第280話 閃いてしまったクマちゃん。似て非なるもの。

 ルークに良い香りの泡でアワアワにされて幸せなクマちゃんは、現在『大好きな彼と一緒にたのしく冒険ちゃ生活を送るために必要なてきちゃん』について考えている。


 まちゅたーが言うには、ここには『てきちゃん』がいないから駄目で、クマちゃんが事件をたくさん解決したり、クマちゃんが倒せないてきちゃんが現れたりしたらいい感じらしい。


 うむ。クマちゃんはリオちゃんからの依頼をたくさん受けたが、そのなかに『てきちゃん』はいなかった。


 リオちゃんからの依頼をあと千回くらい受けたら出てくるのだろうか?


 しかし目の前で自分をアワアワにしている彼は、明日までに千回の依頼を出すほど困っているようには見えない。

 

「クマちゃんお口あけたままだと泡入っちゃうよ。閉じたほうがいいと思うんだけど」


 クマちゃんはハッとした。

 おそらくこれも依頼である。


 ゆっくりと頷き、クマちゃんが依頼を達成する瞬間を確認してもらう。


「めちゃくちゃゆっくり閉じてるし……」


 やはり『ドン! 依頼達成!』はしてくれないらしい。

 そして次の依頼がすぐにこない。


 あとでまちゅたーから凄い依頼を受ける予定だが、クマちゃんを七十五回褒めてからになるので少々お時間がかかる。


 由々しき事態である。

  

 クマちゃんはむむむ、と一生懸命考え、ハッと閃いた。


 依頼といえば掲示板である。

 色々な人からの依頼がたくさん集まる凄い掲示板を、クマちゃんとリオちゃんのお店に置いたらいいのではないだろうか。


 それなら、ルーク達も一緒にお仕事ができるはずである。

 クマちゃんの側でお仕事をすると約束してくれたまちゅたーも、クマちゃんと一緒に依頼を受けたいと言うかもしれない。


 うむ。これはパーティーが始まる前に作った方がいいだろう。



 癒しの力が広がるもこもこ天空露天風呂。

 淡い青に光る湯につかりながら、シャラン、シャラン、と綺麗な音を聞く。


 お花畑が出来たせいかあまり高くは飛ばず、キラキラと輝きが降ってくる様子が良く見える。


 美しいものを好むウィルは露天風呂の端へ寄り、朝とは違う景色を、静かに眺めていた。

 完成したときよりもキラキラしているらしい花畑は、ため息が出る程美しい。

 赤やピンク、白、薄紫の花が空からの光で煌めき、キラリ、キラリ、と雫を弾く。

 

 時間が経つと色が変わるらしく、少しずつ紫へと近付いてゆく花々はずっと見ていても飽きそうにない。



「マスターなんか元気なくね?」


「元気に決まってるだろ。余計なことを言うな! それよりお前には色々と言いたいことが――」


 リオに悪気はなかった。だがもこもこの近くで彼の健康を疑う発言は許されない。


「えぇ……」と面倒な気持ちを顔に出す彼と、「そういう態度も白いのの教育には――」と目つきを鋭くさせる彼に「クマちゃんが作った花畑はとても素敵だね。もうすぐ色が変わりそうだよ」と涼やかな声が掛かった。


『静かにして欲しい』と。

   


 もこもこを抱え温泉につかるルークは、クマちゃんが作った魔道具で映像を見ていた。

 瞳を閉じて癒しの湯を堪能しているお兄さんが、彼のために撮っておいたもこもこの愛らしい踊りだ。


「うめぇな」と彼が褒め、もこもこがキュ、と湿ったお鼻を鳴らす。


 パチャパチャ、とクマちゃんが肉球を動かし猫かきをすると、クライヴがもこもこを狙う死神のような視線を向けた。 

 伝説の舞か――、と。

 


 露天風呂から出た彼らの前に闇色の球体が現れ、花畑の中に大きなクッションをおいてゆく。


「お兄さんありがとー。これクマちゃんの宮殿のやつ?」 


 ゆったりと頷くお兄さんに視線や態度で礼を伝え、彼らは真っ白なそれに腰を下ろした。

 ここでもこもこをふわふわに乾かせ、ということだろう。



 紫から青、青から水色、水色から白、と少しずつ変化し、ふたたび薄いピンクに色付いて来た、宝石の降る花畑。

 空からの光でシャボン玉がふわり、と淡く光り、中の宝石がキラリと輝く。


 彼らは座り心地のいい巨大クッションでくつろぎ、お兄さんが出してくれた酒を飲みつつ、まったりともこもこを眺めていた。


 ルークの膝で仰向けのクマちゃんが、小さな舌を一生懸命動かしている。

 彼に優しく乾かされながら、一緒に毛繕いをしているつもりのようだ。

 

