第314話 もこもこ製作所のとんでもない魔道具。「クマちゃ……」「いやおかしいでしょ」

 現在美化委員長のお仕事中なクマちゃんは、イチゴ屋根のお家にやってきた美化委員のみなちゃんに、お仕事の内容をせちゅめいしている。



 マスターから三十分の仮眠を命じられた冒険者達は、自分達の部屋には戻らず、水のもこもこ宮殿や湖の周りに置かれたふわふわもこもこ巨大クッションで、癒しの力を存分に浴びながら眠り、すっきりした表情でイチゴ屋根の家に現れた。


 優しいマスターは『次に同じことを言わせたらぶん殴るからな』とは言わず、もこもこを抱いたまま、ソファから立ち上がった。「来たか」



 マスターがもこもこの作ってくれた魔道具の説明をすると、彼らは口々に話し出した。


「さすがは美化委員長……!」

「こ、これは……!」


「鼻を押すだけで敵の居場所が……? どういう仕組みなんだ……!」

「凄すぎて『凄い』以外の感情がわかないんだが」


「可愛い! 凄い! やる気がみなぎってきました!」


 ざわつく彼らに、マスターは厳しい視線を向けた。『分かってるな、お前ら』


 一部の人間が別の意味で大喜びしてしまうもこもこ製アイテムは、酒場で厳重に保管しなければならない。

『可愛いから持ったまま出かけまーす』などという馬鹿者はいないと信じているが、一応釘をさす。


「大型モンスターの気配がない。外で見回りをしている奴らが殲滅したってわけでもないだろう。もしかすると、ホコリみてぇな敵のせいかもしれん。弱そうだからといって、油断はするな」


「クマちゃ、クマちゃ……、クマちゃ、クマちゃ……、クマちゃ、クマちゃ……」

『大型モンチュタちゃ、お外ちゃ……、クマちゃ、お見回りちゃ……、クマちゃ、油断ちゃん……』


 マスターの渋い声に続いて、彼の腕の中のもこもこが、聞き取れた部分を子猫のような声で『クマちゃ……』と繰り返した。


 クマちゃんは、大型モンスターちゃんと、お外でお見回りちゃんをしてきます、油断はしまちぇん……。



 マスターの話を真剣な表情で聞いていたはずの冒険者達は、胸や口を押さえ、く……! と唇を嚙んだ。


『可愛すぎて言葉が頭に入ってこない……!』 


「クマちゃんはお外行かないでしょ。俺と一緒に待ってよ」


 リオはそう言って、マスターの側までスタスタと近付いた。

 仕事場でミィミィ……、と鳴く子猫のようなもこもこを、彼の腕から奪う。「ほらこっちおいでー」


 見回り中の冒険者にマスターからの指示を伝え、戻ってきた男が、死角から撃たれた死神のように美しい顔を歪め、凍える美声をのこした。「行くな――」


 可愛いもこもこの頬っ被りとお口のまわりのもこもこ、ついでに業務報告書を書いていたギルド職員が、頬から落ちた涙を魔法でキラリと光らせる。


「なんて可愛らしい……。分かりました、店長さん。店長さんと一緒に待ってるクマちゃんを描くのは、可愛いクマちゃんのお口を描くのも世界一上手になってしまった〝この俺〟に任せてください……!」


