第291話 リゾートな宮殿にぴったりなもこもこグッズ。美味すぎるクッキー。「クマちゃ……」「まだ食べてないんですけど」

 水の宮殿にクマちゃんグッズを飾りに来たクマちゃんは、現在冒険者ちゃん達に素敵な商品の宣伝をしている。


 うむ。はやくも大人気の予感である。



 天井の巨大水槽を通った光が、広間に美しい水紋を作っている。

 癒しの噴水から水の柱が細くあがり、ザァ――という水音が、心地好くあたりに響いた。



 空中にはたくさんの、魚の形のランプが浮かんでいる。

 そのあいだをキラキラと、光の魚の群れが泳いでいった。


 明るく煌めく海の中のような、幻想的な空間。

 白魚よりも白く輝く美しい獣が、ヨチヨチ、と魅惑的な短いあんよを動かしている。


 穢れなきもこもこ像が佇む噴水前。

 水色に白い、お魚柄の敷物の上。

 ふよふよと宙に浮く、細長い魚をかたどった、水色がかったガラス板。


 誰をも魅了する被毛と美貌を持つ宮殿の主の、薄紅色の真珠のように気品のある肉球が、ふわふわの口元にそっと添えられた。


「クマちゃ……」


 鼻先からも癒しの水が出る神秘的な生き物の美声が、『クマちゃ……』と響いた。


 黒真珠よりも黒くて愛らしい、艶のある鼻から滲む水滴に、キラ、と光が反射する。


「――――」


 人魚よりも謎めいた宮殿の主を愛する死神が、奇跡の鼻ピカに呼吸を止める。

 男は不可解で美しい現象から目を逸らすことも出来ぬまま、黒革に包まれた指先を、深き闇へと沈めた。



 もこもこ露天風呂から上がり、ため息がでるほど美しい宮殿で寛いでいた女性冒険者達は、愛らしいもこもこが建物に入ってきたことを感じ取り、少し離れた位置から様子を窺っていた。


 すぐに近付かないのは、噴水の縁に立てかけたクッションを背凭れに、怠そうに座っている魔王、隣で微笑をたたえている派手な男、もこもこの横で静止している死神、近くのクッションの山でご休憩中の高位で高貴な黒い御方、という『美麗で凶悪で恐れ多い保護者達』のせいだ。


『なにしてるのー?』と気軽に突撃できるほど、彼女達の心臓はふさふさではなかった。


「ウロウロしてるね」


「気になるよー」


「後ろ姿しか見えなくても可愛いです……なんなのでしょう、あのまん丸しっぽ……」


 

 彼女達の視線が、お魚さん型のガラス板の上でもこもこ、もこもこと動いている白き生き物を追う。


 もこもこの横、動き出した死神が、見た目の怖い闇色の球体から取り出した白い何かを、もこもこがヨチヨチしているガラス板の上に、静かに置いた。


 視力も優れている彼女達は見た。

 丸みをおびたカップの取っ手に、小さなクマちゃんがくっついているのを。



 外まで響いた歓声が気になったリオ、マスター、ギルド職員が水の宮殿に入ると、中央の噴水前で、女性冒険者達がしゃがみこんでいるのが見えた。


「これもかわいい! ぜんぶ欲しい!」


「『クマちゃんグッズ』っていうのー?」


「こんなに可愛らしくて美しいアイテムは初めて見ました……。あの、クマちゃん、これって売り物ですか……?」


 

 どうやら『クマちゃんグッズ』に惹かれた冒険者達が、もこもこを囲んでいるようだ。


 魚型の綺麗なガラス板には、クマちゃんの作った素晴らしい作品の数々が並べられている。


 ガラスのティーポットの中に、可愛らしいもこもこが入っているもの。

 ガラスのティーカップの縁や取っ手に、小さなもこもこがくっついているもの。


 様々な形のグラスの中に、もこもこが入っているもの。

 丸いガラスの小物入れの上に、うつ伏せのもこもこがのっているもの。


 青や白のマグカップから、もこもこが顔を出し、縁に猫のようなお手々をかけているもの。


 容器自体がもこもこの形のもの。

 お花や観葉植物入りの、丸いガラスランプの上や横に、もこもこが乗ったり、くっついたりしているもの。

 

 ガラスの魚や葉っぱの上に、陶器で作られた小さなもこもこが座っているもの。


 もこもこのお手々が掴んでいる光の糸は、ハートやクマちゃん型の風船に繋がっている。

 風船は柔らかな光を放ち、こちらもランプとして使えそうだった。


 涼し気な宮殿に合うものを意識したのか、ガラス製や陶器製のものが多いようだ。

 当然グッズのクマちゃん部分は、半分以上がもこもこでふわふわである。


 どの『クマちゃんグッズ』も愛らしく、集めて飾りたくなってしまう作品ばかりだった。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『レストランちゃ、お客ちゃ……』


