第309話 忙しいマスターに伸ばされる、救いの肉球。「めっちゃ話なげー」「クマちゃ……」

 副店長のクマちゃんは、現在店長のリオちゃんに『二十四時間営業ちゃん』の説明ちゃんをしている。



「クマちゃ、クマちゃ……、クマちゃ、クマちゃ……、クマちゃ、クマちゃ……」


『お店ちゃ、朝ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、お昼ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、夕方ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、夜ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、深夜ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、早朝ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、朝ちゃ、営業ちゃん……』


 聞いているだけで気が遠くなる、副店長クマちゃんの説明を聞きながら、店長は言った。


「ごめん最後のほうよく分かんなかった。ほらお店閉めて寝よー」


 だが心優しく気の長い赤ちゃんクマちゃんは、困ったようにお目目を潤ませ、「クマちゃ、クマちゃ……、クマちゃ、クマちゃ……、クマちゃ、クマちゃ……」と丁寧に、彼に返した。


『お店ちゃ、朝ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、お昼ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、夕方ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、夜ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、深夜ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、早朝ちゃ、営業ちゃん……、お店ちゃ、朝ちゃ、営業ちゃん……』 


 癒しのもこもこの説明は、『ごめん分かんなかった』で誤魔化そうとする悪い大人が、穢れなき赤ちゃんクマちゃんのしつこい『クマちゃ……』に耐えきれず音を上げるまで終わらない。


 悪い大人はすぐに降参した。

 このままちゃっちゃちゃっちゃされ続ければ、可愛い『クマちゃ……』が耳に残って離れなくなってしまう。


「いや無理だから! 朝から早朝まで営業したらみんな駄目になっちゃうでしょ。つーかもうなってるからね」


「ほらクマちゃんの『まちゅたー』も駄目になっちゃったじゃん」リオは本人に聞かれたら殴られそうなことをいいつつ、忙しそうなマスターを指さした。


「今日はもう終わりだといってるだろ! 自分達の部屋にもどれ!」


「そんな……! いま始めたばっかりっす……! オレのクマちゃんはまだリボンも持ってないんすよ……!」


「わたしのちっちゃいクマちゃんは入浴中なんです……! こんなに可愛いこの子に、泡だらけのまま帰れっていうんですか……!」


「マスター。わたくしは、こちらの小さなクマちゃんのお世話をしながら寝ようと思います。店を荒らしたりはしませんので、ご心配なく」


 もこもこが寝る支度を整えているあいだに店を片付け、そのまま仕事をしようとしたマスターを阻むのは、『クマちゃのげーむ』で遊び始めたばかりの客達だった。

 さりげなく戻ってきた冒険者達も、出来る限り気配を消して、静かに遊んでいる。


 クマちゃんの可愛い寝巻のおかげで帰ってきた『クマちゃんの優しいまちゅたー』は、また何処かへいってしまったらしい。


「ほっときゃいいだろ」


 低く色気のある声が、怠そうに響いた。

 魔王様は、もこもこの癒しの力で夜でも元気いっぱいな客の始末よりも、もこもこの寝支度をしたいようだ。


「クマちゃ……!」


 彼は腕のなかで何かに驚ているもこもこを優しく撫でると『行くぞ』とすら言わず、店から出て行った。


 心のもこもこを失った男が、去り際のもこもこの言葉『せるふさーびすちゃん……!』に、自身のリーダーを疑うような発言をする。


「いやリーダーの『ほっときゃいい』はそういう意味じゃない。『誰かいませんか?』って聞いても答えてくれないやつ」


 カウンターにあった白い紙を一枚とり、書置きを残す。

 ――紙の横に、もこもこが描いた可愛らしい絵と例のブツがあるが、奴らが帰るときに絵だけ渡せばいいだろう。



『店を汚すな。飲み食いしてーなら酒場。持ち込み可。片付けしねー奴、マスターの部屋に禁錮十年』



 うっかり店長の書置きを覗き込んでしまったギルド職員は「マスターの部屋に禁錮十年……! ひどい、ひどすぎる……!」自身の仕事が終わってもマスターの仕事を手伝わされそうな重刑に震え、まなじりから零れた涙をキラ――、と魔法で光らせた。



