第289話 魅惑のもこもこグッズ。魅了される大人達。「クマちゃ、クマちゃ……」「ヤバすぎる」

 お客様は健康的なお飲み物に夢中なようだ。

 彼が帰ってしまう前に、急いでクマちゃんグッズを作らなくては。


 クマちゃんはうむ、と頷き、おしゃれなウィルちゃんのもとへ走った。



「体の中から美しくなったのを感じます! クマちゃんは本当に凄いですね! 料理上手で、とにかく可愛い!」


 髪と肌の艶が増したギルド職員が、興奮気味にクマちゃんを褒めたたえている。


「うーん。他のギルド職員が驚くかもしれないね」


 ウィルが誰にいうともなく呟いていると、愛くるしいもこもこがヨチヨチ、ヨチヨチと、困っているようなお顔でお目目をうるませ、彼のほうへ近付いて来た。


「――――」

 

 目の前を愛くるしい生き物にヨチヨチ、ヨチヨチ、と横切られた死神が苦しんでいる。

 

「おや。クマちゃんは何か困っていることがあるようだね。僕が力になれるといいのだけれど」


 ウィルはふわり、と美しい笑みを見せ、もこもこにシャラ、と手を伸ばした。


「クマちゃ」


 ウィルに抱きかかえられたクマちゃんが、両手の肉球をサッともふもふの口元にあて、驚いている。

 どうしてわかったのですか? と言っているようだ。


「クマちゃんはとても可愛いからね」


 ウィルは答えになっていない答えを返した。  

 困った顔がとても可愛い、と言ったら怖がられてしまうだろうか。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『ウィルちゃ、お耳ちゃん……』


 ウィルちゃん、クマちゃんは相談したいことがあるので、お耳ちゃんをかちてください……、ともこもこが小さな声で言う。


「内緒のお話だね。では、あちらの席へ移動しようか」


 ウィルはもこもこを抱えたまま、カウンターから少し離れたテーブル席へ移動した。

 ここではどんなに声を潜めても、優秀な冒険者の彼らの耳に入ってしまう。


 誰も何も言わないが、ほぼ全員の意識がもこもこへ向いているのが分かった。


 いつも通りなのはルークとお兄さんだけだろう。

 ただ、彼は他人に考えを悟らせない。探られていたとしても気付けないかもしれない。

 


 ウィルは彼を見上げているもこもこを優しくなで、声を掛けた。


「ほらクマちゃん。結界を張ったから、安心してお話ししていいよ」


 癒しのもこもこ酒を飲み、その後もずっともこもこの手作り料理を食べているおかげで、魔力が扱いやすい。

 テーブル席一つ分ていどの結界なら、しばらくのあいだは維持できるだろう。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、アイテムちゃん……』


 クマちゃんはお店の宣伝ちゃん用に、クマちゃんのアイテムをたくちゃん作ろうと思います。おしゃれで格好いいウィルちゃんはどんなものが良いと思いますか……? と赤ちゃんクマちゃんは言っているようだ。


「クマちゃんに褒めてもらえるのが一番嬉しいよ。どうもありがとう」


 ウィルはふ、と幸せそうに笑い、もこもこを指先で優しくなでた。


「可愛いクマちゃんをたくさん作るのかい? とても素敵な考えだね。……うーん。クマちゃんが作ってくれるのなら、どんなものでも嬉しいけれど、たくさん集めるのなら、飾れるものがいいのではない?」

 

 派手で大雑把な男は『たくさん』を一部屋分くらいだろうか、と大雑把な計算をしていた。

 それなら身につけて歩くよりも、棚をたくさん作り、並べて飾ったほうがいいだろう、と。


 もこもこがハッとしたように、つぶらなお目目ともこもこのお口を開いた。


「クマちゃ……」

『かざるちゃ……』


 たくちゃん集めて……かざるちゃん……でちゅね……、ともこもこは愛らしい声でいい、格好をつけるように、顎のあたりを肉球で押さえた。


 もこもこは深く頷くと、猫のようなお手々でごそごそと鞄をあさった。


 早速何かを作ってくれるのだろうか。


 ウィルは優しく目元をゆるめ、もこもこをテーブルにそっと降ろした。

 


