第273話 暇な店主リオと、忍び寄るもこもこ。いつでも仲良しな一人と一匹。

 頑張って素敵なモンを作っていたクマちゃんは、焦っていた。


 仲良しな彼のお店は何時まで営業しているのだろうか。 

 急がないと、もしかしたらクマちゃんがお買い物をする前に閉店してしまうかもしれない。


 しかしクマちゃんは伝説のつるぎと可愛いモンをまだ少ししか作れていない。

 お仕事の途中でお買い物へ行ったら『クマちゃんは駄目!』と言われてしまうかもしれない。



 もこもこから『クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……』と言われたリオは、いつのまにかひとりでお店屋さんごっこをすることになっていた。



 ツヤツヤのカウンターに、もこもこが作った伝説のつるぎ、赤い笛、先程『冒険ちゃクマちゃん依頼達成おめでとうパーティー』で使った楽器が並べられている。


 その横に置かれた紙には『武器屋リオちゃん』の文字と、金髪の青年の絵。

 幼い子供が作ったような、手書きの可愛らしい看板だ。

 

 カウンター内にはにこりともしない金髪の青年がぼーっと立っている。


「…………」


 店主リオちゃんは近くのテーブル席を見つめたまま、伝説のつるぎを静かに手に取り、ふわふわの布でそっと拭いた。

 

 彼から熱い視線を送られているお兄さんは、片付けられていないパーティー会場で腕を組み、瞳を閉じたまま座っている。

 店主は理解した。


 高位な彼が『伝説のつるぎをひとつ――』と言ってくれることはない。


 孤独感に苛まれた店主が次に拭くものを選んでいたときだった。


 視界の端、ツヤツヤのカウンターに白いものが映り込む。

 小さくてもこもこしている。この色と形は――。


 もこもこした生き物がカウンターの端から『武器屋リオちゃん』の方へ、ヨチヨチ、ヨチヨチと少しずつ進んできている。


「…………」


 リオは『クマちゃん粘土遊び終わった?』と声を掛けようとしたが、それよりも気になることが出来た。


 もこもこの可愛いお顔が、黒いサングラスで隠されている。


「怪しい……」


 疑り深い店主が子猫のようなもこもこを疑う。

 

 ヨチ、と立ち止まったもこもこが、猫のような両手でサッとサングラスを押さえた。

 不安になってしまったらしい。

 もこもこもこもこと体を震わせている。

  

