第284話 頑張るもこもこにやられるお頭。称賛する保護者達。

『コレさえあれば……』と言いながら悪いことをしている人達の『コレ』をポイするため、クマちゃんはもう一度、震える肉球でこん棒ちゃんを操作した。


 うむ。きっとアレがあるから良くないことをしたくなるのである。



 もこもこ依頼掲示板に映った映像の、可愛い人形達がざわつくなか、子猫の手にそっくりなこん棒『クマちゃんの手』がお頭人形へ近付いてゆく。


『くそ……』と言いながら立ち上がった人形はポヨン……、という可愛い音と共に、床へと戻った。

 

『ゴン』と。


 クマちゃんは愛らしい声で「クマちゃ……」と言うと、左手の肉球をペロペロした。

 狙っていたアレが上手く取れず、もどかしい思いをしているらしい。

 湿ったお鼻の上には皺が寄っていた。


『ニャーニャーニャー』と諦めの悪い猫ちゃんのようなクマちゃんが、倒れたままの人形を震えるお手々で持った棒でポヨヨヨとつつく。


 ブルブルブルブル……! 


 お頭人形も振動している。

 周りの手下達が騒いでいる。


『お頭! 倒れすぎっすよ!』


『床拭いてから起き上がった方がいいんじゃないですかねー』


『膝やったんじゃねーの……? 薬とかないんだけど……』


『床の水で膝を……? 取り合えずベッドに運ぶか』



 膝をやったことになったお頭人形が、何も知らない手下たちの手でサササとベッドに運ばれてゆく。

 

 もこもこの悲し気な声が響いた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『取れないちゃ、次ちゃん……』


 アレが取れませんでちた……。クマちゃんは次こそ頑張るちゃん……、と。 


「クマちゃん待って待って。これ以上ポヨンポヨンしたら大変なことになっちゃうから。お頭が風呂行くまで待と」


「あ~。そうだな。さすがに風呂の中までは持って行かねぇだろ」


 リオとマスターはもこもこに一度肉球を止めるよう伝えた。


 癒しのもこもこの棒でつつかれ一時的に力が抜けても、肉体的には癒されるだけのはずだ。

 しかし頭が床にゴンゴンぶつかっているのが少々気になる。


 もしも大変なことになったら赤ちゃんクマちゃんがキュオーと泣いてしまう。

 冒険者をなめている盗賊には優しくない彼らが心配しているのは、愛らしいもこもこだけだった。



 お頭人形は『転んだんじゃない! 何者かが俺の体を突いたんだ!』と主張した。

 しかし零れた水の上で崩れ落ちた彼を見た手下人形達はそれを信じない。


『まぁまぁまぁ! 風呂に入ればやっちまった膝も良くなりますって!』


『誰にでも転ぶことくらいありますよ』


『床も拭いておいたんでー』


『だる……』


『どうでもいいから早く風呂に入れ』という雰囲気の手下達にキラキラな目を吊り上げたまま、お頭人形はササッ! と急ぎ足で風呂のドアに近づき、シュッ! と中に入った。


 お頭人形はくるくると動き回り、風呂やドアを確認しているようだ。


「すっげぇ警戒してんねー」


 リオはややだらしない格好でテーブルに凭れながら人形を眺めた。

 早く『アレ』を手放せば楽になれるのに、と。


「クマちゃ……」


 緊張したもこもこがキュム、と棒を握りしめる。

 

 

 お頭人形が動いた。

 風呂には危険がないと判断したのだろう。


 お頭人形がもぞもぞと服を脱ぎ、洗面台の横にそれを置く。

 薄橙色になった人形が、シャワーカーテンをごそごそと浴槽の外に出している。


 お頭は湯につかりたい派のようだ。


「クマちゃ……」


 もこもこが震える肉球を動かし、脱衣された服へ棒を近付ける。

 服が激しく左右に揺れている。


 飛び出した赤紫の玉が、カーン! とタイルに落ちた。


 風呂場に残されたのは壁に転がり跳ね返る玉、『なんだ?!』と閉めたばかりのカーテンを開いたお頭人形、もこもこが服の代わりに置いたものだけだった。


 掲示板の右下にはピコンと、『獲得アイテムちゃん』という文字が出ている。


「惜しい! クマちゃんめっちゃ惜しかったねー。あとちょっとだった感じ!」


「凄いぞ。頑張ったな」


「うーん。まったく気付かれずにここまで出来るなんて本当に凄いね。お頭がカーテンを閉め切る前に服を取るのは、熟練の冒険者でも難しいと思うよ」


「ああ」


「取るだけでなく、代わりまで置いてやるとは……。お前ほど慈悲深く愛らしい冒険者は他にいないだろう――」


 保護者達が「クマちゃ……、クマちゃ……」とお目目を潤ませるもこもこを褒めちぎる。


 彼らが心からそう思っていることを感じたもこもこは「クマちゃ……」とすぐに元気になった。

 