 こちらは、リオちゃんとクマちゃんのレストランに来てくれたお客ちゃまに、お渡しするものです……と、もこもこが一生懸命、彼女達に説明する声が聞こえる。


 リオはガラス板と噴水のあいだ、露天商のような位置に座っているが絶対に商売などしないであろう魔王と、全身に売り物を身につけた宝石商のような男のいる場所まで移動し、途中で拾ったクッションをもふ、と置いた。


 彼が自分の席を整えているあいだも、彼女達はクマちゃんに質問を続けている。

 少し遅れて入ってきたマスターとギルド職員が、すぐ側でゆったりと寛いでいるお兄さんとゴリラちゃんのいるクッションの輪へ歩いて行くのが見えた。


「クマちゃんのレストラン? すっごく気になる……!」


「ここにいるってことは、今日はもう終わりってことー?」


「夕ご飯は酒場で食べてしまいました……。お店にはデザートもありますか?」 


 彼女達の質問に、ミィ、と鳴くような声が答えた。

 

「クマちゃ、クマちゃ……」

『こちらちゃ、どうぞちゃん……』


 こちらちゃんに、美味しいクマちゃんクッキーが入っている容器ちゃんがあるので、どうぞ、食べてみてくだちゃい……、と。


 愛くるしいもこもこが『容器ちゃん』の前で、『こちらちゃん』と示すように、右手の肉球を一生懸命動かしている。


 冒険者とギルド職員の『かわいい……!』という声が重なった。



「クマちゃんクッキーってあれじゃね? うま過ぎてちょっとぼーっとするやつ」


「うーん。クマちゃんの作るものはどれも魅力的だけれど、あのクッキーを食べてしまったら、他のクッキーでは物足りなくなってしまうかもしれないね」


「かもな」


「無くなれば手も止まる――。問題はない――」



 彼らの話から良い情報だけを取り込んだギルド職員は「美味すぎる魅惑のクマちゃんクッキー……? あの! 俺も食べたいです!」と立ち上がり、サッとテーブルへ近付いた。



「入れ物がクマちゃん! かわいいー!」と言いながら、女性冒険者の一人が陶器製の容器を開ける。


 彼女の手のひらよりも少し大きい器に入っていたのは、直径二センチメートルから三センチメートルほどの小さな、様々な形の可愛らしいクッキーだった。


 クマちゃんにそっくりな愛らしいクッキーは、真っ白なチョコレートに覆われ、茶色のチョコレートでお顔が描かれている。


 普通の生地のクマちゃんクッキーに、チョコレートでお顔が描かれたもの。

 茶色の生地に、白いチョコレートでお顔が描かれたもの。


 円形で、肉球が描かれているもの。茶色の生地の真ん中に、普通の生地のクマちゃんがいるもの。


 それぞれの生地を、リボン型にしたもの。普通の生地、茶色の生地で、シマシマ柄にしたリボンのクッキー。


 それは、見ているだけで楽しくなるような、食べるのが勿体無いほど可愛らしいクッキーだった。


「か、かわいい……! こんなに可愛いクッキー見たことないよ……」


「かわいすぎて食べられないよー! 凄いねぇ。クマちゃんって作るものまで最高に可愛いんだねぇ」


「これは、芸術品なのではないでしょうか……。画家を呼んできたほうが良いのでは……?」


「絵心もある俺は今から画家になります! この素晴らしい、小さなクマちゃんがくっついてる至高のペンで――!」 


 女性冒険者達の横で、感極まったギルド職員が自慢をはさみつつペンを掲げた。


「あのギルド職員微妙に腹立つんだけど」


「うーん。健康的で、とても生き生きとしているね」



 本当に絵心があったらしいギルド職員が自身の手帳にクマちゃんクッキーと天才パティシエクマちゃん、パティシエの素晴らしい肉球を描き、女性冒険者達が納得したところで、ようやく彼らはクッキーへと手を伸ばした。



「あれ……。まだ一枚しか食べてないのに、なんで容器が六個もカラになってるんだろ」


「えー! 私も、まだ一枚しか食べてないよー! 誰が全部たべちゃったのー?」


「わ、わたしは、二枚食べたような気がします……」


「これは……非常に危険なクッキーですね。俺たちが瞳を閉じて深く味わい、声もだせないほど感動してるあいだに、盗難事件が起きたんでしょう」


 もこもこトマトジュースで美しくなったギルド職員は、たっぷりのバターで艶めく唇で、ざれごとを言った。



「いやお前らみんなめっちゃ食ってたよね。全員無表情で気持ち悪かったんだけど」


「うーん。彼らは『少しぼーっとする』ぐらいでは済まなかったようだね」


 愛らしいもこもこを見守りつつ、もこもこの手作りお菓子について彼らが話していると、「リオ、ちょっと手伝ってくれるか」とマスターから声がかかった。


 もこもこが村に戻る前に、書類を運んでしまいたいらしい。

「そこのクッキー食べ過ぎな人も手伝ったほうがいいんじゃね?」とリオがいい、「え、まだ全然食べてないんですけど」としつこいギルド職員を連れた二人は宮殿を出て行った。



