第305話 色々と大変そうなマスター。リオちゃんにお願いをするクマちゃん。「クマちゃ……」「無理」
彼らが揉めていることを知らないクマちゃんは、学園のお友達ちゃんの宿泊場所について考えていた。
お泊りをするのはクマちゃんのお友達ちゃんなのだから、クマちゃんと一緒に寝るのがいいだろう。
だが、クマちゃんは今日も大好きなルークの胸元のところで丸くなって眠るのである。
悩んでいたクマちゃんは、ハッと思いついた。
クマちゃんのおでこをくすぐりながら「クマちゃん可愛いねー」考え事の邪魔をしてくるリオちゃんの手を、スッと止める。
「肉球見せてくれてんの? 可愛いねー」
うむ。彼もクマちゃんの素敵な肉球が好きらしい。
クマちゃんはペロ……、と美しい肉球に磨きをかけ、彼に尋ねた。
会長ちゃん達はリオちゃんの胸元で寝るのがいいと思うのですが、どうちゃんでしょうか? と。
◇
回答者は言った。「不愉快を通り越して不快なんだけど」
可愛いクマちゃんの『どうちゃんでしょうか』で、お体の調子を悪くしたらしい。
健康状態が通常よりも低下してしまった彼に抱えられているクマちゃんは、心配そうな表情でお手々の先をくわえ、リオを見上げた。「クマちゃ……」
牛乳ちゃん……、と。
「いや甘すぎる牛乳はいらないから」
店長は目を細めたまま、しけを気にする船長のような顔で、幻の海へ視線を投げた。
大荒れらしく、目が糸のようになっている。
不快感が増したようだ。
一人と一匹は少しのあいだお菓子作りを中断し、論議をした。
「クマちゃ……」
「俺の胸元はクマちゃん専用だから絶対駄目」
「クマちゃ……」
「無理。デカいの九人も同じベッドで寝れるわけないでしょ。いや杖ださなくていいから。『あのベッドがあと少し大きければ……』って意味じゃないから」
「クマちゃ……」
「いやいやいや『寝袋ちゃん』はもっと無理でしょ。九人と二匹でひとつの寝袋とか、もはや事件だよね。立ったまま入んないと無理じゃね? とか想像すんのも嫌なんだけど」
もこもこは何度か「クマちゃ……」肉球を見せて頑なな彼の心を解きほぐそうとしたが、巣の管理に厳しいリオに「空いてる家いっぱいあるでしょ」と言われてしまい、結局村民用の家のひとつをゲストハウスとして使うことになった。
◇
心優しいクマちゃんは、彼を見上げて言った。
「クマちゃ……」
『げすとはうちゅちゃん……』
会長達が過ごしやすいように、ゲストハウチュを可愛くしましょう……、と。
心優しくなくもないがクマちゃん以外に優しくしたくない男は、クマに石を落とされた湖面がボチャ……と水音を立てるのと同じように、自然的に答えた。「えぇ……」
寝る場所貸すだけで十分でしょ……。
だが困った顔のまま「クマちゃ……、クマちゃ……」両手の肉球を見せつけてくる子猫のようなクマちゃんに、『肉球見せても駄目!』と言うことはできなかった。
美麗な魔王が、大事なもこもこの毛を刈った罪人を見る時と同様の、何を考えているのか分からない静かな目を彼に向けている。
赤ちゃんクマちゃんのつぶらな瞳をうるうるさせる男を『はい。分かりました』と頷くだけの人形に変えるつもりなのかもしれない。
被害妄想で心の目が曇った男は、まったくそうしたいと思っていないような顔のまま、差し出された肉球を揉み、もこもこのもこもこ案をうけ入れた。
「じゃあ……、ちょっとだけ整えてすぐ戻ってこよ」
◇
店内が帰らない人間達のせいでごちゃごちゃしている。
「クマちゃ……」
「この魔道具の横おけばいいの?」
ちょっとした用事ができた店長と副店長は、マスターにごちゃごちゃした店を任せるため、お菓子の準備を始めていた。
彼の仕事を増やそうとしている経営者達の動きを知らぬマスターが、店の中央、輝くプールの側で、客に問題提起をする。
「おい! お前らは交代するってことを知らねぇのか!」
共に説明役をしていたウィルは優し気な笑みを浮かべ、シャラ――、と腕を持ち上げた。
そして、きちんと交代をしつつ遊んでいるが数度目の優勝を逃し「すまん……! 次こそ……! 次こそ必ず迎えに行く……!」子供との約束を破ってしまったおやじのような発言をしている桃色の美青年『頑固おやじ』の肩を叩いた。
「ちょっと手伝って欲しいのだけれど」
南国の美鳥が瞬きをし、見た目がうるさい店内へ視線を向ける。
テーブルを譲らない人間達。「待ってください……! あと……三……十回やれば勝てるんで……!」
