第272話 依頼を達成したもこもこの正しい労い方。お兄さんの伝わりにくい手助け。
素敵なつるぎをもっと素敵にしたクマちゃんは、リオちゃんがそれを受け取り
『そうそう、これが欲しかったんだよね。ちょうど在庫が切れててさぁ。助かったよクマちゃん。またお願いね』
と冒険ちゃの仕事に満足した依頼主の決め台詞を言うのと、
『ドン! 依頼達成!』と宣言しながらクマちゃんの手帳に格好良く花丸を描き込んでくれるのをドキドキしながら待っていた。
◇
「やばい……。クマちゃんのお手々っぽくてめっちゃ可愛い。『クマちゃんのつるぎ』って感じ……」
リオは可愛くなった『伝説のつるぎ』を前に、どうするべきか悩んでいた。
彼の腕の中ではごそごそとお魚さんの鞄をあさったクマちゃんが、取り出した手帳をキュ、と胸の前で抱きしめている。
「なんか出てるけど……置いてったらかわいそうだし……」
クマちゃんっぽいアイテムに弱いリオはゴゴゴゴ……と溢れている尋常ではない力から目を逸らし、可愛さに屈した。
負けた男が真っ赤な縦笛を差しているベルトの反対側に――まるで双剣使いのように――可愛い羽がパタパタしている『伝説のつるぎ』を差す。
依頼主が依頼品を手に取った――。
もこもこのお手々にキュ、と力が入る。
可愛い頭のなかをめぐる『冒険ちゃの仕事に満足した依頼主の決め台詞』
「クマちゃん、『伝説のつるぎ』可愛くしてくれてありがと」
己に課せられた使命を知らぬ依頼主が枠からややはみ出す。
決められなかった男は自分のために魔法を使ってくれたもこもこを両手でもふ、と優しく抱き上げ、目の前に掲げた。
掲げられたもこもこの愛らしい頭が斜め前に傾き、湿ったお鼻の上に少しだけ皺が寄っている。
「え、なにその『判断が難しい』みたいな顔」
「複雑な表情すぎる……」新米ママは我が子と同じように複雑な表情で考え中のもこもこを見守った。
冒険ちゃクマちゃんがゆっくりと頷き、両手の肉球に持った手帳をスッと彼に見せる。
柔軟性のあるもこもこは答えを保留にし、もう一つのアレに期待することにしたのだ。
子猫のようなお手々が、彼のほうへ開いた手帳を差し出している。
左のページには『リオちゃんからの依頼』という文字と、依頼内容。
右のページには、もこもこが作った小さな黒板と、その上に猫のような両手をかけ、こちら側をこっそりと覗く小さなクマちゃんの絵が描かれていた。
凄く可愛い。だが彼の口から飛び出したのは、左のページについての苦情だ。
「いや俺頼んでな――」
いからね。と言ってはいけない一言を言いかけたリオの頭の中へ、ドン! と何かの映像が送られてきた。
大きな判子を持った大柄で筋肉質な男性が、何かの紙にドン! とそれを叩きつけるように押し付け『これでお前も一人前だな!』ガハハ! と大声で笑っている。
「いやちょっと意味わかんないし普通にやめて欲しいんだけど」
いきなり濃い映像を見せられたリオはガハハを送ってきた犯人、高位なお兄さんへ文句を言った。
迷惑にもほどがある。
判子おやじで人の脳を揺らすのはやめてほしい。
大事な情報を握っていた余計な情報。
混じり合うそれらはまるで判子おやじの肌着の迷彩柄のように、見るべきものを見えにくくしていた。
◇
『ドン! 依頼達成!』をしてもらえなかったクマちゃんが、ストレスの溜まった獣のようにお目目を吊り上げ、湿ったお鼻の上に皺を寄せ、肉球を齧っている。
「お鼻の皺も可愛いねー。めっちゃもこもこ」
冒険ちゃクマちゃんをご機嫌なもこもこにする方法が濃い映像の中にあったことを知らぬリオは、大事な我が子をもこもこもこもこと撫でまわしながらお店へ戻った。
彼らの通った道は、シャラン、シャランと落ちた小さな宝石でキラキラと美しく輝いていた。
◇
仲良しのリオちゃんにたくさん撫でられ満足したクマちゃんは、一分ほどで毎日幸せなもこもこへと戻った。
クマちゃんリオちゃんレストランのカウンター。
小さな黒板の横に立った冒険ちゃクマちゃんの、愛らしい声が響く。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『依頼ちゃ、達成ちゃ……』
最初の依頼を達成したクマちゃんは、冒険ちゃのおレベルがたくちゃん上がりました……、という意味のようだ。
「ほんとにぃ?」
もこもこのレベルが一であることを知っている男のいやらしい声が響く。
凄い物を作ってレベルが上がるのなら、もこもこのレベルはもっと高いはずだ。
そもそも赤ちゃんクマちゃんにレベルは必要だろうか。
だがこれほどの物を作ったのであれば――。
視線をチラ、と腰のベルトに引っ掛けている『伝説のつるぎ』へ移したリオが、冒険ちゃクマちゃんに尋ねる。
「いくつになった感じ?」
両手の肉球を胸元で交差させたクマちゃんがゆっくりと頷き「クマちゃ……」はっきりと答えた。