 魔法を使うもこもこはとても愛らしい。

 真剣なお目目も、お鼻の上の皺も、キュッと力の入れられた肉球も、ずっと見ていても飽きることは無い。


 もこもこ企画会議に参加させてもらったウィルは、もこもこと過ごす時間を心の底から楽しんでいた。

 結界を解いたら母猫と死神が刺すような視線を送ってくるだろうが、そんなことはまるで気にならない。


「クマちゃ……」

『試作品ちゃん……』


 クマちゃんアイテムちゃんの試作品ちゃんです、さわってみてくだちゃい……、ともこもこは彼にいった。

 可愛らしいお手々が、テーブルの上に置かれた、たくさんのアイテムを指している。


「クマちゃんはとても優秀な魔法使いだね。どれもとても可愛らしいよ。いますぐ購入したい場合はどうしたらいいのかな? ……おや? これはなんだろう?」


 彼はたくさんのクマちゃんアイテムのなかから、クマちゃんがいないものを手にとった。

 

「クマちゃ、クマちゃ……」

『これちゃ、こうするちゃん……』


 このアイテムちゃんをこういう風にしてみてくだちゃい……、ともこもこは『せちゅめいしょ』を彼に渡した。


「この説明書は金貨三枚くらいかな。……なるほど、完成図だけでもこのアイテムが素晴らしいものだとわかるよ」


 ウィルはもこもこから受け取った『手書き風説明書』をクマちゃんアイテムとして数えた。

 もこもこが書いたものよりも少しだけ読みやすいところが、本物の手書きを知っている人間の心を温かくさせる。


 綺麗な指が、手の平にのせられるほどの大きさのそれを、丁寧に組み立ててゆく。


「これは……」


 完成品を見たウィルはまるで心臓を掴まれたように、身動きがとれず、視線を逸らすことすらできなかった。



「めっちゃ気になる……」


「おいリオ、あまりそっちを見るな。白いのは『内緒』で何かをしたいんだろ」


「仕事があったような気がするんですが、気になりすぎて全部忘れました」


「……――」


 保護者達とギルド職員がウィルともこもこのいるテーブル席を気にしていると、結界がふわ、と揺れ、声が聞こえるようになった。



「あまりの衝撃に結界が解けてしまったよ。修行が必要だね……」


 苦笑したウィルが席から立ち、もこもこを抱えたままカウンターへ戻ってきた。


「クマちゃんの作るものは本当に素晴らしいね。今からクマちゃんが、このお店に通ってくれたお客様にお渡しするアイテムを紹介してくれるそうだよ」


 涼やかな声がさえずるように、気になっているであろう彼らに説明をする。


「クマちゃんお帰りー。え、それ俺も買えるんだよね?」


 リオは『お客様』でなくても買えるのかが気になったが、もこもこの話のほうが気になる彼らは、彼の質問を聞かなかったことにした。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『みなちゃま、おまたちぇちゃん……』


 ヨチヨチ、ヨチヨチ、とカウンターの中央へ歩いて来たもこもこは、緊張気味にお話を始めた。


 ギルド職員は『可愛い!!』が口から飛び出さないよう、もこもこ飲料メーカーのトマトジュースで美しくなった唇をかみしめた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『こちらちゃ、クマちゃんグッズちゃん……』


 こちらのアイテムちゃんは、『クマちゃんグッズ』といいまちゅ。お店に通ってくれたお客ちゃまが、お帰りちゃんするときに、ひとつお渡しちゃんするものです……と、お話の仕方もおっとりした赤ちゃんクマちゃんは、彼らにゆっくりと説明してくれた。


 もこもこがこちら、と言った瞬間、いくつもの闇色の球体がカウンターに現れ、もこもこの周りにアイテムを並べてゆく。


 ギルド職員は『こわい!!』が口から飛び出さないよう、さらに唇をかんだ。


「めっちゃ可愛いじゃん! すげー。全部クマちゃんだし」


 リオはクマちゃんが上の方に抱き着いてるペン、持ち手の部分に座ったりぶら下がったりしているティーカップ、マグカップ、ポーチ、小物入れなどを見回し、感嘆の声をあげた。