「うそうそ。全然あやしくないよー」


 彼は優しい声でもこもこを宥めた。

 どう見ても怪しいが、可愛いもこもこを怯えさせるのは良くない。


 もこもこは何事も無かったかのように、スッとサングラスからお手々をはなした。

 立ち止まったまま、斜めにかけているお魚さんの鞄をごそごそしている。


 もこもこが頷く。目的のものを発見したようだ。

 そこから出てきたのは、緑色のお財布だった。


 あれは、一昨日みんなで買い物へ出かけたときの――。


 両手の肉球でキュ、とお財布を掴んだもこもこが、ヨチヨチ、と彼の方へ近付いてくる。


 可愛い。一緒にお店屋さんごっこをしたくなったのだろう。


 リオはいつものようにもこもこを抱き上げたかったが、お客さん役のクマちゃんの邪魔をしてはいけないと手を引っ込めた。


『武器屋リオちゃん』の前までヨチヨチしたもこもこが、ヨチ、と立ち止まる。


「クマちゃん来てくれてありがとー。こねこね終わった?」


 店主リオちゃんは機嫌よく『可愛いお客さんのクマちゃん』を迎えた。

 お仕事終わった? と。


 サングラスをかけ、見覚えのある財布を持ったもこもこが、愛らしい声で「クマちゃ、クマちゃ……」と答える。


『クマちゃ、違うちゃ……』


 クマちゃんはリオちゃんの知っているクマちゃんではありません。クマちゃん違いです……、と。


 緑色のそれを握る猫のようなお手々に、キュ、と力が入っている。


「クマちゃんは俺の知っているクマちゃんではない……。しかし名前はクマちゃんである……」


 腕を組んだリオは難しい表情で頷き「お客さん……て呼んで欲しい感じ?」と探りを入れた。


 もこもこ界の『お店屋さんごっこ』は色々と複雑らしい。

 森の街の子供達の雑な遊び方とは勝手が違うようだ。


「なるほどぉ」と赤ちゃんクマちゃんを観察する彼に、愛らしい声が答えた。


「クマちゃ……」

『クマちゃん……』 


「へー。普通にクマちゃんでいいんだ……。クマちゃん何買う?」


「クマちゃ……」

『カスタネットちゃん……』


「あ……『伝説のつるぎ』は買ってくれないんだ……」


 大人の店主は子猫のようなもこもことのごっこ遊びに複雑な感情をいだきつつ、「はい。クマちゃん」と小さなカスタネットを愛らしいもこもこの前に差し出した。


「クマちゃ……」とお財布の中へ小さなお手々を入れたクマちゃんが、スッと金貨を取り出す。


「カスタネットたけー。……おつり渡すからちょっと待っててねー」


 余計なことを気にする店主はすぐに自身の道具入れから金貨を取り出し、カスタネットをのせている自身の手にそれを置いた。


 もこもこした生き物は彼の手へ子猫のようなお手々を伸ばし、それらを一つずつ鞄へ仕舞おうとしたが、金貨は重かったらしい。


「クマちゃ、クマチャーン……」

『おつりちゃ、いらないチャーン……』


 もこもこは彼に背を向け、ヨチヨチ、ヨチヨチと来た道を引き返していった。


「なにその『釣りはいらねぇ』みたいなやつ。クマちゃん変な事ばっか覚えすぎでしょ」


 店主はぶつぶつと文句を言いつつ、重い金貨を商品の横へ置いた。

 お兄さんに頼んでもこもこが持てる重さに変えてもらおう。


 彼はもこもこから受け取ったほうの金貨を眺め、ハッとした。

 前に見た物よりも、もこもこのお顔が白っぽくなっている。

 しかも、お顔の下には可愛らしいピンク色のリボンが付けられていた。


 裏側は――、肉球のピンク色が前よりも明るくなり、本物に近付いたように感じる。


「めっちゃ可愛くなってる……」


 店主が真面目な表情で呟く。


 造幣技術が上がったらしい。

 リオはふわふわの布で丁寧に『新・クマちゃん金貨』を包んだ。



 そして『武器屋リオちゃん』に、新たな客がやってくる。


 黒いサングラスをかけたアヒルさんに乗り、ふよふよと来店したのは、サングラスの目の部分に生花をつけたもこもこだった。


「なんでそこに付けようと思ったの?」

 

「クマちゃ……」

『すずちゃん……』


「しかもつるぎは買わないんだ……」


 

 頑張ってものづくりをしていた寂しがり屋なもこもこと、一人で店番ごっこをさせられていた青年は、結局いつも通り一緒に仲良くお店屋さんごっこを楽しんだ。



「今日は早く帰ってクマちゃんとゆっくり過ごしたいのだけれど」


「問題ねぇだろ」


「異存はない」


 森の奥で他の冒険者の戦闘を見守ったり、時々手助けをしたりしていたもこもこの保護者達は、彼らがそれなりに戦えていることを確認し、仕事を早めに切り上げることにした。


 視線の先では冒険者達が元気に戦っている。


『こえー!』


『いやいやいや大型モンスターが大型すぎる』


『さすがは大型モ……ンギャー!』


『大型モンギャー』


『新型か』


『生まれちまったか』


『おめでとうだな』


『お前ら真面目にやれって!』



 怪我人はひとりも出ていない。

 もこもこ飲料メーカーの〈野菜と果物のジュース〉を飲んでいる冒険者達は、大型モンスターが相手でも余裕がありそうだった。

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