「クマちゃんが君たちに用意してくれた家は、こちらのようだね。ほら、階段の両脇にも、可愛いクマちゃんが座っているよ」


 南国の派手な神鳥のような男はそう言うと、指先で階段を示した。

 シャラ――。彼を飾る装飾品が、夜の闇に余韻を残す。


 生徒会役員達がそちらを見やると、視線の先で、お座りしたクマちゃん人形が、お客様が躓かぬよう、段差を明るく照らしてくれていた。

 

「私の可愛いクマちゃんが、私のために可愛い家を……!」


「俺らのためでもありますけどー」


「そういうことばかり言ってると、いつか神の怒りにふれると思います」


 愛するもこもこと、そして、大事に育てた小さなクマちゃんとも別れ、明日にならねば再会できない彼らは、少々やさぐれていた。


「では、僕はもどるよ。何か困ったことがあったら、あそこの明るい家においで。もしも誰もいなければ、店のほうにいるはずだから、そちらに。時には喧嘩も大事だけれど、怪我はしないようにね」


 穏やかそうに見えてさほどそうでもないウィルは『喧嘩をしてはいけないよ』とは言わなかった。

 いまの言葉は、殴り合って友情を深めても構わないが、大怪我はするなという意味だ。


「ありがとうございます」


 仲良しと言うほど仲良くはできない、しかし最近は大体いつも一緒にいる彼らが、声を揃えて礼をいう。


 すでに彼らに背を向けていた派手な男は、シャラ、と右手を軽く上げ、振り返ることなく去って行った。



 部屋に入った彼らは、真っ白でもこもこな内装に感動し、声を上げた。


「この家はすべてが私の可愛いクマちゃんなんだね……! ソファもベッドも、頬擦りしたくなるほど可愛らしい……!」


「会長の言い方はどうかと思いますが、本当にすばらしい部屋ですね……。今日からここに住めるなんて、夢のようです」


「部屋中に天使の愛があふれてやがるぜ……! 明日、氷のナイフをもった守護者に頼んで、泉のそばに置いてきたクマちゃんのクッションを持ってきて貰ったらいいんじゃないっすかね」


 生徒会役員達は部屋のあちこちに飾られたクマちゃんの置物、ランプ、クッションなどを見回し、それを見つけた。


「これはまさか……、私の可愛いクマちゃんが用意してくれた、神の国のパジャマ……!」


「天界にもパジャマがあるんですね」


「……この服から愛の波動を感じる……。俺はこれにします」


 副会長はほんの少し膨らんだ服を選び、彼らから離れた。


 気付かぬ生徒会長が、自分から一番近いそれに手を伸ばす。「じゃあ私はこれかな」


「…………」


 会計は怪しい男を視線で追いつつ、残った愛のパジャマに袖を通した。


「なんてこった……! 俺の胸が……クソやべぇ……!」怪しい男は気になるような、逆に聞きたくなくなるようなことをいいながら、苦し気に胸を押さえている。


「どうしたんだい? もしかして、また胸が光ったのかい?」


 少々天然気味の美形生徒会長が、副会長の神秘的な体を心配し、肩に手を掛ける。


「なんでもないんで心配しないでください。愛の波動を直接胸にぶち込まれただけなんで」


 何事もなかったかのように答えた怪しい男は、何故か振り返らない。


「愛の波動を……?」怪しい言葉を繰り返し、胸にミステリーを抱えた男の背中を見つめ、愛の波動を探る。


「……何か隠してますね」


 着替えを終えた会計は、愛の丸太を抱えたまま、戦闘訓練でもするかのように魔法で肉体を強化し、怪しい男の前に回り込んだ。


 彼は見た。紺色のパジャマの胸元でくっきりと輝く、真っ白なぬいぐるみを。


 揉め事のはじまりである。



 大好きなルークと温泉までお散歩をし、いつものようにおやすみ前の支度をしてもらったクマちゃんは、その帰り道、彼の大きな手に頬を寄せながら、愛らしい声でお話をしていた。「クマちゃ、クマちゃ……」


