第329話 完成した南国風テーマパーク。「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」「いま何か……」
うむ。準備は整ったようだ。
クマちゃんは猫にそっくりな両手でキュム、と杖を握った。
◇
淡く輝くオアシスと、密林のあいだ。
真っ白な砂地、ところどころに流れる癒しの小川。
クライヴが仲間を目掛け、魔石を投げる。
パシ――。彼らの手元で、軽い音が響いた。
少々雑な方法で渡されるそれに、不満を抱く者はいない。歩きながら受け取り、台座の側に落としてゆく。
もこもこの方をぼーっと眺めていた男のもとへ、硬い何かが飛来する。
リオは視線を固定したまま、片手で魔石を受け止めた。
『サボるな――』死神からの圧だ。感じ取ってしまった男が大人しく作業へ戻る。
そうだ。急がねばもこもこの遊ぶ時間が減ってしまう。
リオは『クマちゃん遊ぶ?』『ではクマちゃんは娯楽施設をちゅくります……』という流れに違和感を抱きつつも、時々飛んでくる魔石をつかみ取り、準備を整えていった。
◇
ルークの腕のなか、彼の手をふんふんしていたクマちゃんの視線の先で、仲間達が片手を上げる。
うむ。あれは『クマちゃんいいですよ』の合図。
偉大な魔法使いクマちゃんは、小さな黒い湿ったお鼻に、キュ、と力を入れた。
猫のようなお手々で、願いをこめて杖を振る。
玉ねぎみたいなまるい屋根。大きなお城。
色とりどりの布で飾られた、美しい建物。
ランプに照らされた路地裏、綺麗に敷かれた石畳。
南国風な街並みの、緑豊かな城下町。
完成予想図を思い描くクマちゃんの手元から、癒しの力が広がってゆく。
仲間達が設置した台座と魔石が、仄かにひかる。
一瞬の静寂が訪れ――、直後、爆発するかのように光が解き放たれ、村全体をもこもこの力が覆いつくした。
◇
リオは光の中、確かに見た。
密林の一部が消え去り、真っ白な城が建つのを。
「えぇ……」
思わず心の声が漏れる。
数秒前、砂地だった場所に佇む村長は、村の中に出来た城下町へ、切なげな眼差しを向けた。
何も考えたくなくなるほど美しい。
凄いのは間違いないが、これは本当に赤ちゃん用の遊び場だろうか。
『俺ちょっと城行ってくるわ』――冒険者達の戯言が聞こえてきそうだ。
玉ねぎのような形の、ふんわりした城の屋根を眺める。
陽に当たったそれは、まるで幻のように、柔らかく滲んで見えた。
『クマちゃん、何かして遊ぶ?』
己の愚かな質問が、耳に甦る。
違う。彼の想像していた遊びは、もっとささやかなものだったはずだ。
『そうそう、やっぱ遊びといえば築城だよね』『クマちゃ』
そんなわけはない。可愛いからといって、なんでも頷くのは間違っている。
城下町の入り口らしき場所を飾る、白い天然石を積み上げた塀。
下に植えられた、南国の植物。影から覗く、ちっちゃなもこもこ像。
男はそれを見つめ、まるで子育てに悩む新米ママのように、真剣な表情で呟いた。
「めっちゃ可愛い……」
ウィルは何度体験しても慣れることのない、もこもこの不思議な魔法に、少しのあいだ声を発することができなかった。
真っ白に輝く建物と、それを飾る植物の緑、色鮮やかで豪奢な布。
小鳥が羽ばたき、水路に波紋をつくる。
――なんて美しい町並みだろう。
声に出したはずの言葉は、どこか遠い音のように聞こえた。
伝説の武具を作るのと、瞬時に城下町を造り出すのでは、どちらがより難しいのか。
彼は自身の頭に浮かんだ非常に人間らしい疑問に、ふ、と笑った。
そんなことを尋ねたら、もこもこが困った顔で首を傾げてしまう。
『みんなと一緒に素敵な場所で遊びたい』
幼き生き物の純粋な願いだからこそ、叶うのだろう。
欲深い人間である自分達には、『想いを形にする力』など、使えないほうがいい。
広場の中央に鎮座する噴水の横を通り、ルークに抱えられたもこもこが、彼らのほうへとやってきた。
派手な男が眩しそうに目を細め、もこもこを褒めたたえる。
「まるでクマちゃんのような、素敵な町だね。見ているだけで幸せな気持ちになるよ」
「クマちゃ」
「……あ~、そうだな……」
マスターは複雑な感情をのみこみ、偉大な魔法使いを褒めた。
「お前は本当に凄いな、白いの。こんなに綺麗な町を見たのは初めてだ。……城もな」
