第319話 学園生な彼らを学園生らしく起こすクマちゃん。「クマちゃ……」「こいつら……」

 現在クマちゃんは、クマちゃんの占いで水晶玉に映った彼らを、起こしに来ている。



 生徒会役員達の寝方が少々変わっていても、起こして話を聞くぶんには不都合がない。

 彼らは村でもこもこの学友達から話を聞くことにした。


 だがその前に、新たなホコリがいないか確認せねばならない。

 


「あ~、今のところ、映像には何も映ってないが……」


 マスターは視線を魔道具へ向け、顎鬚を撫でつつ、外の気配を探った。

 嫌そうに顔を顰めると、誰に言うともなく呟く。「何の気配もねぇっていうのも、気持ち悪いな」


 そうしてすぐに、「あいつら静かすぎて気持ち悪いんだけど」金髪の男からやや失礼なことを言われても無言のまま床に座ってひたすらコクマちゃんカードを見つめている集団に、指示を出した。


「俺たちは一度、白いのの村へ戻る。何かあったら呼びにこい」



 お兄さんの闇色の球体に包まれ、一瞬で目的地に着いた、五人と一匹とお兄さんとゴリラちゃん。と聖獣っぽい何か。 


「…………」


 聖獣っぽい生き物は、予告もなく己の身を包んだ驚異的な力とその持ち主に文句を言うこともできず、鼻の上に深い皺を寄せている。


 彼らが運ばれた場所は、昨夜クマちゃんがお友達のために整えた、可愛い家の前だった。


 古木の板で作られた、ように見える、味のある道。高床の建物へと続く、短い階段。

 両端に置かれた、ランプを持ったクマちゃんの置物は、朝になっても変わらず愛らしい。


 爽やかな風が吹き、心地好い緑の香りを、深く吸い込む。

 

 ゲストハウスの周りをチョロチョロ――と流れる小川のせせらぎ、村を囲う密林から届く葉擦れの音に混じり、死んだように眠る人間達の、微かな寝息を拾った。


「あいつら起きんの遅くね?」


 リオはスタスタと一段飛ばしで階段を登り、手の甲で紗を払い、室内を見た。

 さきほどもこもこの占いで水晶玉に映っていたものとまったく変わらぬ姿で、彼らが寝ている。

 潜めていない彼の声にも反応しなかった。つまり、爆睡である。



 クマちゃんは、ハッと、もこもこした口元を両手の肉球で押さえた。

 お友達の彼らは、クマちゃん達が朝の清掃活動ちゃんを終えても、まだお休み中らしい。


 寝すぎは体に良くないのである。

 うむ。クマちゃんが学園生らしい感じで起こしてあげよう。


「クマちゃ……」


 ルークの腕の中のもこもこが、愛らしい肉球で、うつ伏せで眠っている男の後頭部を指している。

 彼は何も言わず、もこもこを魔力で浮かせ、願いを叶えた。


 ドレス姿の愛らしいもこもこが、魔王の力を借りて宙を泳ぐ。


「クマちゃ……! クマちゃ……!」

『クマちゃ、頑張って……! クマちゃ、もうすこち……!』


 もこもこは猫かきをしながら一生懸命前へ進んでいる。

 後ろ足の肉球がほとんど動いていないところも愛らしい。


「クマちゃん可愛いねー」


 撮影技師リオが、空中遊泳するもこもこを菱形の魔道具で激写する。


「何この結界。邪魔なんだけど。馬鹿じゃねーのこいつら」


 撮影技師の暴言が、学園の試験よりも真剣に結界を維持した彼らに降り注ぐ。


 何故ベッドに結界を張り、床で寝るのか。


 見守る仲間達は珍しく、幼いもこもこの教育に悪い言葉を使う彼を叱らなかった。


 人間と同じように、ベッドに仰向けで眠るクマちゃんのぬいぐるみが、毛布から見えていたからだ。

 譲り合うことも、勝敗を決することもできずに朝まで戦っていたらしい。



 撮影の邪魔である。これでは前から見た困り顔のもこもこが撮れないだろう。

 リオは冷たい表情で伝説の肉球剣を振るった。

 

 結界が――クマちゃーん――と破られる。



「なんだあの珍妙な剣は……。まさか、聖剣――否……或いは神々の……」


 聖獣っぽい生き物はリオの腰にぱたぱたと戻された、可愛い羽付き肉球剣を凝視し、慄いた。

 片手に魔道具を持ったまま雑に振るわれたそれは、いとも容易く執念深そうな結界を破壊した。


 まるで初めから何もなかったかのように、衝撃音すら聞こえなかった。


 心を落ち着けるため身を隠したいが、何故か壁がない。

 おかしな寝方の人間達を避け、母猫がいる広いベッドに飛び乗る。


「ここにも赤子が……、む? これは偽物か。なかなか良く出来ておる」


「いまめっちゃ危なかったんだけど」


 ベッドに胡坐をかき、「クマちゃんめっちゃ困った顔してんじゃん。可愛すぎでしょ」正面から見たもこもこを撮影中だった男は、自由な猫っぽいところのある聖獣らしき生き物に突き飛ばされかけ高速で身を躱し、文句を言った。


