第329話 完成した南国風テーマパーク。「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」「いま何か……」

 うむ。準備は整ったようだ。

 クマちゃんは猫にそっくりな両手でキュム、と杖を握った。



 淡く輝くオアシスと、密林のあいだ。

 真っ白な砂地、ところどころに流れる癒しの小川。


 クライヴが仲間を目掛け、魔石を投げる。


 パシ――。彼らの手元で、軽い音が響いた。

 少々雑な方法で渡されるそれに、不満を抱く者はいない。歩きながら受け取り、台座の側に落としてゆく。

 

 もこもこの方をぼーっと眺めていた男のもとへ、硬い何かが飛来する。

 リオは視線を固定したまま、片手で魔石を受け止めた。


『サボるな――』死神からの圧だ。感じ取ってしまった男が大人しく作業へ戻る。

 そうだ。急がねばもこもこの遊ぶ時間が減ってしまう。


 リオは『クマちゃん遊ぶ?』『ではクマちゃんは娯楽施設をちゅくります……』という流れに違和感を抱きつつも、時々飛んでくる魔石をつかみ取り、準備を整えていった。



 ルークの腕のなか、彼の手をふんふんしていたクマちゃんの視線の先で、仲間達が片手を上げる。

 うむ。あれは『クマちゃんいいですよ』の合図。


 偉大な魔法使いクマちゃんは、小さな黒い湿ったお鼻に、キュ、と力を入れた。

 猫のようなお手々で、願いをこめて杖を振る。


 玉ねぎみたいなまるい屋根。大きなお城。

 色とりどりの布で飾られた、美しい建物。

 ランプに照らされた路地裏、綺麗に敷かれた石畳。


 南国風な街並みの、緑豊かな城下町。


 完成予想図を思い描くクマちゃんの手元から、癒しの力が広がってゆく。

 仲間達が設置した台座と魔石が、仄かにひかる。


 一瞬の静寂が訪れ――、直後、爆発するかのように光が解き放たれ、村全体をもこもこの力が覆いつくした。



 リオは光の中、確かに見た。

 密林の一部が消え去り、真っ白な城が建つのを。


「えぇ……」


 思わず心の声が漏れる。


 数秒前、砂地だった場所に佇む村長は、村の中に出来た城下町へ、切なげな眼差しを向けた。

 何も考えたくなくなるほど美しい。

 凄いのは間違いないが、これは本当に赤ちゃん用の遊び場だろうか。


『俺ちょっと城行ってくるわ』――冒険者達の戯言が聞こえてきそうだ。


 玉ねぎのような形の、ふんわりした城の屋根を眺める。

 陽に当たったそれは、まるで幻のように、柔らかく滲んで見えた。


『クマちゃん、何かして遊ぶ?』


 己の愚かな質問が、耳に甦る。

 違う。彼の想像していた遊びは、もっとささやかなものだったはずだ。


『そうそう、やっぱ遊びといえば築城だよね』『クマちゃ』


 そんなわけはない。可愛いからといって、なんでも頷くのは間違っている。


 城下町の入り口らしき場所を飾る、白い天然石を積み上げた塀。

 下に植えられた、南国の植物。影から覗く、ちっちゃなもこもこ像。


 男はそれを見つめ、まるで子育てに悩む新米ママのように、真剣な表情で呟いた。

「めっちゃ可愛い……」



 ウィルは何度体験しても慣れることのない、もこもこの不思議な魔法に、少しのあいだ声を発することができなかった。


 真っ白に輝く建物と、それを飾る植物の緑、色鮮やかで豪奢な布。

 小鳥が羽ばたき、水路に波紋をつくる。


 ――なんて美しい町並みだろう。

 声に出したはずの言葉は、どこか遠い音のように聞こえた。


 伝説の武具を作るのと、瞬時に城下町を造り出すのでは、どちらがより難しいのか。

 彼は自身の頭に浮かんだ非常に人間らしい疑問に、ふ、と笑った。


 そんなことを尋ねたら、もこもこが困った顔で首を傾げてしまう。

『みんなと一緒に素敵な場所で遊びたい』

 幼き生き物の純粋な願いだからこそ、叶うのだろう。

 欲深い人間である自分達には、『想いを形にする力』など、使えないほうがいい。


 広場の中央に鎮座する噴水の横を通り、ルークに抱えられたもこもこが、彼らのほうへとやってきた。

 派手な男が眩しそうに目を細め、もこもこを褒めたたえる。


「まるでクマちゃんのような、素敵な町だね。見ているだけで幸せな気持ちになるよ」


「クマちゃ」


「……あ~、そうだな……」


 マスターは複雑な感情をのみこみ、偉大な魔法使いを褒めた。


「お前は本当に凄いな、白いの。こんなに綺麗な町を見たのは初めてだ。……城もな」


