友達の消えた日 中編

「ねぇ、サヤちゃんと付き合ってる、って本当?」

「何、言ってるんだよ。あんな噂、お前まで信じてるのか」

 僕の言葉に、トシヤくんが笑って言いました。


 僕は友達があんまり多いほうじゃありませんでした。周りはどうも程度が低くて。やっぱりこれって田舎だったからなんですかね。僕は都会のことはよく知らないんですけど。僕が欲しくてできなかったわけじゃなくて、僕が必要としてなかっただけです。中学生になってもそいつらは近くにいるから、もううんざりですよね。前にテレビでタレントさんが、嫌な環境からすぐに逃げろ、って話してました。そうだと思います。でもそれは逃げる力を持っているひとだけの話です。……あっ、ごめんなさい。この話、あんまり関係ありませんでしたね。


 トシヤくんはまぁ、友達になってあげてもいいかな、ってそう思えたんです。偉そうにふんぞり返ってるだけで何もできない奴らよりかは、ずっとましな存在でしたから。えっ、僕、性格悪いですか? 新倉さん、そんなことないですよ。僕、これでも学校ではそこそこ良い子で通っているんですから。ちょっと大人びているからか、子どもっぽくないとは言われますけどね。


 そんなトシヤくんにその頃、噂がありました。僕たちと同じクラスの子で、誰にでも分け隔てなく接してくれる、いわゆる男子にモテるタイプの女の子。その子と付き合っている、って。たぶん表では言わないけれど、妬んだりしている女子は多かったと思いますよ。


「じゃあ、ただの噂?」

「そうだよ。もちろん」


 僕は安心しました。なんで安心したか、って言うと、僕のことストーカー、って言って泣き出しちゃった女の子、ってそのサヤちゃんなんです。あんなことがあって、まだそんなに時間も経っていないのに、いきなりトシヤくんと付き合っているなんて言ったら、どうしても嫌な気分にはなっちゃいます。


「それに俺、好きな子いるし」

 ぼそっとトシヤくんが言いました。僕はそれを聞いて、意外だなぁ、と思って。トシヤくんはあんまりそういうことに興味なくて、男子同士でスポーツとかしているほうが好きな奴だ、って気がしてたから。


「誰なの?」

「いや、やめとく。恥ずかしい」

 なんて答えてくれませんでした。


 ハルちゃんと秘密基地の話をして、トシヤくんと好きな子の話をしたこのあとすぐくらいに、夏休みに入ったんです。ラジオ体操は億劫でしたけど、親に言われて行くようにしていたんですけど、それ以外はあんまり家から出ませんでしたね。暑いのが嫌いなんです。昆虫採集とか、クラブ活動とかも、全然興味なかったですし。外に出ないと世界は広がらないぞ、って言う先生もいましたけど、ゲームをやったり、漫画でも読めば、どんどん世界は広がっていきます。そこへの想像に至らないことこそが、物語を知らない人間の想像力の無さ、なんですよ。……って、これ、実は読んだ漫画の受け売りなんですけど、ね。


 せっかく学校にも行かず、その世界に没頭できる時間があるのに、なんで外に出ないといけないんでしょうか。

 ……でも、実はひとつ僕にも外に出る用事がありました。

 それがハルちゃんの秘密基地でした。


 ほら、女の子がひとりであんな場所にいたら危ないじゃないですか。男の子がひとり付いていたほうがいいんですよ。大体ハルちゃんがそこに行く時間は決まっているみたいだったので、僕はその時間を狙って、毎日その時間に顔を出してました。もちろんハルちゃんは毎日来るわけじゃないので、いなかったらすぐ帰るだけです。


「ねぇ、なんでいるの」

 とハルちゃんは驚いた顔をしてましたし、あと困った顔もしていました。


「うん。ちょっと気になって」

「そんなに気にしなくていいよ」


 ハルちゃんはため息をよくついてましたけど、だけど駄目とは言いませんでした。意外と僕は頼られているんじゃないか、と思いました。周りからいつも頼りにならなさそう、って言われるんですけどね。


 ため息は、そうですね。たぶん照れてただけですよ。彼女は、恥ずかしがり屋なところがありましたから。


 ハルちゃんは静かによく本を読んでいる子でした。学校の図書室ってあるでしょ。漫画が充実していれば、そんなこともないとは思うんですけど、うちは漫画なんて全然なくて、あんまり利用する生徒いないんです。でもハルちゃんが結構利用しているのは知っていました。角川つばさ文庫とか、講談社青い鳥文庫とかも読んでいたし、あと普通の単行本も読んでましたよ。東野圭吾とか宮部みゆきとか。