 が、彼はおねんね赤ちゃんクマちゃん人形に夢中なようだ。


「本物の赤子の世話で忙しかろう。是は我が引き取ってやる」


 気位の高そうな獣が大きな前脚でぬいぐるみを囲い、偉そうにしている。


「それも俺のもこもこだから。そっちの子はめちゃくちゃ大人しいんだよね」

 

 リオの主張は聖獣っぽい生き物には伝わらなかった。

 とんでもなく大人しい子がぬいぐるみであることはバレているらしい。


 強めに言った『俺の』には『返して欲しいんだけど』が含まれていたが、やはり猫っぽい動物の耳には、都合の良い言葉以外届かないようだ。



 そうこうしているうちに、もこもこした生き物が生徒会長の後頭部に辿り着き、肉球を落ち着けた。

「クマちゃ……」子猫のようなもこもこは白金髪の上で、お手々についたぷにぷにのお手入れをしている。


「いやクマちゃんそこ乗っちゃダメなとこだから」


 真剣に叱るほどの悪事ではない。だがうつ伏せで寝ている人間の後頭部には乗らないほうがいいだろう。


 赤ちゃんクマちゃんはハッとしたように口元を押さえ、深く頷いた。

 分かってくれたようだ。



「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃんてちゅとちゃ、始めまちゅ……』


 では、今からクマちゃんテストを始めます。クマちゃんが好きな、白くて美味ちいお飲み物の名前ちゃんは、何ちゃんでしょうか……。


 人間の『猫ちゃんそこに乗っちゃダメですよ』に『ニャー』と答える猫のようなもこもこは、生徒会長の後頭部に乗ったまま、緊張気味の表情で、湿ったお鼻の上にキュ、と皺を寄せ、もこもこ問題を出した。



 さすがは人間を起こすのが上手なもこもこである。

 後頭部でにゃーにゃー言い続ける子猫のようだ。

 

『だよね』一度言って聞くならもこもこではない。彼は静かに頷いた。


 しかしリオはもこもこを甘やかさなかった。

 ちゃんと『メッ!』をしないと、悪いクマちゃんになってしまうかもしれない。

 


「クマちゃん、そいつらクマちゃんテスト受けれないから。寝起きとかじゃなくて寝てるから」


「……たしの……いいクマちゃん……」


「うーん。うなされているようだね」


「この程度、寝ていても答えられるだろう――」


「いや寝てたらどの程度でも関係ないからね」


 生徒会長のうわごとに、派手な鳥が頷き、死神が凍てつく眼差しを向ける。

 まさか、これほど簡単な問題も答えられぬのか――。

 難易度関係ないからぁ――。かすれ声に耳を貸すものはいない。



 ベッドでおねんね赤ちゃんクマちゃん人形を抱えていた獣が、偉そうに鼻を鳴らした。「ふん。先刻のあれか」


 目つきの悪い男が、可愛げのないほうの獣の鼻息で、カッと目を覚ます。


「夢の中にも愛くるしいもこもこテストが届いたぜ……。答えは、天使みたいに真っ白な、牛乳……」


『赤ん坊だからな――』副会長は頭に浮かんだ余計なことは言わず、もこもこの望む答えだけを返した。


 室内に守護者達の気配がある。

 この過酷な試練『完全に眠っている人間の脳をクマちゃするテスト』――を乗り越えられぬ者は、寝起きでぼさぼさな頭のまま、オアシスに放り投げられるに違いない。


「クマちゃ……!」

『正解ちゃ……!』


 ドレス姿のもこもこが、両手の肉球をテチテチ鳴らし、拍手をする。


「やべぇ……、目の前にお姫さんの格好の天使がいるぜ。最高の朝じゃねぇか」


 体を起こさず最高の朝を嚙みしめている副会長は、『お姫さんの格好の天使』の下で何かを呟いている生徒会長には視線を向けなかった。「私の……私の可愛い……」

 


 もこもこに起こされ目覚めた彼らは、朝から愛くるしいもこもこに爽やかではない挨拶をした。


「私の可愛いクマちゃんは、私の可愛いお姫クマちゃんだったんだね。さぁ、王子様役の私と朝のお散歩に行こう。白馬が無くてごめんね」


「会長ー。そういうこと言うと、金の守護者にぶっとばされますって。マジで気をつけてくださいよ。……天使なクマちゃんの鼻と肉球は今日も最高っすね」


「まさか……まさか、ドレスを着てくれる子猫ちゃんなんて、この世にいるわけが……」


 天然な生徒会長は、赤ちゃんクマちゃんをくどいているかのような問題のある発言をして、儚げに笑った。

 目つきの悪い野性的な美形が、怠そうに彼を止め、もこもこの湿ったお鼻と肉球に、熱い視線を送る。

 今日も健康そうじゃねぇか――。


 真面目そうな会計は、目を見開き、口元を押さえ、朝からお洒落でお上品なもこもこに驚愕していた。



「まさか聖獣っぽい生き物に視線すら向けないとか思わなかったんだけど。こいつらクマちゃんのこと好き過ぎでしょ」

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