 妙に良い声で静かに語り、もこもこを抱えるリオごと、魔法でカッ! と照らす。


 光の柱の中からかすれ声が聞こえた。「止めて欲しいんだけど」


「では、僕たちはこのあたりの敵を倒してくるよ」


 ソファでルークと話していたウィルが、テーブルに置かれた魔道具『ホコリちゃんはココちゃーん』の映像を指先で示しながら立ち上がった。


 魔王のような男がもこもこ製のそれを持ち、面倒そうに席を立つ。


 すると、大好きなルークがお仕事へ行ってしまうことを察知した赤ちゃんクマちゃんがキュオーと切なく、湿ったお鼻を鳴らした。


 無口で無表情な彼は、リオの腕の中で一生懸命お手々を伸ばしているもこもこへ近付き、頬を擽るように撫でた。


 低く色気のある声が、もこもこに告げる。


「すぐ戻る」


 そうして、バーカウンターに置かれていた銃型の魔道具を手に、ドアから出て行ってしまった。


 シャラシャラと美しい音が鳴り、派手な鳥が魔王を追う。

 何故か弱っている死神も、冷たい美声を響かせ、部屋から消えた。「これは、お前たちが、使え――」


 彼らはルークの持つ探知用魔道具を共に使うらしい。

 持っていったのは、銃型の魔道具だけのようだ。


 リオはお目目をウルウルさせているもこもこを仰向けに抱え、もこもこもこもこと撫でまわし、予言者のようなことを言いながら、ソファに座った。


「十分くらいで戻ってくる。間違いない」



『美化委員長はここで待っててください!』


『我々がすぐに奴らをみなご』

『言葉遣いに気をつけろ! リオさんに殺られるぞ!』


『顔も目も丸い……! 可愛すぎる……! なんてことだ……!』

『クマちゃんちょっとだけ握手を……』


 美化委員達が騒いでいたが、マスターのひと睨みと『おい……』低いひと呟きで、サササッと仕事へ行った。


「まったく……」


 こめかみを揉みつつソファに戻る。

 すると、お疲れなマスターを心配したもこもこが、つぶらな瞳を潤ませ、愛らしい声で言った。


「クマちゃ……」

『牛乳ちゃ……』


「いや、俺は元気だ。心配するな。ありがとうな、白いの」


 彼がもこもこの気遣いを早口で断る。


 よく余計なことを言う男が「必死すぎてウケる」余計なことを言い、渋い声が心の声を漏らした。「このクソガキ……」


 余計なことも記録する男が、自慢のクマちゃんペンを動かす。「えーと『必死すぎてウケる』『このクソガキ』……」


「ああ……。美しい文字で美しくない言葉を綴ってしまった……。相殺するためにクマちゃんの可愛いお手々を描いておきましょう……」


 ギルド職員は悲し気な表情で『本日の肉球』を記録していった。


 

 マスターの額に浮いた青筋に気付かないもこもこは、ハッと口元を押さえ、もこもこもこもことリオの腕に座り直した。


「どしたのクマちゃん。暇ならお絵描きする?」


 風のささやきがクマちゃんと遊びたいと言っている。だがクマちゃんは忙しいのである。


 お部屋から消えたホコリちゃんが、なんとお部屋の外で発見されたのだ。


 クマちゃんは知っている。

 お部屋は綺麗になったね、と喜んではいけない。

 

 クマちゃんの可愛い頭に、恐ろしい言葉がよぎった。


 ご近所トラブル――。


 このままではイチゴ屋根に立ち退き命令が叩きつけられてしまう。

 しかし、クマちゃんは『お外に出ちゃダメ!』らしい。


 クマちゃんは座ったまま眠っているようにしか見えないお兄ちゃんへつぶらな瞳を向け、お願いをした。


「クマちゃ……」


 

 ルークと共に森を進んでいたウィルが、後ろを振り返った。「おや?」

 彼らのやや後方にいたクライヴも、彼が振り向いた原因を、凍てつく視線で睨みつけている。


「あれは、クマちゃんのアヒルさんではない?」


 彼らのすぐ後ろ、死神との間に、ピカピカと輝く小さなアヒルさん型魔道具が浮いている。

 一瞬、闇色の球体の力を感じたが、これを運んですぐに消えたのだろう。


「ああ」


 低く色気のある声が、相槌を打つ。


 ルークはそのまま何も言わず、右手に持った銃型魔道具を、目の前のホコリへ向けた。



「うわ、すげぇ。めっちゃリーダー映ってるし」


 リオはもこもこがポチ、とお耳型ボタンを肉球で押し込んだ瞬間に切り替わった映像を見て、驚いた声を出した。

 ルークが猟銃型のそれを構える姿が、輝く小さなアヒルさんによって上空から映されている。


「本当に凄いな……」


 マスターは哀愁を漂わせ、凄いどころではない魔道具を作った愛くるしいもこもこを褒めた。

 早く結界を張った金庫を用意しなくては。



「クマちゃ……」もこもこは大好きな彼を見て、名前を呼んでいる。


『るーくちゃ……』

 

 声が聞こえたのか、愛の力で察知しただけなのか、魔王は銃をホコリへ向けたまま、左手を軽く上げ、肩越しに合図を送った。


 引き金が引かれ、灰色がかった紫のホコリが音もなく消える。


 だが彼らが何かを言う前に、パン――! と乾いた銃声のような音が鳴り、ホコリが居た場所に、真っ白な綿毛のような生き物が現れた。


「いやおかしいでしょ」

 

 倒すのではないのか。戻してどうする。まさか可愛くすればいいとでも思っているのか。


「おいおいおい、なんだあの生き物は……」


 マスターは目を剝き、映像のなかでふわふわしている綿毛を見た。


「クマちゃ……」

『ふわふわちゃん……』


 もこもこはリオの腕の中で頷いた。ふわふわちゃんですね……。


「ああ……、『美しい俺は醜い敵だと思っていた生き物が美しい綿毛に生まれ変わる奇跡の瞬間を目撃してしまった……のかもしれません』ここにも神秘的な天使のお手々を描いておきましょう……!」


 ギルド職員は驚きすぎて涙を光らせることもできず、興奮気味に彼の感想と輝くクマちゃんの可愛いお手々をかきこんでいた。



 ウィルは気配の変わったそれに近付き、そっと手の平にのせてみた。


「うーん。もしかして……、精霊のようなものなのかな……?」

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