第283話 もこもこ聞き込み調査。何かの犯人。迫る肉球。

 森の街とは違い、この街には犯罪ちゃがいるらしい。


 冒険ちゃクマちゃんは悪いことをする彼らを『駄目ですよ!』と叱りに行くため、酒場の彼らと同じように長い棒を装備した。


 うむ。とても強いクマちゃんになったような気がする。

 この姿を見れば『駄目ですよ!』と叱る前に『ごめんなさい』をしてくるだろう。



「待って待って。クマちゃんその棒いったん置いて」


 リオは『置いて』と言いつつ置く前にもこもこから棒を取り上げた。


 赤ちゃんクマちゃんが作った棒は凄いが、子猫のようなもこもこはヨチヨチしていて、動きがとても遅い。

 生まれたての子猫が伝説のつるぎを手に入れても使えないのと同じように、棒を持ってヨチヨチと歩くだけでは、敵に攻撃を当てることなど出来ない。


 勇敢なもこもこは武器を奪った男へ「クマちゃ……! クマちゃ……!」と愛らしい声で抗議をした。

『クマちゃんの……! クマちゃんの……!』と。


 もこもこを抱いているルークはいつものように『返してやれ』とは言わず、リオへ手のひらを向けた。

『寄越せ』と。


 リオは「えぇ……」と言いつつ、謎のこん棒『クマちゃんの手』をルークに手渡した。

 彼に渡すということは必然的にもこもこの肉球に渡るということだが、止められるはずもない。



「あ~、そうだな……。まずは、その『犯罪者』とやらが何をしたのか調べるのが先か」


 帰ることを諦めたマスターは顎鬚をさわり、難しい顔で掲示板に映る問題の建物を見た。


 着いてからそう時間は経っていないが、街の人間の表情は暗いものではなかった。

 子供まで噂が広がっているのに、大人達がまったく知らないということはないだろう。

 だが、一般の人間の会話の中に不穏なものはない。

 

 興味がないのか、それとも――、と彼が考えていると、もこもこが「クマちゃ……」と言った。


『聞き込みちゃん……』


 では、聞き込み調査ちゃんですね……、と。


「え、誰に?」


 リオが尋ねると、もこもこは「クマちゃ……」と自身の手に似た可愛らしい棒を掲示板へ向けた。


 棒がススス、と伸びてゆき『犯罪者』が潜んでいるらしいレンガ造りの建物へ近付く。

 子猫のお手々のような棒がそれを突くと、ポヨン、と音がした。


 掲示板の映像が一つの建物を大きく映したもの、看板に『宿屋』と描かれた映像へ変わる。

 可愛らしい絵の上には先程と同じように、『犯罪者ちゃん』の文字が。


「拡大も出来るんだ……」と嫌そうな声が響くなか、可愛い棒がもういちどポヨンと建物の絵にふれた。


 並べられた箱の中で可愛らしい人形達が動いている。

 それぞれの箱の上には『一階ちゃん』『二階ちゃん』『地下一階ちゃん』と書かれていた。


 一階の可愛い人形達はくるくると踊るように忙しなく動き回っている。


『できたやつから運んで!』


『おい! 誰か皿洗い! 溜まってるぞ!』


『誰か? みんな忙しいんだから自分でやって! 今日は一人お休みなんだから!』


『俺は料理長だぞ!』


『料理長は一生皿を洗わないつもりなの?!』


『そんなにいうなら洗ってやるよ! ピッカピカにな! 肉はお前が焼け!』


『ああこんがり焼いてやるわよ! あんたより上手にね!』


『夫婦喧嘩は別の時間にやってください!』


 彼らは客に出す夕食の準備と夫婦喧嘩で大変のようだ。


「えぇ……」


 リオは何でも丸見えなもこもこ依頼掲示板に肯定的でない声を出した。


 見なければいいのだが、可愛い人形劇の結末が気になり、つい続きを見てしまう。

 凄い魔道具だ。しかし見られる側にはなりたくない。


 まさか――この人形達に聞き込み調査をするつもりか。

 絶対に無理だ。

 皿を洗わされ、情報も得られないに違いない。


 それとも犯人に直接聞くつもりだろうか。

 だとしたら、それは聞き込み調査ではない。尋問である。


「これは……悪党よりも国の連中に見られるほうがまずいな……ん? なんで一部屋だけ黒いんだ?」


 マスターはあまりの衝撃にこめかみを揉んでいたが、顔をあげ、視界に入った絵に違和感を感じた。

 二階の一部分。おそらく他の場所と同じように部屋のあるところが、まるで切り取られたように黒くなっている。


「本当だね……。明かりが消えているというよりも、ここだけクマちゃんの力が届いていないような……」


「クマちゃんの癒しの力弾くとかありえなくね? 水の街の犯罪者ヤベー。クマちゃん危ないからお家帰ろ」


 凶悪犯罪など滅多に、否、まったくといっていいほどない、もしかしたら過去にはあったのかもしれないが、そうとう昔だろうというくらい平和な森の街では考えられない、犯罪者らしい犯罪者かもしれない。