『一億レベル……』
「ハッタリかましすぎでしょ」
リオは大ぼらを吹くもこもこを抱き上げ『メッ!』と叱った。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、お祝いちゃん……』
『猫ちゃん駄目!』と叱る人間に『ニャー』と返す猫のようなもこもこは、ではさっそく依頼達成おめでとうのおちゃかパをしましょう……、と彼に答えた。
◇
冒険ちゃクマちゃんとリオ、腕を組み寝ているように見えるお兄さんが座るテーブル席に、紅茶やジュース、お酒、お菓子、魔法のお祝いクラッカー、鈴、笛、カスタネットなどが並べられている。
飲み物、お菓子、その他はお兄さんが瞳を閉じる前に闇色の球体で出してくれたものだ。
『おちゃかパ』とはお茶、お菓子、パーティーのことらしい。
「知ってた」
リオは頷いた。
もこもこのパーティーに参加させられたばかりの彼には簡単すぎる問題だった。
彼に抱えられているもこもこが、自身のパーティーの段取りを説明する。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『リオちゃ、あいさちゅちゃん……』
では依頼主のリオちゃんから、乾杯ちゃんの挨拶ちゃんをお願いいたします……、といっているようだ。
「えぇ……」
リオの心のパーティー会場が『いやそもそも……』とざわつく。
彼が視線を落とすと、可愛らしいもこもこはリオの腕に両手の肉球をかけ、期待のまなざしを向けている。
「……そうだよね。クマちゃんめっちゃ頑張ったし、いっぱいお祝いしよ」
リオは十人ほどいた『いやそもそも……』達を心のパーティー会場からスッと追い出した。
冒険ちゃクマちゃんは間違いなく頑張った。
頑張りすぎて彼の心臓が止まりかけたことなど、ささいなことだ。
リオはもこもこをそっとテーブルへ降ろし「クマちゃんおめでとー! めっちゃヤバいつるぎありがとー!」魔法のお祝いクラッカーを天井へ向け、パンと鳴らした。
魔法のお花や魔法の星がキラキラと、テーブルにいるクマちゃんへ降ってくる。
「クマちゃ、クマちゃ」
お祝いされた冒険ちゃクマちゃんは、両手の肉球をテチテチと叩き合わせ愛らしく自分を祝福していた。
仲良しな彼らは昼前と同じように一口ずつケーキを食べさせ合い、
「顎についたやつどっかいったんだけど!」
「クマちゃ……!」
何かを急いでいるらしいもこもこに急かされたリオが急いでポー…………と陰鬱な笛を吹く。
「クマちゃ……!」
「え? カウンター戻るの?」
彼らはパーティー会場を片付けぬまま、最初の位置へと戻った。
◇
艶のあるカウンターに、白くてもこもこした生き物が映っている。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『つぎちゃ、依頼ちゃん……』
次の依頼ちゃんは、冒険ちゃクマちゃんのお仕事にほれ込んだリオちゃんからのご依頼です。伝説のつるぎの在庫切れですね。取り合えずニ十本欲しいそうです……、ともこもこは主張している。
「無理無理無理無理。これ以上ベルトにささんない。腰ミノみたいになっちゃうから。クマちゃん今日はもう冒険ちゃ終わりにしよ。赤ちゃんなのにお仕事詰め込みすぎだって。つーか俺の職業の設定なんなの。まさか伝説のつるぎ売ろうとしてるわけじゃないよね」
伝説と己の膝がぶつかりガチャガチャする未来が見える。
しかもニ十本。『取り合えず』とはなんなのか。
いや、今は考えるべきではない。本日のもこもこ活動は終了させよう――。
体は元気だが心が疲れているリオは。もこもこを止めようと早口で説得した。
「クマちゃ……」
残念ながらほとんど聞き取れなかったクマちゃんに分かったのは『もう腰ミノの時代は終わった』ということだけだった。
クマちゃんはお手々の先をくわえ、一生懸命考えている。
「クマちゃん作るなら武器やめて可愛いもんにしよ。お店屋さんごっこする?」リオはもこもこに話しかけながら、両手でもこもこもこもこした。
『ベルト』『腰ミノ』『伝説のつるぎ』『俺の職業』『売ろう』
『クマちゃん』『作る』『武器や』『可愛いもん』『お店屋さんごっこ』
考えごとの途中で話しかけられ、揉まれてしまったクマちゃんの頭の中ですべてが混ざり、彼の言葉で上書きされる。
「クマちゃん可愛いねー。めっちゃもこもこ」リオはもこもこを撫でまわしている。
クマちゃんは撫でまわされつつ、今回の依頼内容をざっくりと纏めた。
うむ。『鍛冶職人クマちゃんが売りモンと可愛いモンを作る。そのあいだ俺は伝説の武器屋さんごっこをしながら品モンが出来上がるのを待ってるモン』ということだろう。
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