そう。城だ。これが森の街の中だったら、大問題だろう。
城に見えなくもない、という度合ではなく、どこからどう見ても立派な城である。
娯楽施設を作ると聞いたような気がしたが、思い違いだったらしい。
冒険者達には冗談でも『森の街独立。ウケる』などと口に出さぬよう言っておかねば。
そう考えている途中で、光の柱のような展望台を思い出し、こめかみを揉んだ。
――あれほど目立つものが突如として現れたというのに、王都から人が来たという話は聞いていない。『高位なお兄さん』が塔を隠しているのか。
「……よく見ると、さきほど置いた台座が元になっているのかな。まるで自分達が小さくなってしまったような、不思議な感覚だね」
「ああ」
「リーダーいま絶対適当に頷いたでしょ」リオはすかさず異を唱えた。無神経な魔王が『不思議な感覚』に共感するはずがない。
もこもこのいない場所で『不思議な感覚だよね……』などと相槌を期待すれば、ただの独り言で終わるに決まっているのだ。
「……――」
クライヴは死神、と恐れられるほどの眼力で、もこもこが起こした奇跡を、静かに見つめていた。
「めっちゃ顔怖いんだけど」かすれた言いがかりにも、彼が動じることはない。
白き生き物の心を表すような、純白の町。建物の入り口を隠す、濃い水色の布。
複雑な模様の織物を目にした彼の脳裏に、半分顔をのぞかせた、小さき獣が浮かぶ。
「――――」
胸が痛み、服をきつく握りしめる。
何故、こんなにも――。
苦しむ彼の視界に、藤で編まれたカゴに隠れてこちらを覗く、小さなもこもこ像が飛び込んできた。
隠れクマちゃんである。
死神が更なる苦しみに見舞われた、そのとき――。
彼を心配したもこもこが、「クマちゃ……」彼の肩に乗り、肉球にきゅむ、と力をこめた。
大丈夫ですか……、と。
当然大丈夫ではなくなった男を見たリオは、もこもこを乗せた犯人に、恐ろしい魔王へ向けるような視線を送った。
えぇ……――。
◇
荒さを極めた荒療治では、死神のもこもこ耐性を上げることはできない。
分かっていた彼らは男の復活を待ち、何事も無かったかのように、もこもこの愛らしい演説に耳を傾けた。
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『皆ちゃ、娯楽施設ちゃ、クマちゃ……』
こんにちは。クマちゃんリオちゃんパークの副園長、クマちゃ、です。
皆ちゃんのおかげで、とても素敵な娯楽施設ちゃんが完成しまちた。感謝ちゃんいたします。
それでは、さっそく素敵な映画ちゃんを観に行きましょう……。
仲間達のあたたかな拍手とお祝いの言葉が、副園長に贈られた。「いま何かおかしくなかった?」俺の名前入ってたよね――。
色々と気になるところの多い町と城の探索をあとに回し、副園長オススメの施設へ向かった五人と一匹。すべてが完成してから合流した、お兄さんとゴリラちゃん。
何でも疑う男が、高位で高貴なお兄さんを疑う。「お兄さん、まさか寝てたわけじゃないよね」
その建物は、どこか高級感のある佇まいだった。
たまねぎ型の屋根に薄っすらと煌めく、青い塗料。
金の格子を描く細い線、金色の小さなクマちゃん模様。
「すげー……」
「クマちゃーん……」
副園長が園長の真似をする。
城と同じく純白の外壁には、色ガラスを砕いて張り付けたような、不思議な模様の丸いランプが吊り下げられていた。
「夜になるのが楽しみだね」――もちろん、このままでも美しいけれど。ウィルがもこもこに笑いかける。
「クマちゃ」
入り口や窓の形も、たまねぎのように上部が尖っていた。
白いレンガと複雑な図案の青いタイルで縁取られたそれらは、まるで芸術品のようだ。
リオは凝った作りの看板を見上げた。
ルークが抱える副園長に「クマちゃん映画館――」ってなに、と尋ねかけ、口を閉じる。
看板の上で、蝶ネクタイを締めた小さなクマちゃん像が、両手を広げている。
『ようこそ』のポーズだ。
「かわいい……」何かに出演予定の男は悔しそうに呟くと、入り口に掛かる青い織物をくぐり、何かを上映予定の『クマちゃん映画館』へ、足を踏み入れた。
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