第325話 刹那の輝き。神聖な魔力の贅沢な使い方。「クマちゃ……」「気になるんだけど」
クマちゃんは凄そうなリオちゃんを見つめ、うむ、と頷いた。
◇
目の前に子猫のような肉球がある。
「……可愛い」リオは哺乳瓶を持ったまま悔しそうに呟いた。
肉球とはいったいなんなのか。何故こんなにも魅力的なのだろうか。
色も良い。形も最高だ。
まさか肉球で魅了しようとしているのでは。
なんでも疑う男が怪しいもこもこと怪しい肉球を疑う。
柔らかいそれをぷにぷにして解明せねば――。
哺乳瓶をふわふわの敷物に立て「倒れない。怪しい」怪しい哺乳瓶も疑う。
細くて小さいのに何故――。
リオは指先を肉球にのせた。もこもこが両手でふに、と彼の指をつかまえる。
「めっちゃふに……ってしてる……」
なんとも言えぬ感触。
何も解き明かせなかった男が真剣な表情で頷いていると、もこもこが彼の指先を可愛いお口に運ぼうとしていた。
甘嚙みをしたいのだろうか。さすが赤ちゃんである。
彼が自身の手を浄化し、ふわふわな赤ん坊がもこもこしたお口を開こうとしたときだった。
「やめろ」
色気のある声が、だるそうに響いた。
座っている彼に影が落ち、魔王が我が子を奪う。「いや『やめろ』は俺の台詞だよね。めっちゃ誘拐するじゃん」
何故もこもことのふれあいを邪魔するのか。
「クマちゃ……」
『るーくちゃ……』
愛らしい声が犯人を呼び、寝返る。
クマちゃんは誘拐犯の指先をくわえ、甘えるようにもぐもぐしている。
「…………」リオは一瞬で十個ほど沸いた文句を飲み込み、彼の横に立ったままもこもこをあやす男に言った。
「俺もクマちゃんに魔力あげたいんだけど」
◇
あげさせてもらえなかった男は不満そうに目を細めたまま、もこもこソファで彼らと話をしていた。
「俺のでもいいじゃん」「何、この毒物みたいな扱い」「クマちゃん返して欲しいんだけど」
金髪が垂れ流す心のもやもやを聞き流していた派手な男は、気になったことをルークに尋ねた。
「もしかして、今の彼の魔力には問題があるということ?」
聖獣の魔力が、リオの身体にそのまま残っているのだろうか。
食事から作られるそれは、体内で分解され、本人の力へと変わるはずだが。
「さぁな」
ルークはウィルに丁寧とは言えない回答を寄越した。
リオから微かに聖獣の気配を感じる。
診察券に書かれていた『猫』の文字。幼く純粋なもこもこは、他人の魔力に敏感なのだろう。
問題があると決まっているわけではない。
可能性があるなら排除するだけだ。
大人達が話し合っているあいだに、クマちゃんは考えていた。
リオちゃんの魔力は吸ってはいけないらしい。
うむ――。古い豆からたくさんでている神聖ちゃんな力も古い、ということなのだろう。
ルークが駄目というなら、別の方法を探さなくてはならない。
吸わずに減らす方法……。
凄くたくさん魔力を使う魔道具ちゃんを作るのはどうだろうか?
