神原望
復讐の終わり 前編
なぁ佐藤……、お前の名前を雑誌で見掛けた時、びっくりしたよ。〈佐藤蓮〉って名前を見て、すぐにお前だって分かった。その理由はお前もよく分かっているはずだ。いや、でも本当にびっくりしたよ。
佐藤、これは俺の長い長い記憶の話だ。
お前の知っている話もあるかもしれないけれど、いちいち口なんて挟まなくていいから。とりあえず俺の話を聞いてくれ。
佐藤、お前はどんな子どもだった?
はは、いきなり、そんな話をされても困るよな。お前は結構モテたんじゃないか。俺とは違ってさ。俺は引っ込み思案な子どもだった。自己主張も苦手で、数人の輪ができたら、その中で特に何もしゃべらず、ただにこにこしているだけの少年だった。だけどそんな俺にもついつい熱くなってしまうことがあって、それが小説、特にホラーだ。佐藤、なぁ、お前は知ってるだろ。むかし一緒に面白い小説やつまらない小説について、一緒に語り合った仲なんだから。
好きになったのは、小学生の時だったかな。きっかけなんてたいしたもんじゃない。ただアニメやゲームの怖いシーンに惹かれて、なんとなく、あぁ俺、こういう怖い感じのものが好きなんだなぁ、って思って、そのあと、児童向けのホラーやダークな雰囲気の物語を積極的に味わうようになった。アニメや漫画も好きだったが、何よりも俺が好んだのは、小説だった。子ども向けのホラーアンソロジーみたいなものが多かったけれど、ちょっと背伸びして、江戸川乱歩とか横溝正史とかも読んだよ。児童向けの奴じゃなくて、文庫の。小学生の時には、あまり周りには言わなかった。いや言ったことはあるんだ。だけど表立ってそう言われたわけじゃないけど、変な趣味だな、って顔をみんながするんだ。それがすごい嫌でさ。趣味に上下をつくるな、ってのは、理想的な言葉だと思うんだけど、でもみんな心のどっかで、上下をつくってるんだ。
「また読んでんの、そんな暗いの」
俺の家に来るたび、俺の本棚を見て、そう言ったのが、朝里だった。なぁ佐藤、いまでも朝里は元気にしてるか。実は高校を卒業してから、一度も会っていないんだ。どんな顔して接すればいいのかも分からないし、話すたびに、お前の顔がちらつきそうだから。
「いいだろ、別に」
「もちろんいいけど、疲れないの。私、読んだら、ぐったりしそう」
朝里だけは、趣味が俺とは合わないことははっきりと表明したけれど、趣味自体を否定するような表情は浮かべなかった。
佐藤も知っていると思うが、俺と朝里は幼馴染だった。幼い頃からお互いの家に、頻繁に出入りするような関係だよ。よくラブコメとかにそういう関係の幼馴染が登場していて、結局物語の中だけの出来事だ、ってうそぶく奴もいるが、実際に俺にとっては身近なリアリティのある出来事だったわけさ。
佐藤、お前は高校になってからの朝里しか知らないから、意外に思うかもしれないけど、当時の彼女は結構、男の子に混じって遊ぶようなわんぱくな子どもで、さ。テニスクラブにも入ってたから、運動神経も良くて、足も速かったんだよ。お前は知らないだろうけどな。男子からも女子からも、誰にでも好かれるような女の子だった。俺なんかと一緒にいなくても遊び相手には困らないはずだよ。なのに、よく俺の家に来ては、自分の家から持ってきた漫画を読んだり、ゲームをしたりするんだ。
「俺の家、来る必要なくない?」
「必要ないと来ちゃ、ダメ?」
「いや、そんなことないけど」
「じゃあ必要なくても、いる」
そんなこと言ってさ。あの頃は確か、小五くらいだったかな。思春期のはじまりみたいな時期に、女の子からそんなふうに言われて、嬉しいけど恥ずかしくて、無理やり嫌そうな顔をつくっちゃうみたいな感じだったよ。こんなこと言われたら、勘違いしちゃうよな。いやいまでも思うんだ。あの頃は別に、勘違いでもなかったんじゃないか、って。
彼女とは、小学校、中学校、高校とずっと一緒だった。
