第270話 伝説の地を目指す一人と一匹。見守るお兄さん。「クマちゃ……」

 仲良しのリオちゃんとお揃いの、素敵なアクセサリーを身につけたおしゃれな冒険ちゃクマちゃんは、現在お外に来ている。



 『お外ちゃん……』に行きたいらしい冒険ちゃを抱えたリオは、レストランとオアシスのあいだにある古木で作ったような道に立ち、クマちゃんに尋ねた。


「クマちゃんどこ行きたい?」


 彼は愛らしい我が子に癒され、いつもよりも穏やかな表情をしている。

 かすれ気味の声も優し気だ。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、お花畑ちゃん……』


 クマちゃんはお花畑の中央で刺すちゃんするのがいいと思います……、という意味のようだ。


「お花畑作んの? クマちゃん可愛いねー。じゃあ露天風呂の前とかがいいと思うんだけど」


 幸せに脳を焼かれたリオの耳に『刺すちゃん』は入らなかった。


「クマちゃ」

『お風呂ちゃん』


 しっかりと聞いた可愛いクマちゃんがゆっくりと頷く。

 依頼主は『露天風呂の前』を希望している。


 伝説の地は選定された。



「どんな花畑にすんの?」「クマちゃ……」「可愛いちゃんなんだー。クマちゃん可愛いねー」と仲良くおしゃべりしつつ、もこもこ天空露天風呂前、伝説の地予定地に辿り着いた一人と一匹。

 ゆったりと彼らの後ろを歩いていた高貴なお兄さんも、少し遅れて到着した。



 現在誰も入浴していない天空露天風呂は地上にある。


 白っぽいタイルや南国の美しい花、皆で作った屋根と浴槽、凝った装飾のランプ、天井まで植物に囲まれた洗い場、マスターが備品を置いた棚、漂う湯気――。

 

 伝説の地に相応しい素敵な露天風呂を背景に、冒険ちゃクマちゃんが伝説活動の段取りを伝える。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、クマちゃ……』


 では、リオちゃんはそちらへ座って待っていてください……、という意味のようだ。


「え、クマちゃんは?」

 

 リオはもこもこに尋ねた。

 砂地に降ろして欲しいということだろうか。

 

「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、リオちゃ……』


 ええ、クマちゃんもリオちゃんと一緒でしょうね……、という意味のようだ。


 個人の活動を好まない赤ちゃんな冒険ちゃの拠点は、仲良しなリオちゃんの腕の中だ。


「だよね」


 甘えっこで寂しがり屋なクマちゃんがひとりで行動するわけがない。


 納得した男が伝説の地予定地に花柄の布を敷く。

 クマちゃんの布市場から持ってきたものだ。

 可愛いもこもこのための可愛い敷物である。


 もこもこを抱えた彼は城のじいさんが腰を抜かすほど貴重な布へ腰を下ろし、クマちゃんの拠点は彼の左膝へと移った。


「クマちゃん可愛いねー。めっちゃもこもこ」


「クマちゃ、クマちゃ」


 仲良しな彼らの幸せで時間泥棒なひとときがもこもこもこもこと過ぎてゆく。


 

 両手で存分にもこもこされ満足したクマちゃんが、伝説活動を開始する。

 たくさんの愛情を受け被毛が光り輝く神秘的なクマちゃんは、両手の肉球を交互に動かしながら――クマちゃーん――と、子猫のような歌声を響かせた。


『――お花咲かせるちゃーん――』と。


「可愛いねー」依頼を忘れた村長はクレームをつけることなく、もこもこの可愛い踊りと歌を楽しんでいた。


 もこもこを見守るお兄さんの前には、赤いランプの点灯する見覚えのある魔道具が浮いている。

 ――意外と人間にも優しい彼は、愛らしいもこもこの可愛い踊りをもこもこの大好きな銀色にも見せてやろうと考えていた。



「――クマちゃーん――」冒険ちゃが歌声に想いをこめる。

『――すごいお花ちゃーん――』


 歌に反応した〈クマちゃんの砂〉がふわっと光り、辺りに緑をあふれさせる。


 白い砂地は草葉で覆われ、空からは祝福のように光が射し、次々と色付いてゆく。

 小さな宝石が煌めく花、透き通るガラス細工のような鈴なりの花、つぼみからキラキラと輝くシャボン玉を生み出す花――、誰も見たことがないほど美しく、夢のような花畑が鮮やかに広がっていった。


「すげー……」


 リオは煌めきの中で、もこもこの歌声から生み出されたそれらをじっと見つめていた。


 マスターの『人には見せないほうがいい物リスト』のことなど頭になかった。


 幻想的な花畑から目が離せない。

 キラキラと癒しの力を纏うシャボン玉が、ふわりと生まれ、空へ舞う。


 はじけたそれから雨のように何かが降った。


 シャラン、シャラン、と綺麗な音がなる。

 揺れる花びらへ視線を移すと、煌めく花の真ん中からコロン――とまるで朝露のように、癒しの力を纏う宝石が滑り落ちていった。


 目撃者リオは草の隙間へ消えていったそれらを見送りながら、怪しいものを見てしまった人間のような声を出した。


「クマちゃんの可愛いお花畑、宝石降ってるねぇ……」



「――クマちゃーん――」彼の膝ではもこもこした冒険ちゃが肉球を動かし、この地に封印するしかない伝説を一生懸命増やしている。

『――すごい岩ちゃーん――』


 愛らしい歌声が、伝説の地予定地に例のブツを設置する。


 癒しの宝石が生まれたり降ってきたりする花畑の中央に出現したのは、座ったリオと同じくらいの大きさの、癒しの力がほとばしる水色の宝石だった。


「やべー……」


 リオは見た。とんでもない宝石の周りで、パン、パン、と光が弾け、破裂しそうな力が稲妻のようにはしっているのを。

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