「うーん。取り合えず室内で使える魔法を少しずつ使ったらいいのではない?」
「そういう地味なのじゃなくてもっとドカーンと使いたい感じなんだけど」
ドカーンとする魔道具ちゃん――。
ドカーンちゃん――。
クマちゃんはハッとした。
ドカーンと言えばスイッチである。
取り合えず室内ちゃんでドカーンとできるスイッチを少しずつ押したらいいのではないだろうか。
うむ。
クマちゃんが見上げると、大好きな彼と目が合った。
優しい彼の大きな手が、顎の下をくすぐってくれる。
スイッチは駄目ではないらしい。
クマちゃんは彼の手をつかみ、ふんふんとしながら、素晴らしい計画を伝えた。
◇
クマちゃんの素晴らしい計画には、スポンサーのクライヴちゃんも協力してくれるらしい。
いつもありがとうございまちゅ……。気持ちをこめて、そっと握手をする。
「に……う……――」
「寒いんだけど……」
リオはルークを挟んで反対側に座った男へ、かすれた苦情を言った。
何故ひとつのソファに三人で座るのか。
一人掛けでは駄目なのか。せめて冷気をおさめて欲しい。
ルークの温かな魔力に優しく包まれながら、クマちゃんが作業台――テーブルへそっと舞い降りる。
彼がもこもこの鞄へ手を翳し、素材を取り出すと、死神が震える手で、もこもこの足元へ魔石を並べた。
「浄化の魔法よりも、結界のほうが魔力を消費できるよ」
「絶対集中できないやつじゃん。この人達なにしてんの? 横で怪しい動きされたら気になるんだけど」
「ん? それよりそろそろ学園生達を帰したほうがいいんじゃねぇか?」
「いやそれよりそこで光ってるクマちゃんどうにかしたほうがいいでしょ」
リオは『そこで光っているクマちゃん』を指さした。
だが、魔法はもう発動してしまったようだ。
『光っていたクマちゃん』は「クマちゃ……」と頷いた。
納得の出来らしい。
リオはもこもこの作った魔道具を見た。
「えぇ……」思わず肯定的ではない声が漏れる。
そこにあったのは、黄色と黒のシマシマの土台、その上にくっついた、スイッチらしきもの。
真っ黒なボタンに描かれている手書き風の絵柄は、なんとドクロのマークだった。
「なにそのクソガキのおもちゃみたいなスイッチ」
リオは『クソガキのおもちゃみたいなスイッチ』の製作者へ視線を向けた。
まだ赤ちゃんだというのに、もう反抗期だろうか。
「クマちゃ、クマちゃ……」クマちゃん製作所の社長が、素晴らしいアイテムの使い方を説明をする。
『リオちゃ、押すちゃん……』
この魔道具ちゃんを押すと、凄く良い感じのリオちゃんになると思います……、と。
「いや俺怪しいスイッチとか押さない派なんだよね」
『やったー! 押してみよー!』などと言う馬鹿はこの世にいない。
冷静な消費者リオはデンジャラスなスイッチの購入を断った。
『凄く良い感じのリオちゃんになるスイッチ』という不吉な謳い文句が、彼の警戒網に激しく引っかかり、網をガタガタさせる。
凄く良い感じの定義はなんだ。
クマの赤ちゃんの考える『いい感じ』と彼の『いい感じ』のあいだには峻険な山がそびえている。
何事も普通が一番なのだ。
仲良しなリオちゃんのもこもこ差別を感じ取ってしまったクマちゃんは、悲し気に、湿ったお鼻を鳴らした。
キュ……。
もこもこに甘すぎる魔王は、テーブルの上に佇むもこもこを優しく抱き上げ、スイッチを手に取った。
カチ――。
「魔力が減んのか」
「いま一瞬『死んだ』と思ったよね。押す前に『押そうかな』って言って欲しいんだけど」
「癒しの魔力に変わったというわけではないようだけれど……、見ているだけで心が洗われるね」
「素晴らしい――」
「なんというか、白いのらしい魔道具だな。穏やかな気持ちになる」
予告なく押されたスイッチで、魔王の魔力が消費され、美しく煌めく光の雨が降った。輝きは、外にまで広がっている。
確かに『凄く良い感じ』である。攻撃魔法とは違い、誰も傷付けない。
一時的にドカンと使うそれで、このように繊細で美しい魔法を使える者はほとんどいないだろう。
リオは反省した。どうやらスイッチの見た目だけで、もこもこを疑いすぎてしまったようだ。
「ごめんクマちゃん……。『めっちゃドクロ描いてあるじゃん』とか思って……」
『押すとめちゃくちゃ魔力が減るから気を付けろって意味だったんだよね』
迂闊な男は最後まで言わずに、ルークの持つスイッチを受け取り、それを押した。
◇
背に美しい片翼を生やした金髪を一瞥し、派手な男は言った。
「マスターの言う通り、そろそろ彼らを帰したほうが良いかもしれないね。学園が始まるには早いと思うけれど、彼らにも支度があるだろうから」
「いやその前に言う事あるでしょ」
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