 そう。城だ。これが森の街の中だったら、大問題だろう。

 城に見えなくもない、という度合ではなく、どこからどう見ても立派な城である。

 娯楽施設を作ると聞いたような気がしたが、思い違いだったらしい。


 冒険者達には冗談でも『森の街独立。ウケる』などと口に出さぬよう言っておかねば。


 そう考えている途中で、光の柱のような展望台を思い出し、こめかみを揉んだ。

 ――あれほど目立つものが突如として現れたというのに、王都から人が来たという話は聞いていない。『高位なお兄さん』が塔を隠しているのか。


「……よく見ると、さきほど置いた台座が元になっているのかな。まるで自分達が小さくなってしまったような、不思議な感覚だね」


「ああ」


「リーダーいま絶対適当に頷いたでしょ」リオはすかさず異を唱えた。無神経な魔王が『不思議な感覚』に共感するはずがない。

 もこもこのいない場所で『不思議な感覚だよね……』などと相槌を期待すれば、ただの独り言で終わるに決まっているのだ。


「……――」


 クライヴは死神、と恐れられるほどの眼力で、もこもこが起こした奇跡を、静かに見つめていた。


「めっちゃ顔怖いんだけど」かすれた言いがかりにも、彼が動じることはない。


 白き生き物の心を表すような、純白の町。建物の入り口を隠す、濃い水色の布。

 複雑な模様の織物を目にした彼の脳裏に、半分顔をのぞかせた、小さき獣が浮かぶ。


「――――」


 胸が痛み、服をきつく握りしめる。

 何故、こんなにも――。

 苦しむ彼の視界に、藤で編まれたカゴに隠れてこちらを覗く、小さなもこもこ像が飛び込んできた。


 隠れクマちゃんである。


 死神が更なる苦しみに見舞われた、そのとき――。

 彼を心配したもこもこが、「クマちゃ……」彼の肩に乗り、肉球にきゅむ、と力をこめた。


 大丈夫ですか……、と。


 当然大丈夫ではなくなった男を見たリオは、もこもこを乗せた犯人に、恐ろしい魔王へ向けるような視線を送った。


 えぇ……――。


 

 荒さを極めた荒療治では、死神のもこもこ耐性を上げることはできない。

 分かっていた彼らは男の復活を待ち、何事も無かったかのように、もこもこの愛らしい演説に耳を傾けた。


「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」

『皆ちゃ、娯楽施設ちゃ、クマちゃ……』


 こんにちは。クマちゃんリオちゃんパークの副園長、クマちゃ、です。

 皆ちゃんのおかげで、とても素敵な娯楽施設ちゃんが完成しまちた。感謝ちゃんいたします。

 それでは、さっそく素敵な映画ちゃんを観に行きましょう……。


 仲間達のあたたかな拍手とお祝いの言葉が、副園長に贈られた。「いま何かおかしくなかった?」俺の名前入ってたよね――。

 


 色々と気になるところの多い町と城の探索をあとに回し、副園長オススメの施設へ向かった五人と一匹。すべてが完成してから合流した、お兄さんとゴリラちゃん。


 何でも疑う男が、高位で高貴なお兄さんを疑う。「お兄さん、まさか寝てたわけじゃないよね」



 その建物は、どこか高級感のある佇まいだった。


 たまねぎ型の屋根に薄っすらと煌めく、青い塗料。

 金の格子を描く細い線、金色の小さなクマちゃん模様。


「すげー……」


「クマちゃーん……」


 副園長が園長の真似をする。


 城と同じく純白の外壁には、色ガラスを砕いて張り付けたような、不思議な模様の丸いランプが吊り下げられていた。


「夜になるのが楽しみだね」――もちろん、このままでも美しいけれど。ウィルがもこもこに笑いかける。


「クマちゃ」


 入り口や窓の形も、たまねぎのように上部が尖っていた。

 白いレンガと複雑な図案の青いタイルで縁取られたそれらは、まるで芸術品のようだ。


 リオは凝った作りの看板を見上げた。

 ルークが抱える副園長に「クマちゃん映画館――」ってなに、と尋ねかけ、口を閉じる。

 看板の上で、蝶ネクタイを締めた小さなクマちゃん像が、両手を広げている。


『ようこそ』のポーズだ。


「かわいい……」何かに出演予定の男は悔しそうに呟くと、入り口に掛かる青い織物をくぐり、何かを上映予定の『クマちゃん映画館』へ、足を踏み入れた。

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