 シャラン、シャラン、と宝石がルークの結界にぶつかり、チャ――、チャ――、チャ――、と可愛らしい音が響く。 


「クマちゃん可愛い……湿ってて細い……」


「美しい花畑で愛らしいクマちゃんと過ごしていると、とても幸せな気持ちになるね」


「ああ」


「……――」


 のんびりとした時間が過ぎてゆく。



「…………」


 幸せな気持ちになっている場合ではないことを思い出したマスターは、片手で目元を隠し『宝石の花が咲き、宝石が降る花畑と、希少素材で作られた世界一美麗な織物しか置いていない布市場はどちらが目立つのか』と、答えがでたところでどうにもならないことを真剣に考えていた。



 お風呂上がりでふわふわもこもこなクマちゃんがルークに着せてもらったお洋服は、水色と白のストライブ柄で、ふちにレースがつけられている可愛らしいリボンだった。

 大き目の蝶々結びの真ん中に飾られたのは、青い宝石のブローチだ。


 クマちゃんが大好きな彼に贈った剣にも、青く輝く宝石が付いている。

 おそろいなことに気付いたクマちゃんは「クマちゃ……」と感動したように瞳を潤ませ、彼を見つめた。



「クマちゃんめちゃくちゃ可愛いじゃん!」


「真っ白なクマちゃんに良く似合う素敵な色だと思うよ。パーティーに相応しいリボンだね」


「可愛いな。お前は何を着ても似合うが……ん? そういえば腕にも……」


「お前ほどリボンと宝石の似合う生き物は他にいない――」



 みんなにお洋服を褒められたクマちゃんはハッとした。

 パーティーの前にアレを作らなければ。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『おにいちゃ、お店ちゃん……』


 お兄ちゃん、クマちゃんは急いでお店に戻らなければなりません……、ともこもこが言っているような気がする、とリオ達が考えているあいだに、闇色の球体は一瞬で彼らを飲み込んだ。



「ほんとやる前に一言いってほしいんだけど……」


 リオはぶつぶつ言いながらカウンターの中へ行き、グラスに冷えたジュースを注いだ。



 ルークはカウンター席に座り、愛らしく着飾ったもこもこを艶のあるそこへ降ろした。


「クマちゃ、クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……」


 もこもこが独り言をいいながら小さな鞄に手を入れ、何かを探している。

 子猫のようなお手々が、次々と何かを取り出してゆく。



「クマちゃんなんかつくんの?」


「そうか……、また何か増えるのか……」



 リオがグラスに口をつけつつもこもこに尋ね、ルークの右隣の席に座ったマスターが目元を押さえる。


 ウィルがルークの左の席へ行き、クライヴがその隣の席に着いた。



 クマちゃんは一生懸命考えながらお手々を動かしていた。

 掲示板に依頼がたくさん来ても、すべてを読むのは時間がかかるだろう。


 確認しやすいように、どこで何が起こっているのか簡単に分かるようにできないだろうか。


 むむ、とお口の周りをもふっとさせたクマちゃんの頭に、何かの映像が浮かぶ。


 それは、山や木、町、お城などが簡略化され、立体的な小さな絵になっているもののように見えた。


 分かりやすく可愛らしい絵の中で、人形のような小さな人間がトトト、と動いている。

 


 作るものを決めたクマちゃんはうむ。と頷いた。


◇ 


 カウンターに座った彼らが愛らしいもこもこを見守っていると、「クマちゃ……」と頷いたクマちゃんが真っ白な杖を取り出した。

 

 もこもこに愛情と金貨と魔石を注ぎたい死神が、取り出した石をスッとリオへ見せ、視線で合図をする。


「なに、その怪しい客と店員のやりとりみたいなやつ……」


 と言いつつ、カウンター内に立つリオは彼から受け取った魔石をもこもこの足元に並べた。



 準備が整ったことに気が付いたクマちゃんは「クマちゃーん」と彼らにお礼を言い、小さな黒い湿ったお鼻の上にキュ、と皺を寄せ、猫のようなお手々で真っ白な杖を振った。


 足元に転がる魔石や素材が輝き、カウンターに癒しの光が広がる。

 

 粒子となったキラキラは横幅一メートルほどの板状に広がり、――クマちゃーん――という愛らしい声を響かせ完成した。



 カウンターの上に浮かぶ半透明なそれは、魔道具のようだった。


 形状は横長の四角。角はやや丸い。魔道具の上に、小さな半透明クマちゃんがいる。

 いま映っているのは薄い水色の背景に、複数の白いメモが張り付けられた映像だった。メモの中の肉球マークが可愛らしい。


 たくさんあるメモには、それぞれに短い文章が書かれていた。


 映像の端にある下向きの矢印と、クマちゃんがお手々で下の方を指している絵が、大事なことを示している。

 

 別のページもある、と。


 肉球の付いたメモは現在映っている映像にはおさまり切らないほど、たくさんあるようだ。

 


「なにこの酒場の掲示板のちっちゃい版みたいなやつ。あ、上にちっちゃいクマちゃん乗ってる! しかもなんか全体的に可愛い気がする。酒場のよりこっちの掲示板のがいいじゃん。あっちにもクマちゃんの像いっぱい置いた方がいいんじゃね?」