でも中学の時は、ちょっと関係が疎遠になった、というか、たぶん多くの男子が経験するみたいに、女子と一緒にいることで周りから、からかわれる、っていう状況が嫌で、俺は積極的に彼女を避けてたんだ。彼女はそのままテニス部で、俺は合唱部だった。合唱部、って意外だろ。いや俺も実は興味があって入ったわけじゃなくて、クラスメートにどうしても合唱部に入りたいけど、男子ひとりは嫌だ、って奴がいて。当時合唱部は全員が女子だったから。だから俺も仮入部の時だけ付いていって、適当なタイミングで逃げようと思ったんだけど、なんかタイミングを逃してな。結局俺は合唱部だよ。逆に一緒に行った奴は、入ってすぐに辞めちゃったから、男子部員はほぼ三年間、俺ひとりだったよ。
真面目には行ってたんだよ。
「すぐ辞めると思ったけど、意外と骨あるよね、神原くん」
って俺に言ったのは、俺が二年の時の部長さんだ。勉強もできて、優しくて、俺のちょっとした憧れのひとだった。憧れは憧れだ。あんなふうになりたい、っていう。恋じゃない。
でも、朝里には、言われたよ。
「もしかして合唱部の部長さんと付き合ってる?」
ってな。一度、部長とふたりで市内のショッピングモールに行ったことがあって、その様子を朝里に見られたみたいで、さ。俺は驚いたよ。見られたことじゃなくて、わざわざ朝里がそんなことを聞いてくることに。
「いや、付き合ってないよ」
俺はやけに緊張しながら答えた。当時は特に、朝里と全然話していなかったから、どう接すればいいか分からなくて。何その反応、って笑ってたな、朝里のやつ。
「ふぅん、本当に」
静かな笑みを浮かべた彼女に、むかしのすこし男っぽい感じはなくなっていた。でも元の芯の強さは残したまま、男女問わず人気のある姿は変わらず、だったな。ただテニスは続けていて、テニスウェアを着た男女で爽やかに話しているような姿は、羨ましくもあったよ。
「そのわりには楽しそうだったよ。デートみたいで」
あれはデートだったのかな。友達の誕生日に選びたいものがあるから付き合ってよ、って言われたんだ。あの頃はなんで俺が選ばれたのか分からなかったんだけど、いま思えば、あれは口実だったんだろうな。でも俺の反応が薄いから、これは脈無しだな、って。それが俺の都合の良い解釈だ。正しいかどうかなんて分からない。だって真意なんて、彼女自身にしか分からないことだから。
「デート、じゃないよ、たぶん」
「たぶん、っていうのが、曖昧だね」
「なんか、すこし怒ってる?」
「いや、ちょっと、ずるいな、って」
結局、その時、彼女はそれ以上、何も言わなかった。朝里がどういう気持ちだったかまでは分からないが、好意があると中学生男子に思わせる程度の威力は、その言葉にはあった。
あまり話さなかった中学時代で、一番印象に残っている会話がこれだった。
本当に全然話さなかったから。だけど意識はしていたから、中学時代の彼女のこともよく覚えてる。途中でテニス部も辞めて、理由は表向き怪我、っていう話だったけど、同じテニス部の男子に振られたなんて噂もあったな。辞めてからの朝里は内向的になるようになって、物静かに本を読んで、あまり目立たずに過ごすような雰囲気になっていた。クラスは違ってたから、たまに見掛ける時の印象の話だよ。だから実際にはそうでもなかったのかもしれない。
俺のほうは、一応合唱部には入っていたけど、それ以外に俺という人間を表すようなものはなかったな。勉強は平凡だったし、運動は全然駄目だった。
そう、だから朝里と同じ高校を受けた、と知った時は、本当に驚きだった。
彼女のテストの点はまったく知らなかったけど、彼女なら俺なんかより絶対良い学校に入るだろうな、って思ってたから。別にまぁ俺たちのいた高校は下の下ではなかったけれど、それでも下から数えたほうが早かっただろ。
って言っても、まぁ佐藤も知ってると思うけど、朝里は特待生で、特進クラスにいたから、やっぱり俺よりはずっと良い成績だったはずだ。
あぁ本題に入るまでに、だいぶ話が長くなってしまったな。他人に話を語り聞かせる、っていうのは難しいもんだ。
で、ここからが高校編だ。
佐藤、お前と出会った。
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