 僕は全然分からなくて。


 えっ、そのわりに具体的な名前を知っている、って。ハルちゃんに教えてもらったんです。あと、話の共通点が欲しくて、ハルちゃんの秘密基地に行くようになってからは、色々と読むように心掛けてみたんです。特にあの夏の間は。最初は文字ばっかりの小説になかなか慣れませんでしたが、慣れてくると楽しくなってきますね。でもまぁいまはもう、ほとんど読まないんですけど。


 不純な動機だったからか、あんまり長続きしなくて。

 逆にハルちゃんはゲームとかに詳しくなくて、僕の話を楽しんでる感じでもありませんでした。


「つまらない?」

 思い切って聞くと、すこし間が空いて、ハルちゃんは首を横に振りました。


「そんなことないよ。ただ……」

「私、ゲームとか買ってもらったこともないから」

 ちょっと困ったようにハルちゃんが笑いました。それを聞いて僕は、しまった、って思いました。トシヤくんにもたまに言われるんです。空気読めない時あるよな、って。馬鹿にした感じでもなく、怒った感じでもなく、すこし諭すような感じです。トシヤくんのくせに生意気だな、ってイラっともしちゃうんですけど、これに関しては自覚もあったので、反省はしてたんです。でもなかなか性格、って治らなくて。


 その後、明らかにハルちゃんの顔が暗くなったので、僕もすぐに、「ごめん」と謝ったんです。


「えっ、全然怒ってないよ、大丈夫」

 って言ってくれたんです。優しく。


 ハルちゃんとの日々があったので、もしかしたら小学生の間で、一番楽しい夏休みだったかもしれません。

 だけど夏休みの終わり頃だったかな。


 ハルちゃんの顔がいつもより暗い日があったんです。元々嫌なことがあったら来る場所、って言ってたし、ハルちゃんがなんとなく落ち込んでるな、って日はよくあったんですけど、いつも以上だったんです。


「どうしたの?」

「んっ、なんでもないよ」

 ハルちゃんは自分の悩みをあんまり口に出してくれません。僕にくらい出してくれても、って思ったりするんですけど。でもそれがハルちゃんの性格だから、仕方のないことなんですよね。だから彼女が悩んでいる時には、敏感に察知するよう心掛けているんです。僕は。彼女を守ってあげるための必須条件です。


「大丈夫、誰にも言わないから」

「嘘」

「嘘じゃない、って。なんで嘘だと思うんだよ」

「だって、そんなの……」

「言ってよ」

「関係ないでしょ、夢宮くんに!」


 ハルちゃんが急に叫び出して、僕はびっくりしました。だっていままでそんなハルちゃん見たことなかったし、そんなことしない、と思ってたから。


「あ、いや。僕はハルちゃんのために」

「あっ、ごめん。私も、ごめん。そんなつもりなかったんだ。ちょっと気が立ってただけから気にしないで」って、ハルちゃんが頭を下げました。「きょうの昼、トシヤくん、と会ったんだ。それでちょっと」

「トシヤくん?」

「うん。でも本当にたいしたことじゃないんだ。ちょっと嫌な想いしちゃって」


 ハルちゃんはそれ以上、何も教えてくれませんでした。

 だけど僕はすぐに分かりました。

 点と点が繋がって線になるみたいに。


 トシヤくんが言ってた好きな子は、ハルちゃんなんだ、って。だってそうじゃなきゃ、あんな感じで、ハルちゃんに優しく接するわけがないじゃないですか。誰にでも分け隔てなく、って言いますけど、やっぱりハルちゃんに対しては特別な感じ方がしました。それで言い寄られて、ハルちゃんが困ってるんだな、って。本当のストーカー、っていうのは、まさにストーカーっぽくないひとがやるものなんです。あいつなんて悪い奴なんだ、って思いました。


「大丈夫。絶対、守るから」

「えっ、何言ってるの?」

「でも、すこし待ってて欲しいんだ。夏休みの後まで」

 そこから僕は夏休みの残りを使って、計画を立てることにした。外には出ず、ノートに思い付く限りの色んな方法を書きました。


 殺人計画、って?

 まさか。全然違いますよ。その時は、そんな怖いこと何も考えていませんでした。ふたりに距離を取らせる方法です。学校の宿題もせず、僕はそればっかり書いていました。


 さすがに親には怒られましたよ。宿題くらいはちゃんとしなさい、ってね。でもその時の僕には、宿題なんかより大事なことがありましたから。そんなことに時間を掛けてる暇なんて、何もなかったんです。


 だから宿題せずに、僕は先生にかなりきつく怒られちゃいました。でも問題ないんです。宿題なんて、どうでも。

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