第271話 頑張る冒険ちゃクマちゃんと、完成してしまった〝伝説のつるぎ〟
素敵なお花畑に凄い岩を設置したクマちゃんは、伝説のつるぎを刺すちゃんするため上空へ移動する準備をしている。
◇
「なんだろ……ヤバすぎてよくわかんなくなってきた……。これあの猫みたいな太陽より魔力詰まってるよね……。つーか爆発しそうで怖いんだけど……。めっちゃキラキラしてんじゃん……キラキラっつーか……これ宝石じゃね? デカ!!」
リオが視界に飛び込んできた情報と一人で戦っていると、彼の左膝で愛らしく歌ったり踊ったりしていたクマちゃんがキュ! と湿ったお鼻を鳴らし、肉球を止めた。
もこもこは彼の膝をふみふみしながら振り返り、愛らしい声で告げた。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『次ちゃん、仕上げちゃん……』
では、次は仕上げちゃんですね。クマちゃんはお着替えをしなければなりません……、という意味のようだ。
「いやドンってなったらクマちゃんの服も全部ビリビリー! ってなるから。お兄さんちょっと結界張って欲しいんだけど。クマちゃんここ危ないからあっちでお着替えしよ」
新米ママはやんわりと『美しい被毛が乱れる未来』を伝え両手でしっかりと我が子を抱きかかえると、高位で高貴なお兄さんに助けを求めた。
可愛いもこもこに『先に仕上がるのはお前だ』と言えるものはいない。
しかし『はじめての依頼』に夢中なもこもこに遠回しな言葉は通じないらしい。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、ヘルメットちゃ……』
クマちゃんは今からアヒルちゃんの操縦をするのでヘルメットちゃんを被ろうと思います……、と可愛い声で説明しながらつぶらな瞳で彼を見上げている。
「クマちゃん、ヘルメットのこと信用しすぎでしょ。あいつクマちゃんの可愛い頭のことしか考えてないからね」
何も信じない男は赤ちゃんクマちゃんに『ヘルメットの裏切り』について語った。
ヘルメット不信がお兄さんへ視線を投げる。
高位な彼はいつのまにか花畑に置かれたテーブル席でゆったりと寛いでいた。
この場に彼の味方はいない。彼は心の扉をスッと閉めた。
◇
黄色いヘルメットを被ったクマちゃんが、黄色いアヒルさんに乗りふよふよと浮いている。
猫のようなお手々には力がこめられ、キュムと丸くなっていた。
しっかりとアヒルさんのツルツル頭につかまっているようだ。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『おにいちゃ、ひもちゃん……』
冒険ちゃクマちゃんがテーブル席に座るお兄さんへプクッとしたハートを渡し、何かの取引をしている。
「アヒルも怪しい……」
危険な場所では警戒心が強くなる野生動物のような男は、もこもこの乗り物の可愛いアヒルさんへ『黄色いアヒルめ……』と宿敵を見るような視線を向けた。
高貴なお兄さんがゆったりと頷く。
もこもことの交渉は成立してしまったようだ。
ハートをふんわりと包み込むように握り、闇色の球体でどこかへ送っていた。
「絶対集めてる……」
「ハートも怪しい……」かすれ声で呟く村長。
金髪に雨粒のような宝石がシャランシャランと降り積もる。
頑張るもこもこの邪魔をしてはいけない。
仲間達やマスターからはそう言われているが、こういう場合は止めてもいいはずだ。
リオの視線の先で、クマちゃんが宙に浮かぶアヒルさんに乗り、ガクガクとしている。
アヒルさんの首に、大きなネックレスが掛かっているせいだ。
高位なお兄さんの力で軽くなっているはずだが、子猫のようなもこもこが運ぶには大きすぎる。
アヒルさんの首に掛けられた赤いリボンの先にぶら下がっているのは、美しいつるぎだった。
「クマちゃんなんか全体的に危ないから止めよ」
彼は美しいそれとガクガクなもこもこを交互に監視しながらやんわりと『馬鹿なことは止めろ』と伝えた。
途中でサッと爆発しそうな岩へ視線を向けるのも忘れない。
つるぎからは何の力も感じないが、彼には分かる。
やつは今、眠っているのだ。
ガクガクしている冒険ちゃがアヒルと共に『クマちゃ!』すれば、衝撃と共に目覚めたやつは『おはようございます……』と力を解き放ち、誰の手にも負えない癒しの兵器となるだろう。
「クマちゃ……! クマちゃ……!」
『クマちゃ……! 頑張るちゃん……!』
