第275話 もこもこクイズ。輝きの中で悩むマスター。ご機嫌なリオ。
リオちゃんと『クマちゃん依頼達成おめでとうパーティー』をしていたクマちゃんのもとに、まちゅたーが『いい子だ』『頑張り屋で可愛い』と褒めに来てくれた。
きっとこれは『よぉ新人。調子はどうだ? 最近頑張ってるそうじゃねぇか。噂になってるぜ』というやつだろう。
うむ。冒険ちゃになると必ず言われる有名な台詞である。
『華麗な冒険ちゃ生活』について考えていたクマちゃんは、ハッとした。
まちゅたーがしようとしていることが、分かってしまったのだ。
次は噂になっている冒険ちゃクマちゃんの素敵なところを七十五個くらい言うはずである。
それから『実は、お前にやって欲しい依頼があるんだが……』と凄そうなお仕事の依頼をするのだ。
クマちゃんは少し心配になってしまった。
冒険ちゃになったばかりのクマちゃんに、素敵なところは七十五個もあるだろうか。
不安な気持ちで肉球のお手入れをしようとしたとき、クマちゃんの腕でシャララ、と素敵な音がした。
これは、仲良しのリオちゃんがクマちゃんのために作ってくれたブレスレットちゃんの音である。
勇気をもらったクマちゃんは、肉球でそっと左腕のリボンちゃんを撫でた。
うむ。足りなくても問題はない。
七十五個ではなく、七十五回褒めてもらおう。
◇
少しだけ眩しさがおさまってきた店内。
カウンター席に座っているマスターは、抱えたもこもこを優しく撫でていた。
『まちゅた』と甘えるように彼を呼び、一生懸命冒険ちゃ生活について話すもこもこは最高に愛らしい。
リオの背後、ジュースの瓶や酒瓶の置かれた棚へチラ、と視線を移す。
そこにはやつが『やばいやばい』と言いながら移動させたとんでもない剣が、酒瓶と一緒に飾られていた。
あれについて聞きたいが、もう少しもこもこに癒されてからのほうがいいだろう。
彼がもこもこの「クマちゃ」に、「そうか」と頷いていると、もこもこはハッとしたように動きを止めた。
「ん? どうした」
「あやしい……」
マスターは素直に心配し、村長は愛らしいもこもこを警戒した。
彼らが少しのあいだ見守っていると、「クマちゃ……」と小さく呟いたりもこもこ動いたりしていたクマちゃんが、ゆっくりと頷いた。
もこもこはマスターの腕のなかから彼を見上げ、子猫のような声で彼に話しかけた。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『まちゅた、クマちゃん……』
まちゅたー、クマちゃんは準備をいたします……、と言っているようだ。
「ん? 何の準備だ? お前はいつも頑張りすぎだからな。休んでいいんだぞ」
「あやしい……」
見つめ合う彼ともこもこを、リオはカウンター越しに警戒した。
もこもこがカウンターへヨチ、と降り立つ。
猫のようなお手々でごそごそと鞄をあさり、そこから取り出したのは紙とクレヨンだ。
何の紙だ――。マスターはもこもこではなく紙を警戒した。
今回は書類ではないようだ。
もこもこが一生懸命猫のようなお手々を動かす。
黒のクレヨンで描かれた、少し離れた二つの丸、真ん中に小さな丸がひとつ。
その周りをもこもこ、と線で囲い、その上にお耳らしき線をもこもこと描き入れている。
お顔のしたに描かれたのは真っ赤なリボンだ。
「白いのの絵か。上手だな」
マスターが優しく褒めると、もこもこがハッとしたようにお手々を止め、彼を見た。
「クマちゃ……」
『いっかいちゃ……』
「ん? 『いっかいちゃ』? 一回か?」
もこもこの愛らしい呟きにマスターが尋ねたが、もこもこはゆっくりと頷いただけだった。
闇色の球体が二枚目の紙を置き、肉球が別の色を握る。
灰色の髪と髭らしきもの。薄橙で塗られた肌。
目は弓型に引かれた黒い線だ。もこもこを見るときのマスターはいつも笑顔らしい。
「俺の絵か……。ありがとうな。良く描けてる」
もこもこが描いた可愛い似顔絵に彼が嬉しそうに笑うと、もこもこはふたたびハッとしたように動きを止め、「クマちゃ……」と頷いた。
何かが二回目らしい。
「クマちゃん俺は?」
