第328話 一生懸命考えるクマちゃん。混ざり合う何か。「クマちゃ……」「そっかぁ……」
クマちゃんはむむむ、と悩んだ。
どんなものがいいだろうか。
お客ちゃんが増えても、皆で楽しめるもの。
――それは、家猫のようなもこもこには、とても難しい問題だった。
クマちゃんとリオちゃんの村の、娯楽施設ちゃん……――。
◇
もこもこは『クマちゃ……』と言ったきり、黙っている。
リオはもこもこの、もこもこした口元を、ぼーっと眺めた。
口まわりから鼻先までが短い。さすが赤ちゃんクマちゃんである。
真剣な表情で頷いていると、もこもこがハッとしたようにお目目を開き、何かを呟いた。
「クマちゃ……」
『テーマパークちゃん……』
聞いたことのない言葉だ。
「何それ」
彼は赤ん坊から情報を得ることにした。
遊びの名前だろうか。
だが詳細を聞く前に、ルークが立ち上がり、もこもこを抱えたまま建物の外へと行ってしまった。
「めっちゃ怪しい……」
何でも疑う男は目を限界まで細め、彼らのあとを追った。
◇
オアシスの周りを調べていたマスターは、もこもこ達が移動したことに気が付き、顔を上げた。
「ん?」
花びらの浮かぶ泉の向こう側に、古木の道をスタスタと歩くルークと、それを追うリオが見える。
レストランと布市場を通り過ぎ、足を止めた場所には、砂地以外に何もない。
シャラ――。繊細な音が、彼の耳に届いた。
「何かを作ろうとしているのかもしれないね」
派手な男が首を傾げ、調査の結果を告げる。
「マスター、空間が歪んだ影響は、残っていないみたいだよ」
「こちらも同じだ――」
事件の目撃者ではないクライヴにも、異変は見つけられなかったようだ。
「……まぁ、白いのの力だからな。そういうところも含めて、人間の魔法とは違うんだろ」
腕組みをしたマスターは、達観しているような、そうでもないような表情で答えた。
爆発やら地形の変化やら、何かしらの問題が起こりそうな物だが、何事もなく鉢植えだけ綺麗に消えたらしい。
数百年間ため込んだ聖獣の力と、伝説の武具を作れるほどの癒しの力が一点に集中して、あんなことになったのだろうか。
――欲望を煮詰めたもこもこの、幸せなお花見計画と世界平和への願いが鉢植えに集中した結果が『アレ』であることを知らぬ彼らは、消えたそれの捜査を切り上げ、もこもこ達と合流することにした。
◇
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、遊ぶちゃ、みんなちゃ、いっぱいちゃ、建物ちゃ……』
ルークの腕の中のもこもこは、リオを見上げ、彼の質問に一生懸命答えてくれた。
「そっかぁ、いっぱいだねぇ」
新米ママは『ちゃ』の多すぎる我が子の言葉に、真剣な表情で頷いた。
『全然頭に入ってこないんだけど』などと言えば、魔王に何をされるか分からない。
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、色々ちゃ、リオちゃ、いっぱいちゃ、出演ちゃ……』
「忙しそうだねぇ」
難解なそれが、耳を通り過ぎてゆく。
最終的に残ったのは『クマちゃ……』と『ちゃ……』だけだったが、赤ちゃんの遊びに難しいものはない。問題はないだろう。
◇
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
合流した彼らにも、もこもこは愛らしい説明を聞かせてくれた。
「……――」最後まで拝聴したクライヴが、まるでセイレーン――美しい歌声で人間を惑わす、海に住まう魔物――の歌声を聞いてしまった死神のように、古木の道に片膝を突く。
「あ~、つまり……娯楽施設を作るってことか?」
マスターはもこもこの長い『クマちゃ……』から、重要な部分だけを抜き取った。
『リオ』『出演』『いっぱい』も気になるが、本人からの反論はない。
「へー。クマちゃん凄いねぇ」と言いながら、もこもこの丸い頭を見ている。
話し合って決めたことなのだろう。
「とても素敵な考えだね。でも、クマちゃんだけで作るのは大変なのではない? 僕たちにも手伝えることがあるといいのだけれど」
ウィルは頑張り屋さんなもこもこを見つめ、それを尋ねた。
「そうだな、簡単なもんなら……」
マスターが眉間に皺を寄せ、顎鬚を撫でる。
手の空いている冒険者達も連れてくるか。
芸術的な物は無理でも、掘っ立て小屋くらいなら――。
仲間達の優しさに感動したクマちゃんは、もこもこのお口をサッとお手々で隠し、もこもこもこもこと体を震わせた。
彼らもクマちゃんとリオちゃんのテーマパーク作りに協力してくれるらしい。
うむ。巨大な施設をいっぺんに作るのは難しくても、皆で頑張れば、きっと凄く素敵なものが出来るだろう。
クマちゃんはルークに抱えられたままごそごそと鞄を探り、四角いそれをキュム、と握りしめた。
◇
現在彼らはもこもこ布市場から取ってきた美麗な敷物の上で、サイコロを振っている。
もこもこ曰く、娯楽施設の一部に『クマちゃのげーむ』の立体映像を使いたいらしい。
真っ白な砂地に良く映える、青と白の幾何学模様の上に、六角形の台座が次々と並べられてゆく。
「あ、この噴水めっちゃ綺麗じゃん」
リオは自身の当てたそれへ視線をやった。
円形に並べられた白いレンガ、底に敷き詰められた、青系統のタイル。
真っ白な像は、当然クマちゃんだ。
「素敵な色合いだね。君の小さなクマちゃんも喜んでいるよ」
ちっちゃなもこもこが、ヨチヨチ、ヨチヨチ、と小さな噴水の周りを駆けている。
「……――」
クライヴは命を狙われている死神のように気配を消し、静かにサイコロを振った。
特別製のそれには、『クマちゃん』『肉球』の絵柄しか描かれていない。
転がすたび、『クマちゃーん』が心臓に突き刺さり、男の目つきが険しくなる。「寒い……」かすれた苦情さえ、耳に入らない。
増えた台座に、南国風の植物に囲われた、白い建物が現れた。
ふんわりとした泡の天辺にツノが立ったような、不思議な形の屋根。
その入り口に、濃い水色の織物が飾られている。
美しいそれに凍てつく眼差しを送っていると、彼のコクマちゃんがヨチヨチ、ヨチヨチ、と建物の中へ入って行った。
だが、見えなくなったもこもこに、彼が気を抜いた瞬間――。
コクマちゃんがちっちゃなお手々を入り口に掛け、初めての場所に警戒する子猫のように、半分だけ、可愛いお顔を覗かせた。
「マスター。なんか氷の人倒れてるんだけど」
◇
サイコロの絵柄とちっちゃいもこもこに心臓をふたつきされた男は、すぐに優しいマスターに助け起こされた。
「クマちゃ、クマちゃ……」もこもこの肉球に従い、次の作業へ移る。
派手な鳥、甦った死神、酒場のマスターではない男が、ひとつ、またひとつと台座を配置してゆく。
「クマちゃんこれは? こっちでいい?」
何かへの出演を控えている男が、少し離れた場所、密林の側にいるもこもこに声を掛ける。
ルークに抱えられたもこもこが、「…………」何かを言ったような気がするが、小さくて聞こえない。
しかし、もこもこを愛する新米ママには、簡単すぎる問題である。
『クマちゃ……』だ。間違いない。
正解者リオは砂地にそっと、小さくて読みにくい看板が掲げられている綺麗な建物――『クマちゃん映画館』の台座を置いた。
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