友達の消えた日 後編

 僕はまずちょっと遊びに行こう、っていう建前で、トシヤくんと一緒にハルちゃんの秘密基地の近くに行きました。


「この前、ここでハルちゃんを見たんだ」

「ふーん。こんなところで」


 僕がハルちゃんのことを話しても、トシヤくんは普段通りを装っていました。装っていただけです。内心はきっと、どきどき、びくびく、していたはずです。


「その時にちょっと話したんだけど、ここハルちゃんの秘密基地なんだって」

 秘密基地のことを、トシヤくんに印象付けさせるために。


 三日後、僕はトシヤくんの机の中に手紙を入れました。ラブレターです。もちろん偽物ですよ。そんなハルちゃんがトシヤくんなんかに手紙を送るはずがないじゃないですか。何言ってるんですか! そんなわけ、そんなわけないじゃないですか! 佐藤さん。あんまり馬鹿なこと言うと、許しませんよ。


 あ、ごめんなさい。ちょっと言い過ぎました。本当にごめんなさい。僕、こういうところがあって。駄目だなぁ、っていつも思ってるんですけど。


 僕がハルちゃんの字に似せて書いたラブレターです。僕はハルちゃんの字をよく知っていましたから。前にハルちゃんの落としたノートを拾ったことがあって。持って帰ったんです。落とし物は誰の物でもないですから、僕の物です。あれっ、なんでみなさん、そんな変な顔をするんですか。まるで僕を悪者みたいに。ひどいですよ……。


 話、戻しますね。


 偽ラブレターを机の中に入れて、

『夢宮くんから聞いたんだよね。私の秘密基地のこと。どうしてもふたりで話したいことがあります。きょうの夕方、あの場所で待ってます、って』

 トシヤくんがどういう行動を取るか、まずそれを確認するためです。本当にそれだけのつもりでした。本当ですよ。


 ハルちゃんには、事前に、「きょうはあの場所には行かないで」って言ってありました。ハルちゃんを危険な目には遭わせられませんから。あんな奴と一緒にいたら、ハルちゃんがめちゃくちゃにされちゃいますから。僕だけがそばにいればいいんです。


 そして秘密基地の裏に隠れながら、様子をうかがっていると、トシヤくんがやってきました。なんかうきうきした感じでしたね。なんか僕にはそう見えて、イライラしてきて。だって佐藤さんだって、そう思うでしょ。ストーカーみたいな犯罪者が楽しそうな顔をしてたら、ムカつきませんか。ムカつくでしょ。ムカつくに決まってる。


 トシヤくんが家の中に入って、すごく嫌な感じがしたんです。汚された、って言ったらいいんですかね。トシヤくんを呼んだのは僕ですから、もちろん僕のせいではあるんですけど、分かっていても嫌で嫌で仕方ないこと、ってあるじゃないですか。


 トシヤくんが、物珍しそうに辺りを見回して、べたべたと机とか壁を触るんです。いえ想像です。窓の隙間から部屋を覗くと、すぐに相手にばれてしまうような家の構造でしたから。でもきっとトシヤくんみたいな奴なら、そうするに決まってる、って思って。


 僕も家の中に入りました。


「あっ、夢宮。どうして、お前が。……それ、なんだよ」

 びっくりした顔をしていました。


 僕は何も言いませんでした。僕はトシヤくんに近付きました。僕は人生でほとんど喧嘩なんてしたことないのですが、たぶん強いんです。僕、こういう時、容赦なく行動できる人間なんです。


 僕は持っていたバットで、トシヤくんを何度も撲りました。一応、トシヤくんの反撃も心配していたのですが、トシヤくんはただ僕に撲り続けられるだけでした。少年野球用のバットですけど、容赦なく叩けばひとだって殺せます。


 本当なんです。本当に僕は、最初から殺すつもりなんてなかったんです。急に怒りがわき上がってきただけなんです。佐藤さんなら、信じてくれますよね。


 じゃあなんでバットを準備してたのか、って。

 そんなの護身用に決まってるじゃないですか。じゃあなんですか。佐藤さんはストーカーみたいな犯罪者と闘う、って事前に分かっている時、何も持って行かないんですか。そういうことです。トシヤくんは、すっごい危険な奴なんですから。


 トシヤくんが倒れて、動かなくなって、僕はほっとしました。これで脅威は去った、って。


「な、何してるの?」

 後ろから声が聞こえてきました。誰かなんて見なくても分かりました。振り返ると、ハルちゃんが僕を見ていて、なんでか怯えた顔をしているんです。不思議ですし、納得いかないですよ。だって僕はハルちゃんを悪の手から守ったヒーローですよ。それがなんで、あんな顔をされないといけないんでしょう。でも僕はすぐに、あっ、そうか、と思いました。きっと死体が怖かったんだと思います。だって普通は、死体なんてお葬式くらいでしか見ないじゃないですか。いきなり死体なんか見たら怖いに決まってますよね。


 僕は怖くなかったのか、って。

 うーん、そう言えばたいして怖くなかったですね。えっ、はじめてですよ。ひとを殺すのなんて。たぶんハルちゃんのこと考えていたからです。誰かのためなら、恐怖くらい簡単に打ち払えるんですよ。


