第318話 聖獣っぽい彼のお悩み。占い師クマちゃんの素晴らしい肉球。「クマちゃ……」「やばくね?」

 現在クマちゃんは、ライオンちゃんに似ているお客様から、お悩みを聞いている。



 幼きもこもこを育てようと申し出て、数秒で断られてしまった聖獣っぽい生き物は、キラキラした金髪の人間を睨みつけようとして、すぐに止めた。


 母猫がいたか、と。


「なんだろ。今なんかもやっとした気がする」


 リオの言葉に『大丈夫ですか?』と尋ねる者はいなかった。



 テーブルに置かれた白くて可愛らしいマグカップから、砂糖と牛乳を煮たような香りが漂い、ゆらゆらと湯気がのぼっている。


 子猫の手とそっくりなお手々が、スッとピンク色の肉球を見せた。


 どうぞ、という意味だ。


 生後三か月の子猫のような肉球を見せられてしまった気位の高そうな生き物は、それをじっと眺め、重々しく頷いた。


「まさか斯様な場所で赤子に飲み物を供されるとは。長生きはしてみるものだ。……ところで、熟れ過ぎた果実よりも甘ったるい匂いがするのは、我の気のせいか」


「匂いはそうかもね」


 聖獣っぽい生き物に噓はいけない。

 もこもこシェフの助手は、テーブルの上、お客様のマグカップの横に立っているもこもこの後頭部を見つめ、正直に答えた。


 ポワン――。


 マグカップの中身が球状に浮き上がり、獣がグワッと口を開く。


「…………」



 お客様がお飲み物を飲み干したことを確認したもこもこシェフは、深く頷いた。


「クマちゃ……」


 美味しいちゃんですか、と。



「……幼子は甘味を好むものだ。仕方あるまい。否、或はお前の魔力が、我には眩暈を引き起こすほど甘いのか」


「魔力も甘いかもね」


 聖獣っぽい生き物に噓はいけない。

 偉そうな生き物が言うならそうなのだろう。

 もこもこシェフの助手は、シェフが投入した砂糖の量にはふれなかった。



 癒しの力と砂糖がたっぷり含まれた牛乳で、青白い被毛に輝きを取り戻した獣は、銀髪の人間と高位な存在に視線を向けないようにしつつ、厳かに告げた。


「そなたらも知っての通り、我はこの森の守護者ではない」


「いや知らないけど」


「クマちゃ……」


「おや、そうだったのかい?」


「ならば迷子か――」 


「あ~、お前らはもう少し相手を気遣うということを……、いや、そうなったら中身は別人だろうな……」


 マスターは思いやりの大切さを説こうとして、途中で止めた。

 彼らには彼らの良さがある。突然聖人のようになっても不気味だろう。


 

 クライヴの言葉を聞いてしまったクマちゃんは、もこもこのお口を両手の肉球で押さえ、お目目をうるうるさせながら、悲し気に言った。


「クマちゃ……」

『迷子ちゃん……』


「我は迷子ではない」重々しい声は、ふわふわのお耳には届かなかった。


 

 もしも自分が迷子になってしまって、大好きな彼と離れ離れになってしまったら――。

 クマちゃんはそう思うと、悲しくて仕方がなかった。


 キュ。


 寂しさで、お鼻が鳴ってしまう。

 抱っこしてくだちゃい……。彼にお願いしようと思ったが、今は迷子ちゃんを救うのが先である。


 うむ。占い師クマちゃんが、お家を探してあげよう。


 キュム。肉球で涙を拭う。


「クマちゃ……」子猫のような声で呟いたもこもこが、長い脚を組んで座っているルークのもとにヨチヨチ、ヨチヨチ、と近付いた。


『迷子ちゃん……』


 重苦しい声が、ふたたび言い聞かせるように響いた。「我は迷子ではない」

 しかし一生懸命ヨチヨチしているもこもこのお耳には届かなかった。


 リオ達は可愛いもこもこを見守りつつ、話し合う。「クマちゃん可愛いねー」「迷子と聞いて不安になってしまったようだね」「ああ」「……――」「おい、大丈夫か」


「あの靄やばくね? どっかからデカい生き物運んでこれるっぽい」


「力のある生き物なら、全身が包まれる前に結界を張れると思うのだけれど……」


 シャラ――。ウィルが首を傾げ、耳元の装飾品が揺れる。

 

 低く色気のある声が、彼の疑問に答えた。


「寝てたんだろ」


「えぇ……」


 そんな間抜けな理由で、聖獣っぽい生き物が謎の靄に負けたというのか。


 ルークは腕を伸ばし、テーブルからもこもこを抱き上げた。

「クマちゃ……」もこもこがつぶらな瞳で彼を見上げる。欲しいものがあるらしい。


 彼はもこもこの頬や顎下を指先で擽り、存分に可愛がってから、もこもこの望むものを渡してやった。



「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、お任せちゃん……』


 お姫様のような格好をした占い師が、青白い被毛を輝かせるライオンのような何かに告げた。


 占い師クマちゃんにお任せください。こちらの素敵な水晶玉ちゃんで、迷子ちゃんのお家を探してみます……。


 彼は閉められ続けるドアを開けるときと同じように、しつこく答えた。


「我は迷子ではない」


「猫ってそういうとこあるよね」


「猫というには大きすぎると思うのだけれど」


「おい、静かにしろ。白いのが集中できないだろ」


 

 彼らが口を閉じると、ルークに抱えられたもこもこは、深く頷いた。


 子猫のようなお手々についた肉球が、キラキラと輝く小さな水晶玉に、むに、とのせられる。


 キュキュ、キュキュキュ――。占い師の肉球が加速し、水晶玉が強く輝きだす。


 黙ってコクマちゃんカードを眺めていた美化委員達が、声を出さず、口の動きだけで叫んだ。


『眩しい!』


『カードが見えない!』


『光に負けるな! 心の目で見るんだ!』


 聖獣っぽい生き物が入ってきたことに気付かず、バーカウンターでもこもこのドレスをデザインしていたギルド職員も叫んだ。


「紙が光ってる! しかしこの素晴らしいクマちゃんペンさえあれば……!」


 リオは言った。


「クマちゃんペンに頼りすぎでしょ」


 だがどうでもいい悲鳴にかき消された。「クマちゃんペンも光ってる……!」


 キュキュ……――。


 占い師の肉球が止まり、光がおさまる。


「クマちゃ……」


 愛らしい声が、占いの結果を彼らに伝えた。


 これは……、生徒会の皆ちゃんですね。



「え、なんで」魔王の隣に座っているリオが、もこもこの手元を覗き込む。



 彼の視線の先、小さな水晶玉に映っているのは、ふわふわの敷物の上にうつ伏せで寝ている生徒会長と、その両側に仰向けで眠り、拘束するように彼と腕を組んで眠っている副会長と会計だった。


「寝方おかしくね?」

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