「うわ、これやべー。クマちゃん中に入ってる……可愛すぎる……」


 リオは一番気になったカップを持ち上げた。


 小さ目のマグカップの中に入ったクマちゃんが、ふちにお手々を掛けている。

『あ、クマちゃん……そこ入ったら飲めないんだけど……』と言いたくなるような、言わずにそのまま見ていたくなるような、最高に愛らしいクマちゃんカップだ。


「全部でいくらだ? 取り合えず二つずつ買って帰るか」


 マスターは全商品を今すぐ購入することを決めた。


「今のままでは、棚の数が足りない――」


 クライヴは自室の棚ではもこもこグッズを置き切れないことに気が付き、マスターへ鋭い視線を飛ばした。

 こうなれば、隣の空き部屋を――。


「すげぇな」


 色気のある低い声が、可愛いもこもこグッズを褒める。

 一生懸命考えて作ったのだろう。部屋にテーブルをいくつか増やせば、全部置けるはずだ。

 ルークはもこもこへ手を伸ばし、頬をくすぐった。

 

 もこもこが「クマちゃ、クマちゃ」と喜び、彼の指にじゃれている。


「くっ! 一度戻って金貨を……!」


 ギルド職員は悔しそうに拳を握りしめた。


 全部欲しいが、手持ちの金では足りないだろう。

 戻ってくる前に売り切れていたらと思うと、迂闊に席を立つこともできない。


「…………」


 ウィルは悩ましい表情で、まだ出ていないアイテムのことを考えていた。

 あれは限定品だろうか。

 もしも手に入らなかったら、と思うだけで胸が苦しくなる。


 彼がもこもこへ視線を向けると、ちょうど闇色の球体がそれを並べたところだった。


「あれ、このアイテムクマちゃんいなくね? つーか、これ何?」


 リオはカウンターの上で「クマちゃ」と品物の確認をしているもこもこに尋ねた。

 見覚えがないわけではないが、今までのものとは違い、可愛いクマちゃんがくっついていない。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、これちゃん……』


 では、リオちゃんはこの『せちゅめいしょ』通りに、こちらの商品を組み立ててくだちゃい……、ともこもこは愛らしい声で彼に告げた。


「やべー『せちゅめいしょ』可愛すぎる……」


 リオはクシャっとしていない紙に書かれた、クマちゃんの芸術的な文字と絵を読みやすく整えたようなそれをじっと見た。

 魔法で作るとやや美化されるらしい。

 そう思うと、『クマちゃん可愛いねー』ともこもこを撫でまわしたくなってしまう。


「えーと、この丸いのが『酒場ちゃんの床』で、ここに『クマちゃんのお店』を置いて、その前に『宣伝カー』? あの台車『宣伝カー』って名前だったんだ……」 


 リオは小さくて可愛い模型を、子供が一生懸命描いたような手書きっぽい『せちゅめいしょ』通りに配置していった。

『カー』ってなんだろ……、と思わなくも無かったが、こちらを完成させるほうが先だろう。


 酒場と同じ色合いの、焦げ茶の床板を円形に切り抜いたような『酒場ちゃんの床』


 その上の中央より奥に、『クマちゃんのお店』の模型。


 お店のドアの左側に、『宣伝カー』という名の台車。


 お店の前の床に、酒場のテーブル席。


「あ、完成――」


『完成したっぽい』と言いかけた言葉が止まる。

 リオはふわ、と淡く光ったそれから目が離せなくなった。


 小さな『クマちゃんのお店』のドアが、チリン――と少しだけ開き、ちょこ、と小さなクマちゃんが顔を出したのだ。


 心臓が止まるほど驚いた彼が、自身の手の平にのせたそれを凝視していると、模型の上で動く小さなクマちゃんがちょこちょこ、とドアから出て来た。


 小さな小さなクマちゃんは、テーブル席を見上げ、お手々を口元に当て、ちょこちょこと移動し、台車の点検を始め、ちょこちょこ、とお店のドアへ近付き、中へ入ってしまった。