 もこもこを危険な人間に近付けたくない新米ママは、大事な我が子に帰ろうといった。


 だが勇敢な冒険ちゃは忙しいらしい。

 ルークにお願いしてふわふわと宙に浮いたクマちゃんが、掲示板の方へ愛らしい猫かきで泳いでゆく。


「クマちゃ……! クマちゃ……!」


 ピンク色の肉球を交互にせっせと動かし、ふよふよと前に進む。


「それどころじゃないけどめっちゃ可愛い」


「うーん。とても一生懸命泳いでいるね。可愛らし過ぎて目が離せなくなってしまうよ」


「ああ」


「クライヴ、大丈夫か」


 事件よりもふわふわ灰色子猫帽姿で一生懸命肉球を動かすもこもこが気になってしまった彼らは、空中遊泳クマちゃんをじっと見守った。


 映像の右上にある黒い部分に辿り着いたもこもこは「クマちゃ!」と子猫のような声で叫んだ。


『故障ちゃん!』


 大変です! 故障しています! と。


「えぇ……故障じゃなくね? えーと、何て言ったらいいんだろ……。悪い人がその部屋で悪い魔道具使ってんじゃないかなー」


 リオは真の悪党を知らぬ赤ちゃんクマちゃんに丁寧に説明をした。


 魔道具ではなく個人の能力という可能性もあるが、生まれつきそんな力を持っているならどこかで噂になっているだろう。

 それに、特別魔力が多く扱いにも長けた人間が、魔力を遮断する超強力な結界を一部屋分、長時間張ることができたとして、それだけでどうにかなるとも思えない。


 ルークほどではないが、冒険者になる者の能力は総じて高い。


 一部屋をまるごと覆い、結界ですべての魔力を遮断しているのなら、生活に使う魔道具の力すら感じられないはずだ。

 怪しさ大爆発である。


 そんな部屋が近くにあれば『ここに犯人がいるんで壁壊していいっすか?』となるに決まっている。


 だがこの街の熟練の冒険者達は、街中にいる犯人を見つけられていないという。

 そのうえもこもこのとんでもない魔道具に映らないなど、ただ事ではない。


 そんなものがあるとは聞いたことがないが、気配と魔力を隠し、騎士や冒険者がその場を認識できなくなるような、ろくでもない魔道具でも使っているに違いない。



 クマちゃんは自身の後方から掛けられた声にゆっくりと頷き「クマちゃ……」と言った。


 故障ちゃんですね……、と。


「クマちゃん俺の話聞いてた?」



 掲示板の前で空中浮遊中の良い子なクマちゃんは彼のお話をしっかりと聞いていたが、考え事で忙しかった。


 高性能なお耳で『故障……じゃないかなー』をふんわり聞き取ると、子猫のお手々のような両手で故障してしまった黒い部分をカリカリカリカリ――、と引っかき始めた。


「クマちゃ……! クマちゃ……! クマちゃ……!」


『修理ちゃ……! クマちゃ……! 頑張って……!』と。



「可愛いすぎる……話聞けとか言えない……」


「とても愛らしいね。あんなに可愛らしいのであれば、どんなものでも直ってしまうのではないかな」


「ああ」


 保護者達がもこもこ修理工の愛らしさに胸を締め付けられたり、締め付けられすぎて瀕死になったり、しっかりしろと声を掛けたりしているあいだに、頑張ったクマちゃんのもこもこ修理は終わったらしい。


 掲示板から――クマちゃーん――、という声が響き、全体が癒しの光に包まれた。



 掲示板ちゃんレベルアップちゃーん! と。



 カリ……、とお手々の動きを止めたもこもこが寂しそうな声で「クマちゃ……」と呟く。


『おめちゃん……』と。


 哀愁の漂うもこもこの体がふわん、と横向きに回転し、両手がちょこちょこちょこ、と上下に動いた。


 ルークが魔力でもこもこの向きを変え、つられてお手々が動いたようだ。


「クマちゃん可愛いねー」


 リオは『レベルいちだけど』という言葉を飲み込み、もこもこ修理のおかげでレベルが上がったらしい掲示板を見た。


 黒くなっていた部分が消え、他の部屋と同じように丸見えになっている。


「え、犯人一人じゃないじゃん!」


「五人か? 結構いるな……」


 彼らは『犯人ちゃん』が複数いたことに驚いたが、それよりももこもこがルークのもとへ「クマちゃ……! クマちゃ……!」と泳いで帰ってくるのと、つぶらなお目目が少し潤んでいるのが気になった。


