第292話 豪華で格好いい実演販売。実演販売士クマちゃん。「クマちゃ……」「そっかぁ……」

 実演販売用の素敵な調理台とメニューを用意したクマちゃんは、現在舞台用の衣装にお着替え中である。



 リオはもこもこの猫のようなお手々から、クシャクシャの紙を受け取った。


「えーと、『なかよし……』」


 一枚目のメニューは『なかよし』らしい。

 リオはもこもこと目を合わせ、しっかりと頷いた。

 

 おそらく、この次の紙は『のリオち』である。

 料理名が書かれた紙は何枚目くらいだろうか。


 ルークがもこもこの手に紙を渡し、リオがクシャクシャのそれをもこもこから受け取る。


「…………」


 無言で暗号を繋ぎ合わせたところ、『仲良しのリオちゃんと作る、仲良し試食セットちゃん』と書いてあった。

 そして最後に渡された四枚にかかれていたのは、文字ではなく絵だ。


 真のメニューはたぶんこれだろう。

 

 凄く頑張ったらしく、一枚に書かれている文字数と大きさがバラバラで、とても読みにくい。

 しかしリオは「クマちゃんめっちゃ頑張った感じ……なんか泣ける……」と瞳を潤ませた。


 一枚の紙に複数の文字、というだけで、胸がギュッと痛む。

 

 おそらく『四枚で一文字』を知っているからだろう。


『なかよし』と書かれているせいもあるのかもしれない。

 彼と一緒に作りたい、という気持ちが伝わってきて嬉しくなると同時に、彼の帰りをわくわくしながら待っていたのかと思うと、いじらしくてウルッときてしまう。


 リオが顔を上げると、もこもこはルークに着替えさせてもらっていた。


 それは白のレースで囲われた、白黒のストライプ柄が格好いい、よだれかけだった。

 真ん中に描かれた肉球の絵が、金色の輝きを放っている。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『エプロンちゃ、格好いいちゃん……』


 とても格好いいエプロンちゃんですね……、ともこもこは言った。


 顎の下に肉球を当て、満足そうに頷いている。


 リオは口の外に出かかった『エプロンじゃなくてよだれかけだよね』をぐっと飲み込んだ。

 こんなに愛らしく喜んでいるのに、余計なことを言えば――キュオー――と泣いてしまうだろう。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、おそろいちゃん……』


 リオちゃんも、クマちゃんとお揃いのエプロンをしましょう……、ともこもこは子猫のような声で彼を誘った。



『いや俺はいいから』と断ったリオが着ているのは、もこもこと同じ柄のエプロンだった。

 彼に近付いてきた闇色の球体が、真っ白なシャツ、黒いネクタイ、という非常に見覚えのあるものと一緒に置いていったものだ。


 ゴリラちゃんの前に、もこもこ製の撮影用魔道具が浮いている。

『本日のクマちゃんニュース』は『クマちゃんリオちゃんレストラン実演販売ちゃん』の生中継らしい。



「はいクマちゃん。お手々キレイキレイしようねー」


 いつものように自身の手を浄化し、もこもこのお手々を魔法で出した水で優しく洗う。

 

 リオがびしゃびしゃにしたもこもこの手は、ルークの風魔法でふわっと乾かされた。


 カウンターの周りには、もこもこの気配を感じ取った冒険者、ギルド職員達が集まってきていた。


『クマちゃんクッキーは?』

『今から作るんじゃね?』


『出来立ていいね!』

『さっき誰か食べてませんでした?』


『いや、それが一口しか食べてないのに盗まれたらしい』 

『さすがクマちゃんのお料理っすね……。奪ってでも食いたいってことっすか』



 もこもこのお手々が「クマちゃ……」と派手過ぎて近付きにくいカウンターを指し、リオは「えぇ……」と相槌ではない声を出した。


 過保護な保護者達から、鋭い視線、雪、何を考えているのか分からないがもこもこを泣かせたら大変なことになりそうな視線が飛んでくる。


 屈した男は愛くるしいもこもこと共に、ピカピカピカピカしている調理台へと近付いていった。



 少し明かりの落とされた、青に水紋のたゆたう海底の宮殿のような室内。

 純白の料理人を抱えた金髪の店長が、コツ、と足を踏み出す。


 頭上の巨大クマちゃん型発光風船から、煙のような冷気がブシャー――! と噴き出した。

 真っ白でもくもくの煙に包まれた一人と一匹を、カッ! と逆光が照らす。


 露店に立ち止まる通行客のように、立ったままそれを見ていた観客達から『かっこいい……』『演出……?』とどよめきが上がった。


「すでに嫌なんだけど」


 影絵のような男は、冷たい煙のなかで意気込みを語った。

 もこもこ販売士は両手の肉球でキュ、とお腹のあたりを押さえ、格好いいエプロンが曲がっていないことを確かめた。

 