 あ、と思った瞬間に、小さなクマちゃんが少しだけドアから顔をのぞかせる。


 そして最後に、とても小さなお手々をちょっとだけ振り、チリン、とお店へ戻って行った。


「ヤベー……クマちゃんが……クマちゃんが……」


 リオは模型を持ったまま『クマちゃんが……』を繰り返した。

 この気持ちをどう表現したらいいのか、彼には分からなかった。


 ただひとつ言えるのは、これは誰にも渡さない。自分の物である、ということだけだ。


「リオ、彼らにも見せてあげたほうがいいのではない?」


 ウィルは少しだけ寂しそうな表情で、模型を持ったまま動かない男へ声を掛けた。

 誰にも見せたくない気持ちはよく分かる。

 自分も同じだからだ。


「……めっちゃ嫌なんだけど……。クマちゃんこれ俺が組み立てたから俺の分でいいよね」


 リオは心底嫌そうな顔で模型をカウンターに置いた。

 カツ、と小さな音が鳴り、手が離れる。


『クマちゃんのお店』にふれると魔法が発動するのか、小さなもこもこは再びチリン、とドアから顔をのぞかせた。


 彼らの体に衝撃が走る。


 誰も口を開かず、小さな小さなもこもこがちょこちょこと動き回る可愛いようすを見守る。


 誰かが隠れたもこもこを惜しみ、それに応えるかのように、もこもこが顔を出す。

 小さなお手々を振ったもこもこは、ほんの少しの時間で彼らを夢中にさせ、彼らの心を奪ったまま、小さなお店に消えてしまった。


「……あ~、なんというか……、この商品はいくつあるんだ?」

 

 最初に口を開いたのはマスターだった。

 大人げないと言われても、奪い合いに参加する気だった。


「これは俺のクマちゃんだから」


 リオはカウンターの中から所有権を主張した。

 見せてあげただけで、売る気はない。


「そんな……! 俺も欲しいです! 戦闘訓練するんで待っててください!」


 ギルド職員の男は、絶対に勝てない戦いだと分かっていても、小さな小さなクマちゃんを諦められなかった。


 あれほどすばらしい模型は見たことが無い。おそらく他の人間も見たことが無いはずだ。

 いったいいくら積めば買えるのだろう。途方もない金額の可能性もある。

 

 だが、あれがあれば仕事中にもクマちゃんに会えるのだ。

 

「……――」


 小さなクマちゃんの愛らしさに心臓をやられたクライヴは、震える手に氷の刃を握っていた。

 商品の数によってはすぐに戦いが始まるだろう。


 気絶することは許されない。

 あれが手に入らない未来など、彼には想像も出来なかった。



 保護者達とお客様の心をガタガタガタガタさせていることに気付いていないもこもこが、愛らしい声で説明を追加した。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『こちらちゃ、魔道具ちゃん……』


 こちらちゃんは『お仕事クマちゃん模型ちゃん』シリーズの第一弾です。色々な模型ちゃんがあります。

 魔道具に銀貨を入れるちゃんすると、何かの模型ちゃんがひとつ出てきます……、ともこもこが言っているような気がする。


「もっとくわしく聞きたいんだけど」


 リオは道具入れから銀貨をじゃらじゃらと出しながら、真剣な表情でもこもこを見た。

 まさか、あれの他にも小さな小さなクマちゃんが居るというのか。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、どうぞちゃん……』


 もこもこの『どうぞちゃん……』に合わせ、闇色の球体が現れ、何かを置いていった。


 カウンターの上にふよふよと浮かんでいるのは、まん丸で可愛いクマちゃん型魔道具だった。

 猫のような手に、口の開いた袋を持っている。


「可愛い……。この袋に入れればいいの?」


 早く模型を見たい男は答えを聞く前に銀貨を入れた。


 もこもこ型球体魔道具が、袋の中にお手々を入れ、ごそごそと探っている。

 そして猫っぽい手が、小さな袋を取り出し、彼に渡した。 


「ありがとー」


 リオはなんとなく礼を言い、袋を開けてみた。

 

 中から出てきたのは、酒場の天井付近に浮いている、アレだった。

 これは犬小屋、ではなく、もこもこシェフの控室――。


 ということは、この丸くくり抜かれた穴のような窓から、愛らしいシェフの格好をしたクマちゃんが、お顔を見せてくれるはず。 

 

「……クマちゃん、これどうやったらクマちゃん出てくんの?」


 出てくる気配がない。ふわ、と光ることもない。


 リオは、カウンターの上で彼を見上げ、可愛いお口をあけているクマちゃんを見た。

『もしや不良品なのでは……』と。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『呼び鈴ちゃん、ペンちゃん、メモ帳ちゃん……』