「あ、来ちゃったんだ。駄目だよ。危ない、って」

 僕が笑いかけると、いきなりハルちゃんが逃げ出しました。どうしてなのか分からず、僕もびっくりしちゃって。


 追い掛けると、ちょうど茂みのほうを走っていました。僕も別に足の速いほうじゃないんですけど、それでも普通の女の子よりは速いですから。すぐに追い付いて腕を掴むと、ハルちゃんが倒れ込みました。


「もう安心していいから」

 って、僕はハルちゃんに顔を近付けました。キスするくらいの近い距離でした。こんな状況なのに、僕もう、どきどきしちゃって。このままキスしちゃおうかな、って思ったんですけど、だけどやっぱりキスは付き合ってからのほうがいいかな、ってやめたんです。でもやっぱり、あのまましておけば良かったですね。残念です。


 いきなりハルちゃん、僕のこと殴ってきたんです。パーじゃないですよ。グーです、グー。ひどいと思いませんか。

 僕はこんなにハルちゃんのために動いているのに。


「何、するんだよ」

「それはこっちのセリフだよ! 何、やってるの。あ、あれ死体だったよ」

「こうしないと、ハルちゃんが危ないことになるんだよ。あれはきみを好きになった犯罪者手前のストーカーなんだから」

「ストーカーはそっちでしょ」

「だから僕はきみを守るために」

「トシヤくんを好きだったのは、私! 私は振られたの」


 泣きながらハルちゃんが言いました。なんか変なことを。そんなことあるわけありません。だってよく考えてください。ハルちゃんには、僕がいるんですよ。それなのにトシヤくんも好きなんて。おかしいじゃないですか。これ僕と付き合った後だったら、浮気ですよ。浮気。


「そんなわけないだろ」

「なんで私の気持ちを夢宮くんが勝手に違う、って言えるの? ずっと前から思ってたけど、怖くて言えなかったけど、夢宮くん、気持ち悪いよ」

「僕は気持ち悪くなんてない!」


 よくこういうこと言う奴がいるんです。僕のクラスにいる馬鹿で低俗な男子とかです。自分がどれだけ醜悪かも気付いていないくせに、他人にキモイキモイ言ってくるような連中です。死ねばいいのに。僕は気持ち悪くなんてない。僕はまっすぐな道を歩いていて、気持ち悪いのは、それを認めようとしない世間です。あの頃は、こういう言葉にすることができなくてもやもやしていましたが、もう中学生になったいまでは、ちゃんと言語化もできます。


「気持ち悪いよ。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いああーああー消えて消えて私の前から消えて」


 たぶんハルちゃんは一時的に錯乱して、おかしくなっているだけだと思いました。僕のことが好きなのにこんなこと言っちゃう。うん、そうです。ツンデレなんです、彼女は。


 僕は手で、ハルちゃんの口をふさごうとしました。そしたら噛みついてきて。

 ふふ、いまでもその痕、残ってるんです。忘れられない、ハルちゃんとの想い出です。


「あー、もう言っちゃうけど、クラスのみんなも、女子全員、みんな夢宮が嫌い、って言ってるよ」ハルちゃんが僕のことを呼び捨てにしてきました。「私、夏休み前から付きまとわれるようになって、相談してたもん。みんなに。仲の良いみんなに」


 仲が良い、ってハルちゃんが言いました。ハルちゃんは馬鹿だなぁ、と思いました。あんなにも嫌われ者なのに、好かれてる、って。えっ、なんで僕はいま泣いてるのか、って。さぁ、なんででしょうね。馬鹿のことを考えて、頭が痛くなっていたんですかね。困りましたね。


「うるさい。黙れ」

「あーあ、これも言っちゃおうかな。バレタインデーのこと。あの子、あなたに嫌がらせばっかりされたあと、本当につらかったみたいだよ。だって私に相談きたもん。もう死のうかなぁ、って泣いてたよ。可哀想。私が励ましたから、なんとか生きてるけど、本当にそんな感じだったんだよ。この人殺し。あぁもう人殺しだから悪口にもならないか。死ね、死ね、死んじまえ。私とか彼女みたいな弱そうなタイプなら、どうにかなる、って思ったんでしょ。トシヤくんトシヤくんトシヤくん。可哀想」


 僕はハルちゃんの首を絞めました。

 さっきのトシヤくんの時と同じです。殺す気なんてなかったんです。今度は、本当ですよ。あぁ、今度は、っておかしかったですね。


 僕はハルちゃんの死体を抱えて、秘密基地まで運びました。

 女の子、って重いんですね。幻滅です。


 トシヤくんはベッドの下に、ハルちゃんはキャビネットの中に入れました。だってふたりを一緒の場所に置きたくはないですから。ムカつくじゃないですか。


 ふたりはいなくなりました。

 いまもあの家にいますよ。誰にも見つからないまま。

 その頃の僕はよく悲しんでいました。だって悲しいじゃないですか、好きな子と友達が死んじゃったら。そんな時に出会ったのが、神原さんなんです。神原さんは、すごく楽しくて怖い話を僕にしてくれて。つらかった日常がすこし和らぎました。


 警察?


 たぶん探したんじゃないでしょうか。トシヤくんのお母さんもハルちゃんのお母さんも、たぶん必死に探したと思いますよ。なんで見つからなかったんでしょうね。不思議ですね。不思議です。でもそのうち、分かります。


 何が、って。

 さぁ、なんでしょう。

 佐藤さん、あとひとりです。


 最後のお話、神原さんがどんなお話をしてくれるのか、すごく楽しみです。

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