 風呂場では、お湯にゆっくりとつかる前に飛び出してきたお頭人形が転がる玉を踏み、ダーン! と派手に転んでいる。

 隣の部屋の手下は『お頭ぁ! また転んじまったんですかぁ!』『水難の相……』と話しているだけで、動く気はなさそうだった。


『俺の……、俺の服はどこだ……! なんだこれは……? 枕カバーと……請求書? 金貨一枚だと?! ふざけやがって!!』


 服の代わりに置かれていた超高額枕カバーと請求書に、それの着こなしを考えなければならなくなったお頭人形が怒り狂っている。

 薄橙からピンクへと近付いた人形の頭の上には『なんだこの落書きみたいな文字は!』と請求書の読みにくさに対する苦情も出ていた。


 子猫くらいの大きさの生き物ならすっぽりと中に入ってくつろぐことも出来るもこもこのオススメアイテムは、かなり不評のようだ。

 


「お頭めっちゃ切れてるじゃん。クマちゃんやるねぇ」


 リオは数分で犯人を追い詰め、服を奪い、神経をカリカリカリカリ――と煽った赤ちゃんクマちゃんに感心した。

 心優しいもこもこがお頭をおちょくっているとは思っていないが、やられたほうは『あなたには枕カバーがお似合いですよ』と馬鹿にされているように感じたに違いない。


『ふざけやがって!!』と言いながら枕カバーを両足に穿き、諦め、腰に巻こうとしているお頭人形は、彼を大変な目に遭わせているのがもこもこした赤ちゃんとそれが握る可愛い棒であることも、実はまったくふざけていないということも気付けないだろう。


 以前もこもこがお財布にしていたものとは別の、酒場の倉庫からいただいたホコリっぽい枕カバーを腰に巻いたお頭人形がシュッ! と風呂場のドアから体を半分出し『おい!』敵が――、と言いかけたときだった。


 もこもこが「クマちゃ……!」と果敢に子猫のお手々のような棒を伸ばす。


 くずおれるお頭人形。

 

 再び転がる赤紫の玉。


 可愛らしい『クマちゃんの手』がプルプルと追いかけ、奪取する。


 掲示板の右下に、ピコン、と『獲得アイテムちゃん』という文字が出た。


「すげー! クマちゃんおめでとー!」


「なるほどな。意識が手下にいってる時に奪ったのか。諦めずによく頑張ったな」


「今しかない、という素晴らしい一撃だったね」


「上手ぇな」


「ドアノブを掴んでいた脇腹を狙うとは……。あれではひとたまりもあるまい――」


 ついに妖しげな玉を奪ったもこもこを保護者達が称賛する。


 もこもこはルークに優しく撫でられ「クマちゃ、クマちゃ」と愛らしく喜んでいた。


 

『コレさえあれば』のコレが無くなったことに気付かない手下達は、ドアからはみ出し、起き上がらないお頭をベッドに運ぼうとした。


 お頭人形の頭上に吹き出しが出る。


『ふ……く……ろ、ま……もれ……』


 袋を守れ――と。


『風呂より膝守った方がいいっすよ!』


『袋っていったんじゃね……? どうでもいいけど……』


『えー、どうでもよくはないんじゃないですかー? じゃあ両方守りましょー』


『風呂で袋を守るのか……? お頭、服は……、いえそれは後でいいですね。先にお頭と袋を運びましょう』


 情報が錯綜し、盗賊達が迷走する。

 お頭人形は風呂へ戻され、袋も手下人形も風呂場の中へサササ、と入ってしまった。



「なんだろ。もう放っといてもいいような気がする」


「まぁ、そうだな。風呂に隠れていてもすぐに捕まるとは思うが……」


「あの玉をどこで手に入れたのかは気になるけれど……。このまま待っていても、その話をするかどうか分からないからね」


「帰るか」


「確かに……、天使のような生き物の癒しの力を弾くほど邪悪なものが、その辺に落ちていたとも考えにくい。誰かから盗んだのか、それとも遺跡でも見つけたのか――」


 狭い風呂場に籠城する盗賊達を眺めながら、もこもこの保護者達が赤紫色の玉について考えていると、子猫のようなもこもこの「クマちゃ、クマちゃ……」という声が聞こえた。


『邪悪ちゃ、治すちゃん……』


 邪悪なもののせいで悪い子になってしまった彼らを、クマちゃんが頑張って治療するちゃん……、と。


「いやあいつらが盗賊なのは玉のせいじゃないでしょ。普通『お頭』とか言わないからね」

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