第279話 格好いいルークにオススメな商品。「やばいやばい」「クマちゃ、クマちゃ……」

 店員クマちゃんにはやるべきことがあるのだ。

 はやく大好きなルークに似合う凄く格好いい商品をオススメしなくては。


 まちゅたーの気になる発言について考えるのはあとにしよう。


◇ 

 

 木目と艶が美しいカウンターの上で、白くてもこもこした店員が猫かきをしている。

 

 彼らが愛らしい踊りを眺めていると、店員の前に闇色の球体が現れた。

 商品が到着したようだ。


「クマちゃ……」


 それが素敵なものであることを確認し頷いた店員の前に置かれていたのは、細長い両刃の剣だった。


 純白と見まごうほど輝く真っ直ぐな刃。精妙な装飾のほどこされた漆黒の柄。

 艶麗に煌めく、黒の中の青い宝石。

 爆発しそうな癒しの力がゆらり、と漂い、美しい刃が形を変える。


 歪み一つない直線に見えていたそれが妖艶な曲線へ――、と彼らが魅惑的なもこもこ剣に心を奪われ、憑りつかれたように視線を送っていたときだった。


 真っ白な店員が「クマちゃ、クマちゃ……」と子猫のような声で彼らに告げた。


『お外ちゃ、移動ちゃん……』


 この商品ちゃんは広い場所のほうが素敵に見えるかもしれません。皆さまお外ちゃんへ移動ちゃんしてください……、と。



 壁も扉もないレストラン前。古木で作られたように見える板の道。

 目の前には、南国の植物に囲まれ癒しの水が輝く、美しいオアシスが広がっている。


「外じゃなくても大分やばい感じだったんだけど……。あの剣さぁ、綺麗っていうか、凄すぎてなんかぞわぞわしねぇ?」


「なんというか……、美しいだけじゃなく恐ろしさも感じるような……けれど、その妖艶な魅力から抜け出せなくなる……。思わず手に取ってしまったが最後、命が尽きるまで敵を屠り続けることになるのではないか……、と不安になる不思議な剣だね」


「いやそこまでは言ってない。……でもなんだろ、なんか『やばいやばい』って感じなんだよねあの剣。俺最初あれ見た時クマちゃん抱えて逃げたからね。お兄さんに戻されたけど」


「お前ら……。白いのが聞いたら悲しむだろ。『やばい』だの『手に取ったが最後』だのあいつを傷つけるようなことを言うな。……言いたいことは分かるが」


 一足先に店から出てきた保護者達は、妖し過ぎるもこもこ剣の感想を吐き出していた。

 湧き上がるそれらを黙っていることが出来なかったのだ。


 クライヴは自分専用のナイフに浮かび上がっては消える氷の結晶を見つめ、心を落ち着けていた。


 

 格好良く美しい、一度は持ってみたいが魂が止めろと叫ぶ妖しい剣を握った男が、愛らしい店員を抱え店から出てきた。

 もこもこした店員は「クマちゃ……、クマちゃ……」と彼に何かを説明している。


 黒衣の男は仲間達が立っている店先から数メートル進み、オアシスの前で立ち止まった。

 彼らの視線の先、背を向けて佇む男の右手で、問題の剣から癒しの光が零れている。


「うわ……普通に持ってるし。やべー。リーダーが持つともっとぞわぞわする」


「うーん。『根絶やし』という言葉が頭を過るのはなぜなのだろう」


「……もともとルークの持ち物だったと言われても納得しそうなほど違和感がねぇな。まぁ、白いのがアイツのために作ったんだから当然か」


「……――」



 ルークが左腕にもこもこを抱えたまま、己の魔力を青い宝石へ注ぐと、それは起こった。


 剣から二色の力が奔流となって溢れ出る。

 帯状に噴き出したそれらは螺旋を描き刃をめぐり、強い風を巻き起こしながら彼の背後へ流れてゆく。


 青と黒が光と影のように走り、後方に立っていたリオ達は思わずそれぞれの武器を構え、飛んで来たそれらを受け流した。


 癒しの力が彼らを傷つけることはない。

 だが、見た目がとにかく凄まじい。


「怖い怖い怖い! え、魔王じゃね? 何か青黒いんだけど! ヤバすぎでしょ!」


「……なんて美しいのだろう。見た目は黒いけれど、これも癒しの力なのではない? もしかすると彼の力に反応して色が変わる仕組みなのかもしれない。クマちゃんの作品は本当に芸術的だね。……魔力の王という意味なら、彼は間違いなく魔王だと思うのだけれど」


「……おいおいおい、なんだこれは……! ……いや、癒しの力か……本当にとんでもねぇな」


「なるほど……、ふれるだけで力が漲る――。人間は、あまりに美しいものを目にすると恐怖を感じるものなのか……」


「うーん。本当だね。ふれるだけで魔力が……、というよりすべての力が漲ってくるよ。倒せない敵など存在しないのではないか――と過信してしまいそうになるほど……。青い力と黒い力で、効果の違いがあったりするのかな」


「ふれるだけの『だけ』がぜんぜん『だけ』じゃないんだけど。ちょっとパンに塗るだけで美味しい……みたいに言われても騙されないし。うっかり信じてさわったら『めっちゃ漲ってきた』とか言いながら俺だけ吹き飛ばされるやつでしょ」



 彼らが見た目も力もとんでもない癒しのもこもこ剣に驚愕していると、ゆらり、と形が変わったそれを持った男が近付いて来た。

 

 その刃は美しい流線形の、まるで炎をつるぎにしたような姿だった。


 リオは思わず感想を述べた。

 

