第286話 お野菜の使い道。もこもこシェフのオススメ料理『ピヂャちゃん』

 ルークに抱えられお店に帰ってきたクマちゃんは、リオちゃんがたくさん購入するお野菜の使い道について考えていた。


 お野菜ちゃんがたくちゃん……。


 たくちゃんおやちゃいを使うお料理ちゃん……。


 むむむ、と悩んでいたクマちゃんの頭に、お料理の映像が過ぎった。

 薄い生地の上に、薄く切られたおやちゃいがたくさん並んでいる。


 天才シェフクマちゃんにはすぐに分かった。

 あれは、ピヂャちゃんである。



 南国風の植物と新しい建物の香りが漂う場所に、癒しの風がふわりと通り抜けた。

 中央で淡く光るプールに、波紋が広がる。


 もこもこ達の店に球状の闇が広がり、中から五人と一匹とお兄さんが現れた。


 先程までよその森にいた彼らが村で唯一の高級レストランに帰るのは一瞬だった。


 もこもこを抱えたルークが、慣れたようにカウンター席に座る。

 リオはカウンター内へ向かい、ウィル達もそれぞれの席へ戻った。


 お兄さんはカウンター付近の席にゆったりと座り、すぐに瞳を閉じてしまった。



 もこもこ依頼掲示板が、酒瓶の並ぶ棚の前にふわふわと移動する。


 映像の中では人形達が『美味しいおやちゃいの育て方』という本を囲み、話し合っていた。


『お前ら良く聞け――。いち、種をまく。に、水をまく。さん、みんなでお願いをする。よん、収穫する……聞いてなかったクソ野郎は湖三周の刑だ』


『これが天使の農作業ですか……』


『たぶん三番が一番難しいっすねー』


『お頭! お願いとゆすりはどう違うんっすか!』


『だるいけど天使がいうなら……』



「いや本読む前に服着るべきでしょ」


 リオは目を覚まして早々に本読みをさせられているお頭人形へ、不憫なものを見る目を向けた。

 

 保護者達がリオの斜め後方に浮かぶ掲示板をなんとはなしに眺めていると、お目目をうるうるさせたもこもこが、謎の言葉を呟いた。


「クマちゃ……」

『ピヂャちゃん……』


「どしたのクマちゃん。疲れちゃった?」


 新米ママは我が子が発する謎の言葉を聞かなかったことにしつつ尋ねた。

 何でも警戒する男は危険な呪文かもしれない『ピヂャ』も警戒していた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『ピヂャちゃ、つくるちゃん……』


 本日の夕ご飯は、ピヂャ職人クマちゃんが皆さまのためにおやちゃいたっぷりの美味しいピヂャを作ろうと思います……、ともこもこした職人が彼に答える。


「『おやちゃいたっぷり』がすでに不穏だよね。たっぷりお野菜がどっから来んのか聞きたいんだけど」


「聞いたことのない料理だな……、白いのの故郷の料理か?」


「うーん。僕も聞いたことがない料理名だけれど、シェフの料理はどれも素晴らしいものばかりだからね。リオ、クマちゃんに失礼なことを言ってはいけないよ」


「いらねぇなら貰ってやる」


 ルークはもこもこシェフを撫でながら、微かに目を細めた。

 文句があるなら食うな、と。


 シェフは彼の腕の中で、両手でキュム、と掴んだメモ帳にお顔をピタリとくっつけ、ふんふんふんふんしていた。

 お料理の構想を練るのに忙しいらしい。


「では半分は俺がいただこう。料理人に敬意を払わぬ奴に食わせる必要はないだろう」

  