 彼の指がもこもこの頬をくすぐり、低く色気のある声が「ああ」と、相槌を打つ。


 生徒会役員の彼らが一つしかないもこもこパジャマの罠にハマり、強化した指で強化した頬を引っ張りあっていることを知らない彼らは、いつも通り幸せそうだった。



「前の部屋も良かったけれど、こちらのほうがクマちゃんの可愛らしさがより感じられるね」


 ふわふわに変わったソファに腰掛け、リオに感想を伝えていたウィルは、入り口へ視線を向けた。


 薄いカーテンを払い戻ってきたルークと彼の腕の中のもこもこに、声を掛ける。「おかえり二人とも」


「では僕も、寝る支度をしようかな」派手な男はそう言うと、シャラ――と綺麗な音を響かせ、彼らと入れ替わるように外へと出て行った。



 いつもよりも早い就寝時間だったが、彼らは幼いもこもこを休ませるため、共にベッドへ入った。

 書類仕事をするといって店に残ったはずのマスターが、どうなってしまったのかを知っている者は、あの場にゴリラちゃんを置いてきたお兄さんだけである。


「なんかあいつら魔法使ってねぇ?」


 横になったまま、ルークの腕の中のクマちゃんが可愛いお目目を閉じる様子を見ていたリオは、小声でウィルに尋ねた。

 最後に会長クン達に会ったのはお前だろう、と。


「リオ、静かにしないとクマちゃんが起きてしまうよ」


 涼やかな声が、明かりの落とされた部屋のなかで、そっと彼を叱る。

『細かいことを気にしていないで寝ろ』と。


 えぇ……。かそけき音は、誰の鼓膜も揺らさず、薄暗がりにとけて消えた。



「分かった……。そんなに遊びたいなら好きにしろ……。だが騒いだら、すぐに追い出すからな」


 心にモンスターを宿しているマスターは、本気で殴ってもいうことを聞きそうにないクソガキ共へ、今すぐ追い出してやろうか――という眼差しを向け、冷たく言い放った。


 少年時代をとうに過ぎたクソガキ共は、声を出さぬまま、にこー、と今まで彼に見せたことのない満面の笑みで、静かに頷いた。


「…………」


 数時間前に運び込んでいた書類を、カウンターの端から移す。

 横長の席の中央あたりに座った彼が仕事を始めると、冒険者らしく気配を消した者達が、壁のない店のあちこちから入ってきた。


 マスターのこめかみに、引っ込みかけていた青筋が浮く。

 元冒険者の彼にとっては、普通に入ってきた客が両手を上げ『いまから遊びまーす』と宣言をするのと、ほとんど変わらぬ愚行である。


 優しい彼は肺から息を吐きだし、心を静めた。


 騒がずとも気配だけで暑苦しい――。

 彼の想いを知らぬ冒険者達が、足りない席をどうにかするため、床で遊び始める。


 マスターは悟りをひらいた。

 クソガキ共を黙認する彼の鼓膜を、店に飛び込んできた男が激しく揺らす。


「マスター! ちょっと大変かも……いや、そうでもないかも……、んんん……ちょっと考える時間を下さい……!」


 煩さと優柔不断さを兼ね備えてしまったギルド職員は、すぐに黙考を開始した。


『騒いだ……』

『ああ、騒いだな……』


『追い出すか……?』

『でもちょっと考えたいらしいぞ……』


『緊急事態でしょうか……?』

『まて……、あいつは時々優柔不断すぎる。決めつけるのは早い』


 ざわつけない冒険者、ギルド職員達が、視線で、手の動きで、騒いではならない店で騒いだうえに何も伝えてこない男について相談し合う。


 沈思黙考男はマスターの真横で柱のように佇んでいる。


 慣れているマスターが簡潔に指示を出す。「大変なことかどうかを決めるのはあとでいい。とっとと話せ」


「はい……! これはついさきほど、森の奥地で見張りをしていた冒険者から聞いた話です……。『妙な気配を感じて、俺はイチゴの家を出た。そして、夜の森へと足を踏み入れる……のは良くないと思い、葉の隙間から、じっと目を凝らした。びびったんじゃねぇ。俺はな、決まりを守る男なのさ』」


 緑、というにはくすんでいるが茶色、というには緑に近い髪色の、髪色も優柔不断なギルド職員は、妙に芝居がかった口調でそこまで話すと、フッと格好良さげに、口の端を歪めてみせた。