「なにその殺す気満々みたいな剣。怖いから仕舞って欲しいんだけど」


「そちらの形も美しいね。リーダーが『殺る気』ならどちらの形でも殺傷力に違いはないのではない?」


「おい、お前ら白いのの前で物騒な話をするな! ん? ……そもそも癒しの剣で何かを攻撃して、斬れるのか?」


「まさか……、それはあの美しい時計で何体殺れるか、と尋ねるようなものではないのか――」


 クライヴは恐ろしいことを考えた人間へ凍てつく視線を向け、冷然と意見した。


「クマちゃんの可愛い剣で敵殴るわけないじゃん! マスターひでー。この剣先の肉球のとこちゃんと見てたらそんなこと絶対言えないと思うんだけど」


 リオは先の丸い剣を彼らへ向け「ほらここ」と見せた。


「剣先の、肉球だと……――?」


「君が大切そうに拭いていた時から気になっていたのだけれど、そのつるぎは特別愛らしいね。真っ赤なリボンと白い羽も、とても素敵だと思うよ」


「剣先の肉球……。そうか……。そうだな……俺が悪かった……。形が武器なだけで、どれも白いのの真心が詰まった贈り物だ」



 彼の疑問はおかしなものではなかった。手に入れた剣の切れ味を気にしない冒険者のほうが珍しい。


 だが斬れるか斬れないかをもこもこに尋ねる前に『斬らない』という結論が出てしまった。

 これは自分たちの宝物なのだから、武器ではないと。


 クマちゃんが商品につけた値段は金貨一枚だ。

 銀貨ではなく金貨なのは『武器屋リオちゃん』の店主が金髪だから、という人間界の常識を無視した非常にもこもこした理由らしい。

 ――全財産をもこもこに渡したい男は例外である。


 そのうえお店屋さんごっこだと思っているもこもこは、あとで返そうとしてくるだろう。

 もこもこした店員は世界中から狙われそうな商品を問答無用で売りつけたわけではなく、『リオちゃん』が仲間に渡すものを一生懸命作り、それをオススメしてくれたのだ。

 

 愛らしく純粋なもこもこが贈ってくれたもので敵を攻撃するなど、とんでもないことだ。

 彼らは各々がオススメされた商品へ、もこもこを見るような眼差しを向けた。


 

「…………」


 ルークにはもこもこの剣が『悪を滅する』ものだと分かっていた。


 それを向けたものが『悪』であれば、必要な時に力を発揮するだろう。


 もこもこが「クマちゃ」と肉球を動かすと、彼のベルトに剣帯が取り付けられ、鞘が現れた。

 彼は魔力を注ぐのを止め、最初の形状に戻った剣を美麗な鞘へと仕舞った。


 無口で無表情な魔王のような男は、すでに答えが出ている話にわざわざ口を挟むような人間ではなかった。


 仕舞っておきたいなら好きにしろ、と見捨てているわけでもない。


 冒険者の彼らは瞬時に敵を分析し、適切な武器を選ぶ。

 もこもこの武器が必要になればおのずと気付く。放っておいても問題はない。

  

 ルークは自身の腕の中から彼を見上げ、『剣ちゃんは気に入ってくれましたか? 格好良いですか?』と心配そうに彼の言葉を待っているもこもこを指先であやすように擽り「すげぇな」と心から称賛した。

 


「クマちゃ……」と遠慮がちに彼らを誘うもこもこを連れ、ルーク達はもこもこ天空露天風呂への道を歩いていた。


『クマちゃん依頼達成おめでとうパーティー』の準備をしたいらしい。


 武器屋リオちゃんが『依頼って何の? つーかクマちゃんパーティーしすぎじゃね?』と冒険ちゃの愛らしい期待を打ち砕きかけたが、もこもこ愛護団体からの指導を受け『最近は夕飯のことパーティーっていうこともあるよね……』と頷いた。



「クマちゃんさっきの剣なんで黒いの出てたの? 白のほうがクマちゃんっぽくね?」


「クマちゃ、クマちゃ……」

『ルークちゃ、格好いいちゃん……』


「うーん。確かにリーダーには黒のほうが似合うだろうね」


「えぇ……格好いいとか似合うとかそういう問題じゃなくてあれのせいで魔王っぽいんだと思うんだけど」


「変わんねぇだろ」


「いや黒と白見比べて『大体一緒だね』っていう人間ほとんどいないからね。みんな感情持って生きてるから」


「クマちゃ、クマちゃ……」

『ルークちゃ、クマちゃ、一緒ちゃん……』


「クマちゃんとリーダー見比べて『大体一緒だね』っていう人間は多分別のとこ見てるよね。『生命体である』とか」


 仲良しな彼らが仲良く会話しながら進んでいると、マスターが眉間に皺を寄せ「ん?」と言った。


「何でこの道はこんなにキラキラしてるんだ?」


 板で作られた道に、輝く何かが落ちていた。

 彼は顔を顰めた。

 小石というには小さいそれらを透過した光が、七色の放射線状に広がっている。


「めっちゃデカい砂じゃね?」


 心当たりのないリオは適当に答えると、ルークの抱えているもこもこに手を伸ばし「クマちゃんこっちおいでー」と愛らしい我が子を抱き上げた。


「…………」


 マスターは眉間の皺を深くして、リオを見つめた。

 ずっともこもこと過ごしているお前が知らないはずがないだろう、と。



 露天風呂の前に到着したウィルは感動し、嬉しそうにもこもこに尋ねた。


「この素敵なお花畑もクマちゃんが作ったもの? 宝石の降る音がとても綺麗だね。温泉につかりながらこの景色を眺めることができるのも素晴らしいと思うよ」


「クマちゃ……」


「さっきよりキラキラになってんじゃん!」


「おいおいおい……。何でこう次々と……」

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