「待って待ってクマちゃん! ほらアヒルさんも『止めろコノヤロー!』って言ってるし!」
心配しすぎたリオはアヒルさんに濡れ衣を着せた。
過保護なお兄さんがゆっくりと瞬きをする。
リオはすぐに察知した。「いやまだ言ってなかった。クチバシから出かかってる感じ」と訂正をする。
頑張ってしまっているもこもこは教育方針で揉める彼らに気付かず、ガタガタと揺れながら『伝説のつるぎ――休眠中――』をビリビリと魔力を纏う巨大な宝石の上へ運んで行った。
「お兄さんいまアヒルさんの口調とかどうでもいいから!」慌てるリオが高位なお兄さんに良くない態度を取り、急いでもこもこを目で追いかける。
一度岩を通り過ぎた操縦士クマちゃんは、すぐに「クマちゃ……! クマちゃ……!」とガタガタしながら戻ってきた。
リボンの先の美しいつるぎがぶらぶらしている。
「クマちゃんめっちゃ頑張ってる……! 可愛いけど絶対止めさせた方がいいやつ……!」
健気に頑張る我が子を縦揺れから救うため、新米ママはパチパチしている宝石へ一歩近付いた。
口調はどうでもいいアヒルさんに乗った冒険ちゃクマちゃんが、岩のような宝石の斜め上でシュッと高度を落とす。
――ガッ――。
硬い物と硬い物がぶつかった音が響く。
「やばいやばいやばい。クマちゃんそれ中止! 危ないでしょ!」
リオは爆弾を爆弾でガッ! と殴るような真似をしたもこもこを『クマちゃん、駄目!』と叱った。
可愛いもこもこに『何してんだテメー!』と言う者はいない。
「クマちゃ……!」
失敗をおそれない天才操縦士は優秀なアヒルさんと共にガッ! と横にずれた。「クマちゃんガッ! ってなってるから!」集中力を高めたもこもこのお耳に、かすれた音は届かない。
もこもこの指示に従うアヒルさんがふよ……、ふよ……と上昇し、愛らしい「クマちゃ!」の掛け声で一気に降下する。
我が子を護ろうと駆けだすリオ。
彼を捕らえ、元の位置へと戻す闇色の球体。
「お兄さんそれ止めてって言ってるじゃん!」まだ言っていなかった苦情。
「――――」長いまつ毛を下ろし、止めてと言われた記憶を探しに行くお兄さん。
巨大な宝石とぶつかったはずのつるぎは一度だけ大きな力を放ち、すぐに何事もなかったかのように静まった。
「クマちゃん大丈夫?!」
リオはお兄さんとの話し合いを中断し、今度こそもこもこのもとへと駆けつけた。
お兄さんが彼を止めたのは、もこもこに危険が無いからだ。
理解は出来たが、それでも心配だった。
ふよふよと滞空するアヒルさんから、大事な我が子をそっと降ろす。
「お耳は……いつも通りもこもこ。お鼻は……いつも通りピチョってしてる感じ。心臓も……普通っぽい。肉球も……可愛いピンク」
彼はクマちゃんのヘルメットを外し、もこもこの丸くて可愛い頭や体を撫でまわし、健康なもこもこであることを確かめた。
巨大な宝石と、そこに刺さっている剣には視線を向けずに。
だが「クマちゃ」と彼の手に甘えていたもこもこが、愛らしい声で彼の意識をそこへ向ける。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『リオちゃ、これちゃん……』
リオちゃんの『でんせちゅのちゅるぎ』ちゃんが完成しました。早速抜いてみてください……、と。
「クマちゃんいま『でんせちゅのちゅるぎ』って言った? え、抜くの? 俺が? つーか抜くなら何で刺したの? 二度手間じゃね?」
細かいことを気にする男は宝石に刺さっているつるぎへ『垂直に刺さっている……』と嫌な物を見てしまった人のような目を向け、可愛いが行動に問題のあるもこもこへサササササァと質問の雨を降らせた。
現在彼は『抜きたくねー!』を口からださないように頑張っている。
依頼主からクレームを受けてしまった冒険ちゃクマちゃんはもこもこしたお口を両手の肉球でサッと押さえ、もこもこもこもこ震えながら「クマちゃ……」と言った。
『二度手間伝説ちゃん……』
「いやそこまでは言ってないからね。つーかその『でんせちゅのちゅるぎ』さぁ……。ちょっと新しい感じするよねぇ」
疑う男リオが『でんせちゅのちゅるぎ』の出どころを疑う。
つるぎから癒しの気配が漂っている。
これは古の武器ではなく、数十分前にもこもこがこねこねしていたブツではないのか。
疑われているもこもこは愛らしくお口を開いたまま彼を見上げている。
リオは「可愛いんだけど……」と悔しそうに呟きつつ、彼がこれを引き抜いてしまったあとに起こる悲劇を語った。