「もしかして、可愛らしい文字で書かれているのは依頼なのかな。誰からの依頼なのだろう」


「待て待て待て! 依頼だと?! これが全部か? まさか、酒場のやつがこっちにも……『水の街に住む親子からの依頼ちゃん』? おい、水の街は王都の近くの街じゃねぇのか。なんでここに依頼が出るんだ」


「すげぇな」


「これは……肉球に……――」



 ざわつく彼らに「クマちゃ、クマちゃ……」と子猫のような声が掛けられた。


『依頼ちゃ、さわるちゃん……』


 その依頼ちゃんにふれると詳しいことが分かるはずです。では、冒険ちゃクマちゃんが実際にやってみましょう……、ともこもこした冒険ちゃが自身の近くにある、ちょうど先程マスターが見ていたメモへお手々を伸ばし、肉球でふれた。

  

 

 すべてのメモが消え、映像がパッと切り替わる。


 代わりに現れたのは、立体的だが妙に可愛らしい絵だ。

 

 中央で、三頭身よりも若干小さい人形のような男が、可愛らしい橋の上で、二頭身くらいの人形と向かい合っている。


 彼らの周りでは似たような人形達がちょこちょこと動き回り、時々その上に、楕円形の白いものが飛び出しているのが見えた。


『白いもの』には文字が書かれている。

『明日も仕事か……』『今日のご飯何にしよう』『石畳に苔が……』などの短い文章は、彼らの台詞のようだった。

 すぐに別の文字へと変わってしまうそれらが、繰り返されることはない。


 可愛らしい家の前で会話をしている人形達へ、視線を向ける。


『このあとあそこ行かない?』と浮かんだそれは、すぐに『甘い物が食べたくて』へ、その次は『クッキーと紅茶が美味しいお店』と切り替わり、別の人形の頭上には『いいねぇ~』『仕事のあとはやっぱり甘い物だよね~』と浮かんだ。


 まるで可愛い人形達が可愛らしい人形の街で暮らす様子を、上から眺めているかのようだ。



「なにこの可愛いの。すっげぇ! 面白れー。人形劇? あ、ここの人形転んで川に荷物落としたっぽい『俺の給料が!』だって。水の街やべー」

 

「ねぇリーダー。僕には別の街の人間が実際に生活をしている様子に見えるのだけれど」


「合ってんじゃねぇか」


「おいおいおい……。これが悪人の手に渡ったらとんでもないことになるぞ……」


「悪人など近付けさせない。白いのの作った愛らしい掲示板を、悪だくみをするような輩が目にすることはない」



 さらにざわつく保護者に、もこもこした冒険ちゃが「クマちゃ、クマちゃ……」と説明をする。


『今ちゃん、お話ちゃん……』


 親子ちゃんの会話が始まるようですね、おそらくこれがご依頼でしょう……、と。


「えぇ……」頼んだ覚えのない依頼で大変な思いをした男が、肯定的ではない声を上げた。

 クマちゃんの依頼って絶対本人達に頼まれてないやつじゃん、と。


 頼まれなくても困っていなくても解決してしまう凄肉球冒険ちゃのクマちゃんは「クマちゃ!」と彼を叱った。


 お静かにしてくだちゃい! と。


 ――えぇ……――。



 もこもこ依頼掲示板の中央で、人形の親子が会話を始めた。


『パパ。最近ね、街のお外に幽霊が出るんだって。お友達のシュシュちゃんが言ってたの。それでね、こん棒があれば倒せると思うんだけど、二本買ってくれない?』


『駄目に決まってるだろ! 危ないことを考えるんじゃない! それにお前が言ってるのは多分『あれ』のことだろう。とにかく、幽霊の件は大人達に任せておきなさい。……それより、なんで二本も必要なんだ。予備か?』


『あれってなぁに? パパは隠し事ばかりするからママが『また浮気かしら……』って心配するのよ。一本は私の彼氏の分よ。今夜は討伐デートなの』


『身に覚えがないんだが!? それに彼氏だと? 馬鹿なことを言うな! お前はまだ六歳だろう!』



 可愛らしい人形親子の少し嫌な会話に、リオは思わず呟いた。


「この『パパ』めっちゃ苦労してそう」


「随分とお転婆な……、というかませた子供だな……」


 マスターが渋い声で疲れたように答えると、もこもこした冒険ちゃが「クマちゃ、クマちゃ……」と愛らしい声で話し出した。


『クマちゃ、依頼ちゃ……』


 これはクマちゃんが怪しい幽霊ちゃんを格好良く説得したあとに、クマちゃんが作った可愛いこん棒ちゃんを、パパに二本買ってもらうご依頼ちゃんですね……、夜までに時間があるので、先にパーティーをしましょう、と。


「クマちゃんこの『パパ』めっちゃ疲れてるから夜くらい休ませてあげたほうがいいと思うんだけど」

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