インタールード

インタールード 5

 夢宮くんの話が終わった。

 あとひとり、と意味ありげな言葉を残して。問い質してみたい気持ちもあったが、結局、神原の話を聞けば分かることなのだろう。


「どうする」

 と言ったのは、神原だった。意味ありげな笑みを浮かべて。


「何が」

「このまま話を続けようか。休憩なんか挟まずに」

「いや、すこしインターバルは置きたいな」

 僕はひとり、夜風に当たりに外に出た。不安な気持ちを抑える時には、外の空気を浴びるのが一番良い、とむかし僕に教えてくれたのは、朝里だ。実際にそうなんだろう、と思うが、生温い風はこれと言って心地良さを与えてはくれない。


 背後から声がした。


「どうしたの、そんなに憂鬱な顔をして」

 相瀬さんだった。


『みんなを信じ過ぎちゃだめ』と送ってくれた相瀬さんのメッセージを思い出す。ただ残念ながら、相瀬さんの話を聞いたいまとなっては、相瀬さんも信じることのできないひとになっている。


「だいぶ疲れる話ばかり聞いてきましたから」

「あとひとりだよ」

「まるで僕の話の番が来ないような言い方ですね」


 僕の疑問に、相瀬さんは答えてはくれなかった。


 僕はこれまで五人の話を聞いてきた。


 一人目は、小野寺さん。仕事でゴミ屋敷の清掃に行った際、学生時代からの知り合いでもあった職場の先輩を殺した話だ。いま思えば、もっとも怪談らしい怪談は、この話だったのかもしれない。それでもいびつではあるが。


 二人目は、新倉さん。大学時代の恋愛のもつれの話だ。おのれの性別を偽った、というよりは、意図的に隠した、というべきか。その行動が生んだ恐怖だ。新倉さんの語りのせいか、どことなくコミカルに感じた部分もあったけれど、男性としては、こんなに怖い話はない。しかし新倉さんはいまだにどこか性別を濁しているところがあり、男性だと信用しきれない。


 三人目は、鈴木さん。自分の行動が原因で死んだバイト先の同僚の霊と出会って、仲間割れのように不良の先輩を殺した男だ。横柄な語り口もあって、不信感以上に、不快さを感じさせる人物だった。だけどこの種の話を語る上で、彼ほどの適任はいないだろう。


 四人目は、相瀬さん。そして彼女は目の前にいる。ちいさなコミュニティの中で支配者的な存在になっていた母親との話だ。僕がきょう聞いた話の中で、もっとも罪のにおいが薄かったのが、相瀬さんだ。いやひとを殺したことに変わりはないのだが。初対面の時点で、僕は相瀬さんに好意まで告げているわけなのだが、本当に自分自身のその心が変わっていないか、というと、怪しい。たった一日で、こんなことになるなんて思いもしなかった。


 五人目は、夢宮くん。先ほど聞いたばかりの話を振り返る必要もないだろう。末恐ろしい子どもだ、と思う。大人になった時、彼がどうなっているのか心配になる。あんな生き方をして、大人になる未来があるかどうかも怪しいけれど。


 彼らの話は、死のにおいに満ちている。

 もちろんすべての話が真実であるなら、と仮定しての話だが。


「相瀬さん」

「何?」

「メッセージの話はなんだったんですか。あの『みんなを信じ過ぎちゃだめ』って」

「あぁ。あれは、どちらにしても、もうすぐ分かる。神原くんの話が終わった時に」

「まるでどんな話をするのか知っているような口ぶりですね」

「そうね、まぁ。知ってるかもね」

「その反応は知ってますね」

「仮にそうだとして、佐藤くん。あなたはあまり驚いていないみたいだね」

「えぇ、途中からうすうす気付いていました。もちろん具体的なことは、何も分かりませんが、すくなくとも今夜の催しが僕のために開かれたものだ、とは」


 これから僕を何が待ち受けているのか。


「怖い?」

「怖いですよ。もちろん」

「そのわりには、あまり怖がっているように見えない」

「きょうは朝から色々ありましたから。もうどうでもいい、って気持ちになってるのかもしれませんね」

「知ってる? 世の中で一番強いのは、そういう人間、って」

「ひとつ聞いてもいいですか?」

「いいよ」

「相瀬さんの話、ってどこまで本当なんですか?」

「そんなの」相瀬さんが笑う。「知ってしまったら、興ざめだと思わない。せっかくの催しが」

「そうですね。あの……、この会が終わったら、一緒に帰りませんか」


 相瀬さんがため息をつく。相瀬さんはひとの心が読める、と言っていた。いや相手の望みが分かるだったか。それが本当なら、僕の気持ちも分かっているのだろうか。


「驚いた。私のあの話を聞いて、まだそんなことを言うなんて。怖くないの?」

「僕はこういう時、ブレーキを踏めないタイプなんです」


 朝里に告白した時も、そうだった。神原という存在があったことを知りながらも、止められなかったのだ。付き合ってからも、神原のことはつねに、頭の片隅にあった。


「もうそろそろ、休憩も終わりかな」

「あの……答えは」

「いいよ、一緒に帰ろうか。この会に終わりが訪れる、なら」

 まるで永遠に終わりが来ないかのような言い方だ。


 僕たちは、部屋へと戻る。

 そして僕はこれから、最後の嘘を聞く。


「戻ってきたな。じゃあ、俺の話だ。この日のためだけの、とっておきの話だ。これから話す予定もない。最初で最後の話だよ」


 部屋を暗くして、神原がじっと僕を見る。彼は他の誰も見ない。僕だけを見ている。周りが不在で、この空間に僕たちふたりしかいない気分になる。外野の息づかいさえ聞こえてこなくなった。僕も彼の話だけに集中することにした。

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