「あげるわけないじゃん! クマちゃんが一生懸命作ったもんいらないわけないでしょ。俺とクマちゃんめっちゃ仲良しだし。つーかそれ自分達が食いたいだけ――」


 最後に余計なことをいった男に氷塊が飛ぶ前に、もこもこが「クマちゃ……」と愛らしい声をだした。


 両手の肉球をもこもこのお口に当てたクマちゃんが、つぶらな瞳を輝かせ、リオを見ている。


『めちゃちゃん……』と。


「クマちゃん可愛い……。不穏とか言ってごめんね。なんか手伝おっか?」


 リオは『たっぷりおやちゃい』の生産者と購入者を気にするのを止め、いつも通り可愛らしいもこもこと仲良く作業をすることにした。


 もこもこは「クマちゃ……」と愛らしく頷いた。

『ご依頼ちゃん……』と。 

 


 ルークがもこもこの首に可愛いコックタイを着け、シェフの身支度をする。

 もこもこが『クマちゃんは格好良くなりましたか?』と心配そうに彼を見上げている。


 彼はもこもこの頬を指先でくすぐると、いつでも可愛いもこもこをカウンターの上に優しく降ろした。


 大好きな彼の腕が恋しいもこもこがキュオ、と寂しげに鳴き、両手の肉球を伸ばす。


「はいクマちゃんはこっち」


 リオは甘えっこなシェフをもふ、と両手でつかまえ「お手々綺麗にしようねー」と声を掛けた。


 素直で良い子なもこもこが「クマちゃ……」と頷く。


 一人と一匹は仲良く準備を整えると、仲良く『ピヂャ作り』を開始した。



 リオの腕に抱えられたシェフが『はじめてのりょうり』を「クマちゃ、クマちゃ……、クマちゃ、クマちゃ……」と読み上げてゆく。


「えーと、クマちゃん、粉、クマちゃん、クマちゃん……もこもこの粉? これ? えーと、次はクマちゃんと……砂糖とクマちゃん……、オリーブ油とクマちゃん、塩とクマちゃん……、クマちゃんとクマちゃん……」


 シェフを抱えたリオは床に片膝を突き、もこもこを撫で、何でも入っている『ひんやりした箱』の中から材料を取り出し、もこもこを撫で、「えーと、クマちゃんとクマちゃんと……今日材料多くね?」と呟きながらもこもこを撫で続けた。


 

 取り出した材料を、正面にドアがついた四角いクマちゃん型魔道具の横に置く。

 それらはパッと消え、――クマちゃ~ん――という音声と共に、調理台のまな板の上に、生地らしきものが現れた。


「これもクッキーみたいな感じ?」


 調理補助リオはかすれ気味の声で、調理台に立つシェフに尋ねた。

 夕食後のデザートだろうか。

 

「クマちゃ、クマちゃ……」

『魔道具ちゃ、必要ちゃん……』


 魔道具ちゃんが必要ですね……、とシェフが彼に答え、鞄からごそごそと素材を取り出す。


 シェフの足元に、丸い積み木のような木材がコロコロと転がった。

 

「これを白き職人へ――」


 潜められた冷たい美声が、リオにかけられる。


 紳士的なお客様は魔法で出した冷水で魔石を洗い、冷凍魔石のように冷えたそれを静かに並べていった。

「いや冷たいんだけど」というリオの苦情を聞いてくれるものはいない。

  

  

 集中力を高めたクマちゃんが、小さな黒い湿ったお鼻にキュッと力を入れ、願いをこめて杖を振る。


 コロコロの木材と二つの魔石が、癒しの光に包まれ、ひとつになる。

 

