第274話 見てしまったマスター。いつでも愛らしいもこもこ。「クマちゃ……」「そうか……」
格好良く変装をして格好良くお買い物をしてきたクマちゃんは、すぐに素敵なモン作りを再開した。
リオちゃんのお店は鍛冶職人クマちゃんのお隣に移転したようだ。
クマちゃんとお話できなくて寂しかったのだろう。
商品はまだ完成していないのでリオちゃんにはお見せできません――。
クマちゃんは彼に伝え、彼のお目目をムニュ、と隠した。
しかし、隠すなら花柄の布の方がいい、と彼にお断りされてしまった。
粘土がつめたかったのだろうか。
立派な鍛冶職人のクマちゃんは仲良しのリオちゃんと楽しく遊ぶ時間を削り、現在一生懸命お仕事をしている。
うむ。もっとピカピカしているほうが、いつも金色でキラキラしているリオちゃんも喜ぶだろう。
◇
可愛いもこもこの『クマちゃ……』に流されたリオは、お店屋さんごっこの場所をカウンターの端に移し、目に粘土を『クマちゃ……』され、断り、よく分からないまま、自身の手で目隠しの布を巻いた。
彼の右斜め前方から、キュ、という可愛らしい鳴き声や「クマちゃ……」という子猫のような声が聞こえてくる。
「めっちゃ気になる……」
目隠しをしていても、カウンターの上でもこもこがもこもこしているのが分かった。
四六時中一緒にいるせいだろうか。
いや、やつは初めて会ったときからもこもこしていた。
「クマちゃ……!」
愛らしい声と共に、カッ! と広がった光が目隠しをカッ! と超えた。
「ヤバすぎる。光り方がおかしい」
癒しの力で目も開けていられないほど輝く店内で、目の位置に花柄の布を巻いている男が冷静に呟く。
真っ白な空間に佇む以外に出来ることがない。
光りに溶け込みそうな男はこの店がこんなことになっている原因を思い浮かべた。
猫のようなお手々が、発光する宝石のようなものをこねこねこね! と捏ねているところを。
『クマちゃ……!』しているもこもこを止められる者などいない。
リオは悟りをひらき、スッとカウンターへ手を伸ばした。
◇
マスターはもこもことリオが過ごしている村――のような中庭へ行くため、展望台から湖へ抜け、イチゴ屋根の家へ向かっていた。
治療の終わった患者をどうすればいいか、とギルド職員から尋ねられたのだ。
聞かれたのは一度ではない。
質問ではなく『早くどうにかしてくれ』という催促だろう。
もこもこが『お客さん』を受け入れるためにつくった空間は、間違いなく広くて安全だ。
運動する場所も、ゆっくりと休める温泉もある。食い物に困ることもない。
村長はリオらしいが、客を入れるかどうかはもこもこに聞いてからに――、と考えていた彼の頭を過ぎる『人には見せないほうがいい』ものたち。
そのなかで一番目立つのは、もこもこが昼に作っていたものだ。
「布市場か……」
マスターは目元を隠すようにこめかみを揉みながら、村へと繋がるドアを開いた。
その瞬間、村に何かが起こっていることに気付く。
「おいおいおい……、何だ、この凄まじい力は――」
意識が飛びそうなほど、強い癒しの力を感じる。
肌が粟立つ。
何かとんでもないものと戦っているのでは――。
そんなわけはないと思いつつ、一階へと降りる魔法陣に乗った。
◇
さらに強く感じるようになったそれに顔を顰め、マスターは南国風民家を出た。
何かが起こっている場所を探す必要はなかった。
視線の先にある、この村唯一のレストランが巨大な光の柱に包まれているからだ。
「…………」
神降ろしをしていると言われてもまったく驚かない。
なんなら店が神々で満席になっていても驚きはしないだろう。
力の弱い人間なら一歩も動けないのではないか。
あの人間達は大丈夫か。
マスターは本来の目的を思い出す余裕もなく、もこもこ達のいる店へ急いだ。
◇
目を細めても眩しい。何故こんなことになっているのか。
一歩間違うと天に召されそうな癒しの光を浴びつつ、店内へと進む。
彼は瞼を下ろしたまま、ゆっくりと歩いた。
ポー…………、とおかしな音が響いている。
聞き覚えがある音だ。最近聞いたばかりな気もする。
マスターは店の中央にある罠のような水場を避け、もこもこの気配を探った。
――ポー…………――。
――クマちゃ……クマちゃ……シャン……シャン――。
目を開けたマスターは輝きの原因と、その前で笛を吹き、鈴を鳴らす楽しそうな一人と一匹を見た。
相変わらず仲が良く、幸せそうだ。
『そんなことをしている場合か!』とは言えそうにない。
光の柱の原因は、神話にでてくる武具ではないか――、というほど強い力を放っていた。
ポー…………と魂をどこかへ運ばれそうなマスターは、光のなかで『そうか……』と悟った。
神々で満席、ではなかったが、神々の武具でカウンターが埋まっているらしい。
ポー……と微妙に嫌な音に合わせ、愛らしい声で「クマちゃ……!」と言ったもこもこがシャン、と鈴を鳴らす。
するとカウンターに並べられているそれらが、まるで喜んでいるかのようにキラキラと輝きを増した。
優しいマスターはリオの笛を取り上げたり、その笛で殴ったりはしなかった。
冷静に、危険な行為を止めるよう告げる。
「リオ、いったんその笛を止めろ。白いのは、いい子だから鈴を鳴らすな」
彼は意識を失う前に、神々の武具を喜ばせる怪しい儀式を止めることに成功した。
「あれ、マスターここでなにやってんの? つーかめっちゃ光っててウケる」
「ぶっ殺されてぇか」
マスターは癒しの光のなかでも止められなかった暴言を吐いた。
だがすぐに優しい心を取り戻し、もこもこをそっと抱き上げる。
「あ~。もしかして、これは……白いのが作ったのか?」
「クマちゃ、クマちゃ……、クマちゃ、クマちゃ……」
『まちゅた、クマちゃ……、冒険ちゃ、お店屋ちゃ……』
子猫のような声で一生懸命お話するもこもこに、表情をゆるめた彼はふっと笑った。
「そうか……。冒険者になったのか。お前はほんとうに頑張り屋で可愛いな……」
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