『この話し方は……〝言う事が一々大げさな男〟だな』

『間違いない。奴だ』


『そっくりだわ……あのギルド職員、中々やるわね……』

『〝なんとなくイラっとする〟って理由で女に振られたあの笑い方まで、瓜二つだぜ……。そこは真似しないでやれよ……』


『相変わらず、人の特徴を捉えるのが上手いですね』

『ああ、優柔不断なところはあるが、見聞きした事柄をそのまま伝えられるのは、あいつしかいない。どんなに余計な話でも、うっかり口ずさんだ恥ずかしい歌でも、やつに真似できないものはない』


 冒険者達は語り手のいう『森の奥地で見張りをしていた冒険者』が振られる原因になった笑顔をはっきりと思い浮かべ、ギルド職員は同僚の得意技に恐怖した。


 マスターは彼の長い話を止めず、続きを待った。

 どうでもいい話の中に、大事な情報が紛れていることもあるからだ。


「『気配はふらふらと森の中をうろついていたが、こっちには寄ってこなかった。まぁ、俺にはもこもこした天使の加護があるからな。当然さ』」


 ギルド職員がフッ、と格好良さげに笑うと、聞いている者達も格好いい表情をつくり、フッと笑った。

 何人かが『決まったな……』『お前もな……』という表情で、互いを指さし、片目を閉じる。


「『俺の戻りが遅いのを心配したやつらも、イチゴの家からでてきた。すかさず手で合図を送る。音を立てるな。息を殺せ。……妙な気配はひとつ。だがこっちにいるのは凄腕の剣士が二人、美人の魔法使いが一人だ。俺たちは視線で話し合った。〝調査に向かう〟と』」


 ギルド職員は声をひそめ、続きを話した。


「『冒険者ってのはな、危険だと分かっていても、気になったら調べねぇと気が済まねぇ生き物なのさ』」


「『ああ、言い忘れていたが、俺は凄腕の剣士ってやつだ。見たまんまだな』」


 そう言うと、まるでそこに見えない剣が存在するかのように、腰の左側へ右手を添えた。


 冒険者達が自身の腰へ手を伸ばし、格好いい表情をつくりつつ、フッと笑う。

 

 マスターは腕組みをしたままやや下を向き、ギルド職員の話を聞いていた。


「『風で草木が揺れる。俺は森にとけこみ、剣を抜いた。妙な気配がふらふらと遠ざかり、俺たちも後を追う。……心配するな、イチゴの家から百メートル以上は進まねぇって決まりがあるんだ。無茶はできねぇ。この先には、ひらけた空間がある。ほらな、思った通りだ。月明かりが、やつの正体を暴いた』」


 ほぼすべての者が、格好良い表情で、フッと笑った。


 マスターが鋭い視線で、ギルド職員を見る。


「『それは今まで見たことのねぇ姿の敵だった。強そうには見えねえが、油断の先にあるのは死だ。魔法使いが俺たちの力を限界まで引き出し、俺は駆け出すまえに、野菜ジュースを飲んだ。天使の加護が、俺を導く。剣先が吸い込まれるように、綿ボコリみてぇな敵を屠った』」


 ギルド職員は顔を歪めて言った。


「『綿ボコリは敵じゃねぇだろって思ったか? まぁ、言いたいことは分かるさ。だがな、子供の拳にも満たない綿ボコリから、三十メートルも離れたところまで気配がしたんだ。それに恐怖を感じない冒険者はいねぇよ』」


 そうして最後に「『報告はこれで終わりだ。俺は湖で休んでるやつらを連れて、もう一度見張りに戻る』」とテーブル席の冒険者の腕を掴み、外に出て行こうとした。


「おい、そこまででいい。そいつは席に戻してやれ」


 マスターは考え込みつつ、騒ぐことが許されていないせいで黙ったまま連れていかれそうになった冒険者を救った。


 救われた冒険者がマスターに熱い視線を送り、自身の育てているコクマちゃんへ、声を出さずに話しかける。『危なかったでちゅねー』


「俺はルーク達を呼んでくる。お前ら、もう声を出していいぞ」


 ちょうどいい具合に集まっていた冒険者、ギルド職員達に、マスターが声をかける。


 そうしてすぐに、語り終え、再び孤独な世界で己との対話を始めてしまったギルド職員に「そこに座って休んでろ。まだ聞きたいことがある」とテーブル席を示し、足早に店を出て行ってしまった。