 お客様が『クマちゃんクッキー』を食べているあいだ、在庫ちゃんを確認したり、踊りの練習をしたりしていたクマちゃんは、ハッと気がついた。


 大変だ。

 クッキーちゃんが無くなってしまった。


 周りを見ると、少し離れた場所にも『クマちゃんクッキーだって!』『まだあるかな?』と、クマちゃんリオちゃんレストランのデザートを楽しみにしてくれている人達がいた。


 うむ。クマちゃんクッキーはもうない。


 しかし、宣伝に来たばかりなのに『クマちゃんクッキーは品切れちゃんです』というわけにはいかない。


 むむむ、と悩んだクマちゃんの頭に、何かの映像が過ぎった。


 通り過ぎ、立ち止まる人々。目立つテーブル。鮮やかに作られてゆくお料理。


 あれはたぶん――、実演販売ちゃん。


 天才のクマちゃんは理解した。


 いつでもどこでも使える可愛い調理台と高性能な魔道具を製作し、クマちゃんと仲良しのリオちゃんが、パパパ、とお客様の前でお味見用のお料理を作れば、すべてが解決するちゃん、と。


 

 リオとマスター、ギルド職員が戻ってくると、水の宮殿内、クマちゃんの別荘横、食堂の入り口付近に、おかしなものが出来ていた。


「あ~、可愛いが、なかなか派手な魔道具だな……」


 マスターは顎鬚をさわりつつ、目がチカチカするそれから目を逸らした。


 ギルド職員が「こんなに装飾の凝った魔道具は見たことないです! さすがクマちゃんですね」と感嘆の声をあげ、魔道具の側に立っていた死神から鋭い視線を飛ばされている。


 リオはもこもこが作ったと思われる、異様に派手で大きな魔道具を見ながら言った。


「いや眩しいんだけど」


 それは『調理台、のような気がする……』と、思えなくもない形をしていた。


 ピカピカと輝く光の玉が、カウンターの天板をぐるりと囲い、左右に複数の、発光するクマちゃん風船が浮かんでいる。


 中央上部に浮遊する、立体的なクマちゃんのお顔が、柔らかな光であたりを照らす。

 カウンターの左斜め後ろでは、クマちゃんグッズの陳列された飾り棚が輝き、クルクルと回っていた。

 

 中央より右側でピカピカしている物体は、回転ダーツか何かだろうか。

 カウンターに並ぶ様々な魔道具も、可愛らしいが主張が激しい。


 色々気になるものだらけだが、そのなかで一番気になるのは、カウンターの正面で輝いている『クマちゃんリオちゃんレストラン実演販売ちゃん』の文字だった。


「あのさぁクマちゃん、このへんもうちょっと暗くしたほうがいいと思うんだけど」

 

 リオは犯人を見ながら『リ』『オ』『ち』『ゃ』『ん』ポ、ポ、ポ、ポ、ポと順番に明滅する可愛らしい文字を指さした。

 むしろここだけ真っ暗でいい。


 自身の作ったド派手な魔道具に照らされた犯人が、魔王の腕の中で明るくなったり暗くなったりしている。


「このくらい光っていたほうが、君の名前も目立つと思うのだけれど」


「いままで言ったことなかったけど実は俺光りたくないし点滅したくないんだよね」


 リオはもこもこの作ったカウンターよりは地味な男に本音を語った。

 せめてポポポポポだけでも阻止したい。


『そもそも目立ちたくないんだけど』と言って理解してもらえるとは思えないが、事前に伝えなければ、『このほうが目立つのではない?』と自分も周りもざわつく恰好をさせられるかもしれない。


 仲間ももこもこした生き物も疑う心のかすれた男は、両肩から虹色の煙が出ている服や、腹と膝だけが光っている二等辺三角形を意識した服を想像し、『めっちゃ目立つ……』と心をざわつかせた。


 頑張り屋さんな副店長が、見るものすべてに信号を飛ばす服を心のクローゼットに封印した店長に「クマちゃ、クマちゃ……」と愛らしい声を掛けた。


『じちゅえん販売ちゃ、メニューちゃん……』


 子猫のようなお手々には、仲良しな彼と一緒に作りたいお料理が書かれた、クシャクシャのメニューが握られていた。

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