「『今日いろいろあってさぁ……。あ、これがその〝でんせちゅのちゅるぎ〟なんだけど……』って氷の人とかに見せるとするじゃん。……多分『でんせちゅのちゅるぎ』持った俺ごと岩に戻されるよね」
「クマちゃ……!」
『お岩ちゃん……!』
早くてかすれ気味なリオの話の最後の部分だけを頑張って聞き取ったもこもこは、彼の腕の中で丸くなってしまった。
リオはもこもこもこもこ震える我が子のまるくて愛らしい背中を撫でながら言った。
「え、どしたのクマちゃん。なんか悲しくなっちゃった? 俺めっちゃ剣抜いてみるから元気だして」
◇
『めっちゃ剣抜いてみる』ことになったリオは、大事なもこもこをお兄さんへ託した。
彼のそばにいればもこもこは安全なはずだ。
リオはお兄さんの指を嚙んだり先の丸い爪でカリカリしたりしているもこもこに「えぇ……」と罰当たりなもこもこを見るような目を向けた。
高位で高貴な彼になんてことを……と。
お兄さんはまるで慣れているかのようにもこもこをふわりと浮かせたり、腕の中へ戻したりしている。
安心したリオは岩――という名の巨大な宝石と、刺さっているつるぎへ視線を向けた。
パチパチという音は聞こえなくなったが、ゴゴゴゴ――という音が聞こえそうなほど強い癒しの力を感じる。
「…………」
リオは鼻の上に皺を寄せたまま嫌そうにつるぎの柄に手を掛けた。
ふんふんふんふんふん、と耳元で愛らしい音が聞こえる。
「めっちゃふんふん聞こえる……。この気配はクマちゃん……」
リオはもこもこした生き物の気配を感じつつ、スッとつるぎを引き抜いた。
視線の先で光が爆発し、光の中で羽が舞う。
真っ直ぐに伸びた美しいつるぎの周りには、六枚の大きな翼が広がっていた。
「……すっげぇ」
あまりの神々しさに鳥肌が立つ。
人間には決して創ることのできない、この世のもとのは思えない強大な力を感じる。
お前はこのつるぎに相応しい人間か――。そう問われているような気がした。
リオはゆっくりと頷き、決意した。
岩に戻そう。
彼はスッと剣先を巨大な宝石へ近付け、勇者も『無理無理無理』と言いそうなほどファンタスティックなつるぎをもとの場所へ片付けた。
これはおそらく神々の武器だ。
ただの人間である自分が振り回すわけにはいかない。
「クマちゃ……」
『つるぎちゃ……』
「クマちゃんの『でんせちゅのちゅるぎ』凄すぎ。ちょっと仕舞っておこ。……やべーなんか息苦しいんだけど。さっき一瞬心臓止まってた気がする」
リオはアヒルさんに乗って彼のところへ戻ってきてしまっていたクマちゃんをもふ、と抱き上げ、もこもこもこもこと撫でまわした。
もこもこが足りない。
つるぎを引き抜き、戻しただけなのに手が震える。
一旦落ち着かねば。
「ちょっとあっちで休みたい感じ……」
リオはクマちゃんのお花畑の隅を目指し、その途中で気が付いた。
「やつらがついてきている……」
巨大な宝石も、刺さっている伝説のつるぎも、そのまま彼の後ろにある。
音もなくスッと移動できるらしい。
「……クマちゃん。あの岩ちょっと大きいし、お部屋の中には合わないかなって思うんだけど……」
強大すぎる癒しの力に精神をやられたリオには岩のついたつるぎと戦う元気がなかった。
伝説のつるぎの説得を諦め、愛らしいもこもこを説得する。
リオの手にもこもこもこもこと撫でられながら『クマちゃん――岩――お部屋――合わない』と言われてしまったクマちゃんは、ハッとした。
岩は可愛くない。お部屋には合わない。
クマちゃんは頑張って精一杯可愛い岩を作ったが、お部屋の中に置くほど可愛くはなかった。
頷いたクマちゃんは「クマちゃ……」と鞄から杖を出し、小さな黒い湿ったお鼻にキュッ、と力を入れピンク色の肉球で真っ白なそれを振った。
◇
形を変えたそれらが、ふわふわとリオの方へ近付いてゆく。
「え、なにこれめっちゃ可愛いんだけど!」
もこもこを抱える彼の前に飛んで来たのは、柄の部分にクマちゃんの形の宝石がはめ込まれ、刃の部分が短く、先が丸くなり、猫のお手々のように肉球の絵が描かれた『でんせちゅのちゅるぎ』だった。
鍔の部分には赤いリボンがつけられ、柄の横には小さな羽二枚がパタパタしている。
相変わらずゴゴゴゴゴ……と聞こえそうなほど力が漏れ出しているが、見た目がとにかく可愛らしくなっていた。
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