 完成した魔道具は、木製のお玉を塞いでひっくり返し、丸い部分にクマちゃんのお顔を描いたような形状だった。

 端には可愛いお耳がふたつ、ちょこんと付いている。


 もこもこした魔法使いが「クマちゃ……」と様々な素材を取り出し、続けて魔法を使う。


 輝く素材と魔石が細かな光の粒になり、大きな魔道具へと変わってゆく。


 円形に並ぶレンガの土台に載せられた真っ白なそれは、半球状の窯のように見えた。

 カウンター内の通路を塞ぐほど大きなそれが、プカプカと宙に浮いている。


 入り口はあまり高さが無く、平たいものを入れて焼くのに適した形だった。


「なにこれ、窯? クマちゃんの顔付いてる。可愛いねー」


 リオは自身の真横に浮かぶやや邪魔なクマちゃん窯、可愛いお耳付き、を眺めつつ、もこもこを抱き上げた。

 可愛いものを見ると、もこもこを可愛がりたくなるのはなぜなのだろうか。


 彼がシェフを撫でまわし、もこもこが「クマちゃ、クマちゃ」と愛らしく喜ぶ。


 大変だ。毛並みが乱れてしまった。

 料理中にもこもこを撫でても誰も怒らないが、被毛の乱れには厳しい。

 リオはもこもこの保護者達から小言を言われるまえに、そっと逆立った毛を整えた。



 調理台にはケーキの飾りつけなどに使用する木製の回転台が置かれていた。

 シェフの指示に従い、リオが設置したものだ。


 台の前に立つシェフの肉球には、今しがた作ったばかりの、木製クマちゃんハンマーのような魔道具が握られている。


「木槌……じゃないよね。なんだろ」


 リオの疑問にシェフが答える。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、生地ちゃん……』


 では、リオちゃんはクマちゃんの前に、ちぎった生地ちゃんを置いてくだちゃい……、と。 


「その台にのせたらいいの?」


 調理補助リオは自身の手を魔法で浄化し、まな板の上の生地を適当に千切り、もこもこシェフの指示通り、回転台の上にのせた。


 子猫のようなシェフが「クマちゃ」と生地に魔道具を近付け、ポコン、と叩く。


 動きが気になるもこもこから目を離し台を見ると、千切っただけだったものは薄くのばされ、綺麗な円形になっていた。


「おー。すげー。平らなパン? これを焼く感じ?」


 もこもこの作る謎の料理『ピヂャ』を知らない男がうっかり、シェフに質問をした。

『そのまま?』と。


 思い出してしまったシェフがハッとしたようにリオへ答える。


「クマちゃ!」

『おやちゃちゃん!』


 リオちゃん、早くおやちゃいを買ってくだちゃい! と。


「えぇ……。さすがにまだ出来てなくね? お兄さんから買っていい?」


 察してしまったリオはさりげなく断った。

『裸のお頭がつくった野菜はちょっと……』と。

 

 だが彼が掲示板を見なくても、代わりに見てくれる保護者達は四人もいるのだ。


「あ~、出来てるな。大喜びしてるぞ」


「本当だね。『俺たちの野菜』といって、涙を流しているよ」


「とっととやれ」


 腕を組んだ美麗な魔王が、無表情のままリオを見ている。

『細けぇな』と。


「やつらが持っているのは、白いのが置いていった魔道具ではないのか――」


 死神が凍てつく視線を向けているのは『困った時はこちらちゃん』という名の魔道具だった。



 掲示板から――キュオー――キュオー――と、赤ちゃんクマちゃんが困っている時のような、可愛い音声が流れてきた。


 大変ちゃーん――大変ちゃーん――と聞こえる気がする。

 

 かけらも困っていないように見えた盗賊達は、たった数秒で緊急用の魔道具を使うほどの事態に陥ってしまったようだ。


 人形達の映像の上を、まるで彼らの心の叫びをあらわすかのように、ピカピカと激しく輝く文字が流れてゆく。



『――トマト十個――じゃがいも十五個――バジルひとカゴ――たまねぎ八個――』



「あいつら『困る』って言葉知らないんじゃない?」


 リオは輝く文字の中にときどき紛れ込む『奥さん、良い野菜ありますよ』『盗んでません。作ったんです』『究極激安ピーマン、略してピーマン』という、緊急とは程遠い文言へ冷たい視線を向けた。



 彼らの心の叫びを知ったシェフは「クマちゃ……!」と、一番欲しい商品をリオに伝えた。


『トマトちゃ……!』と。

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