 カウンターには高さ五、六センチメートルの台が置かれ、その上に、木製のまな板がのせられている。

 実演販売士クマちゃん用の、特別な調理台だ。



 微笑まない男リオはもこもこをカウンターの上、もこもこ調理台の手前にもふ、と置いた。

 格好良い色合いのよだれかけをした実演販売士がヨチヨチ、とそれに近付く。


 販売士が猫のような両手をスッと持ち上げる。

 そうして右手、左手、と一生懸命交互に動かしながら、湿ったお鼻をキュ、と鳴らすと、愛らしい声で軽快に歌い始めた。


 キュッキュッ「クマちゃん」キュッキュッ「クマちゃん」


 キュッキュッキュッキュッキュッ「クマちゃん!」


 キュッキュッ「クマちゃん」キュッキュッ「クマちゃん」


 キュッキュッキュッキュッキュッ「クマちゃん!」


「――クマちゃーん――」


『クマちゃんリオちゃん仲良しちゃーん』 


 まるでニャーンと鳴く子猫のように高くて愛くるしい歌声が響き渡り、同時にパーン! とカウンターから魔法の紙吹雪が舞った。

 

 頭上から落ちる癒しの光が、もこもこの被毛を内側からふわり、と輝かせる。


 光は仲良しな彼にも仲良く降り注いだ。

 薄暗い室内で、真上からの光を浴びた男の目元に、暗い影ができる。



 実演販売士は両手の肉球を精一杯高く上げると、集まってくれた観客達に一生懸命お手々を振った。


 素晴らしい歌と踊りに興奮した観客達は、歓声をあげ、もこもこした販売士へ盛大な拍手を送った。


『かわいいー!』


『可愛すぎるっ!』


『クマちゃんサイコー!』


 

 子猫のようなもこもこばかりを見ていた彼らが背後霊のような男に何かを言うことはなかった。



 オープニング演出が終わると、もこもこは「クマちゃ、クマちゃ……」と可愛らしくお話を始めた。


『本日ちゃ、お菓子ちゃん……』


 本日クマちゃんとリオちゃんが作るお菓子ちゃんは、『仲良し試食セットちゃん』です……、と。


 

 観客達は実演販売士の邪魔をしないように、小声で喜びの声を上げた。


『試食セットだって!』

『クマちゃんクッキーの他にも食べられるんだ!』


『結構人数いるよね。俺らも貰えんのかな』

『絶対食う。ダメなら戦うのみ』



 販売士は「クマちゃ、クマちゃ……」と猫のようなお手々を上げ、癒しの光の中でもこもこの後頭部を見つめている彼に抱っこをねだった。


 目立ちたくない背後霊が静かにもこもこを抱き上げ、小さなかすれ声で「どし……の……マちゃん……」という。


 風のささやきを感じた販売士は「クマちゃ、クマちゃ……」と彼の左斜め後方でピカピカしている回転式ダーツの的のような、ルーレットのような何かを指した。


 アレをまわちてください……、と。


 心の栄養が不足している男はさりげなくもこもこを撫でまわして癒しを補給し、空中でふよふよしているルーレット型魔道具へ、そっと手を伸ばした。


 ――キュオー――。


 愛らしい音声と共に、魔道具から魔法の花火が滝のように流れ落ち、ピピピピピピ! と派手な音が鳴る。


 ピ、ピ、ピ……。回転が止まり『――クマちゃーん――』と可愛い音声が響いた。



 なかよちチョコクッキーちゃーん、と。



 静止している円形の魔道具には、小さなもこもこの描いた可愛らしいクッキーの絵が映されていた。


「そっかぁ……すごいねぇ……」


 演出が派手過ぎる。ルーレットのマス目は何のために存在したのか。


 だがもこもこが頑張って描いた絵は、とても可愛らしい。

 白いのがクマちゃんクッキーで、あまり考えたくはないが、一部が金色のクッキーがリオだろう。


 リオは『なかよし』で『いっしょ』が好きなもこもこをふわふわとくすぐり『クマちゃん可愛い』と目を細めた。

 

 仲良しな彼からの愛情を感じたもこもこは、ピチョ、と彼の手に湿ったお鼻をくっつけた。

 

 観客達は仲良しな彼らに深く頷いた。

 さすが『仲良し試食セット』であると。


 

 輝きのなか、助手が実演販売士を撫でまわしていると、もこもこが「クマちゃ、クマちゃ……」とお菓子の説明を始めた。


『材料ちゃ、まぜまぜちゃん……』


 最初に、材料を用意します。それを、クマちゃんの魔道具ちゃんが、自分でまぜまぜちゃんします……。そうすると、可愛い絞り袋ちゃんになります……、と。


「そっかぁ」


 助手は『普通はならないよね』とは言わず、小声で相槌を打った。

 その手はしつこく販売士を撫でまわしている。


「クマちゃ、クマちゃ……、クマちゃ、クマちゃ……」 


「そっかぁ……」



 もこもこが『クマちゃ……』とカウンター指し、無抵抗な助手は静かにクマちゃん型のボタンを押した。


 するとクマちゃん専用調理台が中央から左右に開き、ゴゴゴゴゴ――、と重厚な音と共に、金色の台座にのせられた可愛らしい絞り袋がせり上がってきた。


 冒険者心をくすぐる格好いい演出に、観客達はふたたびどよめいた。


『実演販売って凄い……』と。

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