのはあまり気持ちが良く無い」

と優しく声をかけてやると、

「うん……犬助ありがとう」

と少し落ち着いた様だ。

伊藤にそのまま続けて俺は口を開く。

「よしっ!伊藤、今日はジャンジャン飲むぞ!!」

俺は、今日ぐらいは酒でも飲んで辛いことを忘れてしまえば良いと思ってそう言って、冷蔵庫やリビングの棚にしまってあった酒をテーブルの上に置くと、二つコップを出して床にあぐらをかいた。

伊藤は、俺と対面する形で床に正座を少し崩した形で座った。

「犬助……ジャンジャン飲むと言っても犬助はお医者さんに飲む量制限されてるんじゃないの?」

と聞いてきたが、

「大丈夫、大丈夫今日ぐらいはいっぱい飲んでも大丈夫…な…はず」

「そこは断言してよ!!」

と伊藤がツッコミを入れてくる。

「まぁ大丈夫だろ」

と返して俺は、日本酒(けっこうお高いやつ)を2つのコップに注いで、1つを伊藤に渡す。

そして、俺は右手の義手。つまり双嘴鈎そうしこうの3本の金属の鉤爪でコップを掴み、

「乾杯〜」

の声と共にコップをコチンと合わせて酒をあおる。くだらないことを話しながら酒を飲み、そして酒が無くなると俺がまた新しい酒を開けて、コップに注ぎ、飲む。

そんなことを繰り返していると、完全に酔っぱらった女とまだほろ酔いの男が出来た。

伊藤は最初は俺のくだらない話に「うん」とか「そうなんだ」とか返すだけだったのが、今では、

「ねぇ〜犬助聞いてよ〜私ね最近ねめっちゃ頑張ってるんだよ〜」と伊藤の方から話してくる様になった。それに、今までは俺が酒を注いでいたのがいつのまにか伊藤が酒瓶を持って酒を注いでいた。

そして地獄(伊藤千歳の酒が入ったからみ酒)が始まった。


そして今現在、酒を飲み始めてから4時間が経過したがまだ伊藤は飲み続けている。

そして仕事の愚痴は止まることがない様だ。

今も「あの俳優さんはね〜けっこうジロジロと体見てくるんだよ〜」とか「あの監督アドリブ場面多すぎ!もっと台本しっかりしろ!!」とか愚痴っている。

俺は、「そうか」とか「大変だな」とか返しているが、内心さっさと寝てほしい。てか寝ろ。

更に1時間経過した所で、伊藤がとうとうマジのヤバい事情を話し始めた。

「この業界さ〜けっこう枕多いんだよね〜実際後輩の〇〇ちゃんは枕してるとかそういう話が絶えないしね」

「やめろやめろ。生々しい」

「いやいや男はオオカミなんだよ?実際犬助の好きな武松たけまつ監督さんは枕野郎ってよく現場で聞くし」

「いやぁ……マジかそれ……聞きたく無かったな……それ」

武松監督というのはダンディで声が渋い、俺の憧れの存在だ。その憧れの存在の駄目なところを聞いてしまってテンションがダダ下がりだ。

「だ〜か〜ら〜男はオオカミだから気をつけ…」

と伊藤がまた同じ様なことを言おうとしてその言葉が不自然なところで途切れた。

「伊藤?急にどうした?」

と近づいて見ると、「…スゥー…スゥー」と寝息が聞こえてきた。どうやら寝落ちした様だ。

俺は、空になった酒瓶だの缶だのを片付けて、このまま伊藤をここで寝かせるのは駄目だとアルコール漬けの頭で考えて、伊藤を担いで寝室まで運ぶ。

そのままベッドにそっと横たえて掛け布団を掛けてやって、そのままリビングのソファーで寝ようと考えてリビングに向かおうとした。

すると後ろから声が聞こえた。

「犬兄ぃ…どこ行っちゃうの……置いてかないでよ……ここにいてよ……犬兄ぃ…」

と伊藤が手を伸ばしながら、こちらに向けて喋り掛けてきた。

犬兄ぃというのは伊藤が小さい時に俺につけた愛称だ。

俺は、足音を立てない様にそっと近づいて、ベッドの横にひざまづくと、左手で伊藤の右手を握りながら、

「…ここにいるよ。ちーちゃんだから大丈夫だよ」

ちーちゃんというのは、俺が伊藤が小さな時につけた愛称だ。

そう言うと、伊藤は俺の左手を強く握り、自分の左手で俺の右手を…本当だったら手のひらがある場所を握りながら、

「犬兄ぃ…ごめん…わたしのせいで……右手こんなになっちゃって…ごめん…ごめんなさい」

と謝り続ける伊藤に対して、

「ちーちゃんのせいでこうなったんじゃ無いよ。これは俺自身のせいでこうなったんだから……だから大丈夫。もう遅い時間だよ。おやすみ。ちーちゃん」

と返すと、

「犬兄ぃ…おやすみ…なさい」

と言って伊藤はまた寝息を立て始めた。

俺は、伊藤も寝たし、俺もリビングのソファーで寝ようと考えてリビングに向かおうとしたが、伊藤が俺の手を握ったまま離してくれない。無理矢理剥がして起こすのもあれだし、どうしようと考えていると、睡魔が襲ってきた。俺はそのままベッドに顔を預ける形で眠った。

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