 呼び鈴ちゃんと、ペンとメモ帳を集めて、『せちゅめいしょ』通りに配置してくだちゃい……、ともこもこは愛らしい声で丁寧に、彼に説明してくれた。


「めっちゃ今すぐ見たいんだけど」


 大人げない男が赤ちゃんクマちゃんにクレームをつける。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『呼び鈴ちゃん、ペンちゃん、メモ帳ちゃん……』


 呼び鈴ちゃんと、ペンとメモ帳を集めて、『せちゅめいしょ』通りに配置してくだちゃい……、ともこもこは愛らしい声で丁寧に、同じ説明を繰り返した。


 まるで『ニャー』と言ったあとにまったく同じ音程で『ニャー』と言う猫ちゃんのようだ。

 時間が巻き戻ったのかもしれない。


「わかった……。じゃあ三枚追加で」


 店長は副店長に難癖をつけるのを止め、魔道具の袋へ銀貨を入れた。

 製作者と同じく動きがおっとりしている魔道具が、袋から小袋を出すのを待つ。


 リオは「ありがとー」と礼をいいつつ、素早くそれを開いた。


 中から出てきたのは、見覚えのある机の模型と、クマちゃんのお店だが壁のない、店の中が見える模型と、温泉の模型だった。


「やばい。やばすぎる。今すぐ全部見たいのにまったく集まる気がしない」


 リオは真面目な表情で滑舌よく苦情を言った。

 なんという恐ろしい商品だ。

 こんなことがあっていいのか。全部買うから商品を並べてくれ。


「――リオ、先に買わせて欲しいのだけれど」


 ウィルはさきほどクマちゃんと話したことを思い出した。


『たくさん集める』『飾れるものがいい』


 もこもこは彼の願いを叶えてくれたらしい。

 愛らし過ぎて胸が痛い。


 あれは、クマちゃんが彼のために作ってくれたアイテムだ。

 ひとつ残らず集めて、もこもこが驚くほど最高の状態で飾ってみせよう。

 

「では、次は俺が――」


 吹雪を纏う死神はカウンターに銀貨を積み上げ、魔道具が凍ってもおかしくないほど冷たい視線を向けた。


「じゃあその次は俺だな。あの机は俺の執務机に見えるが……、他に何を集めればいいんだ? まさか、書類か?」


 大人げないマスターも、自身の前に銀貨を出していた。

 小さな小さなもこもこがどんな姿で現れるのか、楽しみで仕方がない。 

 

「あ、じゃあその次いいですか? 駄目って言われてもやりますけど」


 慎みを捨てたギルド職員はリオの方を見ないようにしながら、ありったけの銀貨を出した。

 これで足りるだろうか。


 最初にみせてもらった『クマちゃんグッズ』も絶対に欲しい。

 こうなったら全部集まるまで、ここに住ませてもらうしかない。 

 

「いやどう考えても俺が最初でしょ! 分かった……。じゃあ交代でやろ」



 大人げない保護者達が、銀貨を次々と魔道具が持つ袋の中へ放り込んでいる。

 彼らはまん丸な魔道具ちゃんがごそごそ……、と袋から小袋を取り出すたびに一喜一憂していた。


「もしかすると、すべてが集まらないと説明書が――」


「おい、お前がさっき当てたもんを見せて欲しいんだが――」


「なんか別のやつがどんどん増えるんだけど……」


「駄目だ……! 銀貨が足りない……。マスター両替してください!」


「これは――!」



 ルークはもこもこを抱え「良かったな」と言った。


 彼の真横では銀貨をすべて失った男が「マスター! お願いします! 二十枚……いや五十枚でいいんで!」と両替への強い想いを叫び、良くはない感じになっていたが、その程度では無神経な男の意見を変えることはできない。


 大雑把な魔王様は最愛のもこもこが喜んでいるのなら大体のことは『良かったな』で片付ける。

 

 皆が楽しそうなのが嬉しい赤ちゃんクマちゃんは「クマちゃ」と彼に甘え、彼の手に肉球をのせた。


 別荘ちゃんと宮殿ちゃんにもクマちゃんグッズを飾りたいですね……、と。

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