「私たちもちっちゃいクマちゃん育てたいんですけど……!」そんな彼らの髪を引っ張り、球根のようにしている人間達。
鋭いかぎ爪を持つ男がシャラ――と羽ばたき、彼らのもとへ足を運ぶ。
この店のルールを教えてあげよう。
「サイコロは……! サイコロだけは……!」
悲し気なささめきが空気をゆらし、――何事もなかったかのように静まった。
球根の植え替えが行われたことを知らない副店長が、「クマちゃ……」肉球で指示をだし、知っているが見なかったことにした店長が「これ?」一瞬で美味しい料理ができる四角いクマちゃん型魔道具の横に、材料を積み上げてゆく。
中身の入ったたくさんの絞り袋。
その上に、絶対に必要らしい、猫の手そっくりな鍋掴み風万能調理器をのせる。
最後に、よろずやお兄さんから購入した、可愛い食器のための素材と追加の魔石を、袋ごと置いた。
四角くても可愛いクマちゃん魔道具は、――キュ、キュ、キュ――とお鼻を鳴らすような音を出しながら、それらをおさめていった。
クマちゃんの小さな鍋掴みだけは、中に入らず、魔道具の上だ。
「こんぐらいあれば大丈夫じゃね?」
リオはお菓子さえあればこの店は安泰だとでもいうふうに、『大丈夫じゃね?』と言った。
店内では南国の美しい猛禽にひっこ抜かれた球根達が空地を探して徘徊し、渋い声の管理者が、古い球根である彼らを次々と、外に投げ捨てている。「お前らは外に並べ!」
優しく、ときどき苦笑しながら、『なんだ。質問か?』と客の待つテーブルへ足を運んでいた、嘗ての彼。
落ち着きのある声で丁寧にゲームの説明をしてくれていた格好いいマスターは、もういない。
静かに揉め、何故か制服が着崩れている生徒会役員達も、彼らの目に余る行動をとれば、外の畑へと移されるだろう。
「クマちゃ……」
いつも優しい『まちゅたー』が『厳格で、ときに荒々しい管理者』に変わってしまったことを知らぬもこもこも、すぐに大人の真似をする幼子のように『大丈夫ちゃん……』と頷いた。
では、お店はまちゅたにお任せしてゲストハウチュを可愛くしに行きましょう……、と。
「クマちゃ……」もこもこが子猫のようなお手々を伸ばし、大好きな彼に抱っこをねだる。
我が子を手放したくない新米ママが「えぇ……」と嫌そうな声をだしつつ、おやすみ前の子猫のようなもこもこを、魔王へ渡す。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、ゲストハウチュちゃ、かわいいちゃん……』
クマちゃんはルークの腕のなかで両手の肉球をあげたり、お手々でお目目を隠したりしながら、彼に説明をした。
さきほどまでの会話をすべて目の前で聞いていた魔王は、席を立ち、もこもこを撫でつつ、はじめて知ったかのように答えた。「すげぇな」
ルークが視線でマスターに外出を伝え、察した彼が『行ってこい』と片手を払うように動かす。
「おや、クマちゃんはお出掛けかい? 僕も行こうかな」
涼やかな声がさえずり、
マスターのこめかみには青筋が立った。「お前は行くな」
穏やかなマスターはまだ帰ってこないようだ。
「そこのギルド職員のひと。テーブルの皿カウンター置いといて」リオは客だった男に雑用を頼んだ。
ギルド職員の妙に良い声が、彼に答える。「また〝この俺の力〟を必要としているようですね」
断らない男は振り向きざまに格好良く攻撃魔法を放つ伝説の魔法使いのようなポーズで、両手を浄化した。
「鬱陶しいんだけど」という店長の声と重なるように、別の男の声が上がる。「けしからん! なんだその髪型は!」
リオがそちらを見やると、『けしからん髪型をした者達』に気付いてしまった桃色おやじ美青年が、待たされすぎた客に髪を引っ張られぐしゃぐしゃになっていた球根達を、綺麗な七三分けになでつけている。
彼は当然のように、見なかったことにした。
ほんの少し騒がしくなった店内。
生徒会役員の彼らは、ふたたび静かに腕を組んでいた。
仲良くできないまま身を寄せ合い、生徒会長の妨害をしているのだ。
副店長を抱えた魔王と店長とお兄さんは、色々と大変そうなそれらを、色々と大変そうなマスターに任せた。
すぐに戻ってくれば問題ないだろう。
「リーダークマちゃん返して」
「クマちゃ……」
「え、何その肉球。さわっていいってこと?」
「クマちゃ……」
仲良く楽し気な声を響かせ、彼らは『クマちゃんのお友達がお泊りするゲストハウチュ』を整えるため、店を後にした。
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