「マスター……それ俺達に退けろって言ってますよね……」

「声を出してもいい。だがそれは罠だ。小さなクマちゃんとお話ししてもいい、って意味じゃない。会議に参加しろってことだ……!」


「珍しく大げさな話じゃなかったな。無駄な語りが多かったけど。五……宝箱……! これは可愛い! ブローチ付きのリボン……!」

「前にきいたのは、『酒場で獣の唸り声がする。なのに誰も気付いちゃいねぇ。必死になって探し、ついに獣を見つけた。だが、俺は剣を仕舞い、踵を返した。なんでかって? それは、ギルド職員の腹の音だったからだ』っていうクソどうでもいい話だった。二……領地……! 花畑と家……! 当たりだ!」


「一撃で倒せる小さな敵らしいですが、綿ボコリというのがとても気になりますね……。四……。天蓋付きのベッド……! 嬉しいけど先に家が欲しかった……!」

「ええ、クマちゃんニュースで見た、悪の組織の話と関係があるのでしょうか。もしかすると、救護班、研究員、我々ギルド職員も、奥地の家で待機ということに……。二……。花畑に囲まれた温泉……! 素敵……!」


 彼らは真面目な顔で真面目な話をしているふりをしながら、真剣にサイコロを転がしていた。



 すやすやと眠る子猫にそっくりなクマちゃんの寝顔を見つめていたリオが、かすれ声で呟く。「会長クン達の戦いが激しくなった気がする……」


「絶対ベッドのぬいぐるみのせい。間違いない」頷いていると、店のほうからマスターの気配が近付いてきた。


「おや、あれは仕事の時の歩き方だね。僕は可愛いクマちゃんと寝ていたいのだけれど」


「敵か――」


 ウィルとクライヴが身を起こし、もこもこを眠りを妨げぬよう、外へと移動する。


「…………」


 ベッドから降りたルークが、もこもこを抱え、リオに視線を流す。


「えぇ……。クマちゃんも連れてくんだ……」


 リオは癖のある金髪をかき上げ、怠そうにルークを追った。

 


「おい、なんで白いのまで……、いや、そうだな。ひとりで寝せておくわけにもいかんか」


 外でルーク達を待っていたマスターが、彼の腕のなかの、お休み中の子猫のような愛くるしい生き物を見た。

  

 可愛らしいもこもこが「クマちゃ、クマちゃ……」と寝言をいっている。


『クマちゃ、おでかけちゃん……』


 夢のなかでも外の風を感じたようだ。


「クマちゃんめっちゃ可愛い……。会議って店ですんの?」


 新米ママは眠る我が子へ優しい目を向けたまま、マスターに尋ねた。

 彼らの表情だけで、面倒な話だと想像がつく。


「ああ。わざわざ集めるまでもなく、両方揃ってるからな」


 マスターは嫌そうに顔を顰め、「とりあえず、歩きながら聞け」と、ギルド職員の芝居から得た情報を、ざっと伝えた。



 ルークの優しい手の平を体に感じながら、クマちゃんはハッと目を覚ました。

 お困りちゃんなまちゅたーの声が聞こえたのだ。


『大きさは、はっきりとは判らんが、あの話からすると、十センチ前後の綿ボコリってところだろう』と言っていた気がする。


 うむ。クマちゃんもよくわからないが、どこかが壊滅的に汚れているらしい。

『あの話』というのは、お掃除が大変ちゃん、というお話だろう。



「でもあいつがすげーのってそこでクマちゃんのジュース飲むとこだよね。普通の攻撃だったら多分倒せてないんじゃね? めっちゃ話なげーし、盛るけど」


「うーん。彼の勘は素晴らしいね。絶対に油断しないところも、見習いたいと思うよ。少々大げさな話しぶりも、彼の魅力のひとつかもしれない」


「まぁ、そうだな。『ただの弱い敵だった』と報告されるより、よほど助かる」


「癒しの野菜ジュースで、敵が――」



 クマちゃんは眠いお目目をこすりつつ、大好きな彼の手をカリカリした。


 ホコリのお掃除ならば、空気清浄機ちゃんと掃除機ちゃんが必要なのである。

 汚れたお部屋ちゃんで剣を振り回して遊んではいけないちゃんですよ、とクマちゃんが教えてあげなければ。

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