「え、可愛い。クマちゃん大丈夫?」


「リオ、本音が漏れてしまっているよ」


 もこもこが彼の腕の中に無事到着し、無事では無かった男がマスターに助け起こされているあいだに、可愛い人形姿の犯人達が会話を始めたのが見えた。



『あの冒険者はまだ下にいるのか? 何度来ても無駄だというのに、ご苦労なことだ』


『最近ずっと来てますよね。気付かれたんじゃないかと思ってヒヤッとしたんですが……上がってきても少しウロウロするだけで、すぐ下に戻ってますよ』


『たまに別の奴も来るんですけどー。ふつうにメシだけ食って帰ってますねー。あれは多分メシ食いに来てるだけですねー』


『だる……。べつんとこで仕事したほうが良くないっすか……?』


『びびってんじゃねぇよ馬鹿! アレさえあればぜってぇ捕まんねぇ。ですよね、お頭』


『ああ、コレさえあれば、な』


 可愛い人形達は冒険者を舐めているようだ。


 お頭と呼ばれるお目目がパッチリとした人形が持つ赤紫色の玉を見つめ『お頭格好いいです』『良い色してますねー』と持ち上げ、他の二人は『うぜぇ……』『俺に言ってんのかコノヤロー!』と揉めている。



「なんだろ……。思ったより凶悪な感じじゃなかった。つーかお頭の目キラキラしすぎじゃね?」


「うーん。部屋の隅にある袋から金貨がはみ出しているように見えるのだけれど、彼らは盗賊なのかな」


「近いうちに捕まんじゃねぇか」


「あの玉はなんだ……? 魔道具には見えんが……」


「純粋な生き物の癒しの力を弾くなど、悪質なものに違いあるまい――」


 

 犯人達の会話をしっかりと確認したクマちゃんは、少しだけ潤んでしまったお目目をキュム、と肉球で押さえ、キリリとお顔を上げた。


 犯人ちゃん達は丸い玉を使って悪いことをしているらしい。


『アレさえあれば』


『コレさえあれば』 


 むむ、と考えていたクマちゃんはハッと思いついた。

 アレやコレが無くなればいいのではないだろうか。


 ひらめいてしまったクマちゃんは、早速掲示板ちゃんへ素敵な棒を伸ばした。


 コレさえなければ――と。



 リオとウィルが「あ、お頭風呂入るっぽい」「うーん。見ない方がいいのかもしれないけれど、人形だから問題ないような気もするね」と話していた時だった。


 運悪く椅子から立ち上がってしまったお頭人形のほうへ、ススス、と子猫の手のような棒が伸びてゆく。


 ポヨン――。


 可愛らしい音が鳴り、パッチリお目目のお頭人形が、仰向けで倒れた。


 もこもこの超遠距離攻撃をくらったお頭人形の頭部辺りに『ゴツン』と、後頭部に何かが起こったことを感じさせる吹き出しが出ている。


『お、お頭!』


『いまゴツンって聞こえたよな!』


『なかなかの勢いでしたねー』


『うるさ……そこ水零れてる……』



 立ち上がって早々に寝ることになったお頭人形はもこもこのこん棒『クマちゃんの手』にやられ、力が抜けてしまっているようだ。

 妙にパッチリしたお目目をひらいたまま、なすすべなく床に転がっている。



「えぐい。見えざる手すぎる。あれはかわせない」


「不思議だね。掲示板をつついただけなのに。まだ起き上がれないところを見ると、癒しの魔力ではなく棒がぶつかったということなのかな」


「あ~、水が零れていたらしいが……。白いのの『こん棒』のせいだろうな……」


「天使のような白いのが作った、愛らしいこん棒が繰り出す突き……。これは天罰と言っても過言ではない――」


「すげぇな」


 素敵なこん棒を褒められたもこもこは「クマちゃ……」と愛らしく頷くと、肉球にキュム、と力を入れた。


『もう一度ちゃん……』


 アレが取れなかったようなので、クマちゃんはもう一度がんばりますちゃん……、と。

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