リオがもこもこに似顔絵の催促をし、「おい、白いのの邪魔をするな」マスターがそれを止める。
一瞬手を止めたもこもこが「クマちゃ……」と何かを振り切るように作業へ戻る。
「クマちゃ……」
『おれちゃん……』
だが振り切るのに失敗したもこもこのお口から漏れたのは、俺はクマちゃん……という呟きだった。
紙に書かれたのは『お』という文字。
「お前のせいで白いのが混乱しただろう」
「えぇ……」
リオがマスターから叱られているあいだに、もこもこは新しい紙をお兄さんからもらい、作業をすすめた。
◇
『準備』を終えたクマちゃんは、スッとクレヨンを置いた。
「クマちゃ……」
と小さな声でマスターを呼び、さりげなく視線を紙へ誘導する。
「大体普段からお前は――」ともこもこに対する余計な発言についてマスターがリオへ注意していると、彼を呼ぶ愛らしい声が聞こえた。
「ん? 描けたのか?」
マスターは急いでもこもこへ視線を向けた。
リオを叱っていたせいでもこもこに寂しい思いをさせるなど、本末転倒だ。
カウンターはもこもこの描いた絵と文字で埋まっている。
文字の書かれている紙はいつもよりも小さいが、一枚に一文字書くのは変わらないらしい。
「随分たくさん描いたな……」
思わず小声で呟き、それを眺める。
もこもこの絵とマスターの絵。
マスターの絵の横には、白いリボンの絵が置かれている。
リボンのまわりに描かれているのは鎖だろうか。
彼は絵の下に並べられている文字を声に出して読んだ。
「『クマちゃん……その、リボン……ちゃん……どこ……で手に……入れた……の? 凄く……かわいい……ですね。うわさに……なって……ますよ』? その横のバツ印と数字はなんだ? 七十、五、横棒、また数字の二……」
ぐにゃぐにゃの文字をなんとか間違えずに読んだマスターは、文字よりも難しい問題にぶち当たった。
この記号と数字は一体何を示しているのか。
「クマちゃ……」
彼の言葉を聞いたクマちゃんは、もこもこのお口をサッと両手の肉球で押さえた。
早速『準備』の効果が出たようだ。
さりげないヒントのおかげで、クマちゃんの腕を飾る素敵なブレスレットに気付いてしまったらしい。
リオちゃんからもらった素敵なブレスレットさえあれば、七十五回褒めてもらうことなど簡単である。
準備の途中で二回褒めてもらい、今も一度『かわいい』と褒めてもらったので、あと七十二回褒めてもらえば、凄い依頼のお話が聞けるはずだ。
「七十三、七十三か……。おいリオ。何のことか分かるか」
文章よりも数字が気になってしまったマスターは難しい顔で顎鬚をさわり、カウンターの中で羽のついた剣を拭いている男に尋ねた。
「え、マスタークマちゃんのアレ見えないの? すげー可愛いじゃん。もっと褒めたほうがいいと思うなー」
もこもこが自分のあげた贈り物をさりげなく自慢したがっていることに気付いたリオは、もこもこへの愛おしさを隠し切れなかった。
すげー可愛い、と言いつつその目はもこもこだけを見つめている。
普段は人に見せない顔で嬉しそうに笑っている男の発言に、マスターは眉を寄せ「白いののアレ……?」ともこもこを観察した。
もこもこはアヒルさんに乗り込むと、一度カウンターの右側まで進み、マスターのほうへゆっくりと戻ってきた。
いつもは両方アヒルの頭にのせているお手々が、左だけ横に出されている。
もこもこがスー、と左のお手々を見せつけるように彼の目の前を通り過ぎると、リオが「はいもう一回ー」と言いながら最初の位置へ戻し、そこからまた、スーと彼の前を通り過ぎていった。
キラキラ、と輝きを放つ被毛に紛れ、何かがキラ、と光った。
「ん? いま腕が光ったな」
「クマちゃ……」
「マスターもっと良く見て」
マスターがギルド職員からの頼まれごとを忘れ、愛らしいもこもこクイズに時間を吸い取られていると、店の外から声が聞こえてきた。
「うーん。とても癒されるね。癒されすぎてそこらへんで眠ってしまいたくなるよ」
「好きにしろ」
「白いのの力が満ちている――」
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