第269話 室内冒険ちゃクマちゃん。いつでも仲良しな一人と一匹。

 冒険ちゃになったクマちゃんは、初めての依頼を達成するため準備中である。


『伝説のつるぎ』


 うむ。凄そうなそれでケーキを切ったら、凄く美味しくなるのではないだろうか。



 もこもこのもこもこしたお耳にリオの『取り消し』が届くことはなかった。


 クマちゃんは依頼について考えているらしく、ふんふん、ふんふん、と小さな黒い湿ったお鼻を鳴らし『冒険ちゃ手帳』を読んでいる。


 何度言っても無駄ということだ。



 クマちゃんが『伝説のつるぎ』について考えていると、頭の中にふっと何かの映像が浮かんだ。


 大きな岩につるぎちゃんが刺さっている。

 これは――おそらく、とてもまっすぐに刺さっているね、という伝説だろう。

 垂直伝説である。


 ゆっくりと頷いたクマちゃんはハッと閃いた。

 ではクマちゃんが凄いつるぎと良い感じの岩を作り、まっすぐに刺せばいいのでは?

 うむ。少しでも気を抜けば斜めに刺さってしまいそうだが、依頼ちゃんを達成するにはやるしかない。


 

 リオはカウンターに肘を突き、愛らしいもこもこを見守っていた。


 冒険ちゃクマちゃんは猫のようなお手々に手帳を持ち、顔をくっつけ、ふんふんしたり頷いたりしている。


「なんだろ、絶対ろくなこと考えてないのに可愛い……」


 彼が目を限界まで細めたとき、突然もこもこが「クマちゃ……!」と言った。


 何かを思いついたらしい。


 もこもこはお魚さんの鞄にごそごそと手帳を仕舞い、代わりにキラキラと光が零れ落ちる宝石のようなものを取り出した。

 あれは、牛乳瓶にも使われているヤバい石ではないだろうか。

 

「その鞄もめっちゃ怪しい……。クマちゃんの店と……多分お兄さんのとこにも繋がってる気がする……」


 冒険者達が使っている道具入れも魔道具ではあるが、もこもこが持っている鞄のように欲しい物がなんでも出てくるなどという非常識な物ではない。


 普通は入れた物しか出てこない。無制限に入るわけでもない。

 それに入れてもいない物が出てきても困る。そんなことになったら戦闘中に『これじゃない……!』と苦しむ奴も出てくるだろう。


 もこもこが最初に使っていた可愛いリュックは普通のものだったはずだ。

 あれはお兄さんが用意したものではないということだろうか。

 高位で高貴な彼の他にも保護者が? そういえば、クマちゃんの家で髪の長い女性の絵を見たような――。


 しかしもこもこミステリーについて真剣に考えていたリオの目の前に、思考の邪魔をするものがいる。


「ヤバいもん出しすぎでしょ。何に使うのそれ」


 短くて可愛いあんよを投げ出し、ぬいぐるみのように座ったもこもこが、怪しいお魚さんの鞄からキラキラした鉱物、黒い石、尖った石などを取り出し、せっせとカウンターに転がしている。


 危険だ。

 村の外ではやらないで欲しい。


 可愛いもこもこは座ったまま杖を出し、闇色の球体が魔石を静かに並べていった。

 

「怪しい……」


 真っ白なもこもこの周りに闇色の球体が出現するのがそもそも怪しい。

 すべてを疑う男が白と黒を疑っていると、もこもこの小さな黒い湿った鼻の上に皺が寄った。


 猫のようなお手々が真っ白な杖を振り、辺りがふわり、と癒しの光に包まれる。


 リオがカウンターへ視線をやると、そこにはキラキラと輝く何かのかたまりがあった。

 一つにまとめられ、成人男性のこぶし二つ分よりも大きくなったキラキラから、美しい光が漏れている。


「いますぐ片付けるべき」


「クマちゃ……」

『作るちゃ……』


 リオが『ヤバいもんは仕舞っておきましょうねぇ……』と赤ちゃんクマちゃんを見ると、もこもこから愛らしい声が返ってきた。

 もこもこはキラキラしたもので何かを作るらしい。

  

「へー」


 クマちゃんが作ろうとしている物を知らない男が頷く。

 吞気な彼は(『冒険ちゃ』になっても冒険しないんだ……)と箱入りもこもこの箱入り具合について考えていた。



「クマちゃ……! クマちゃ……!」

『クマちゃ……! がんばって……!』


 店には、お外に行かない冒険ちゃクマちゃんの愛らしい声が響いていた。 


 キラキラのかたまりを両手の肉球でこねこねしているのだ。


「なんかちょっとずつ柔らかくなってきてるような気がする……。怪しい……」


 リオはスッと手を伸ばし、もこもこがこねこねしているキラキラを指先で押してみた。


「やわら」


「クマちゃ……! クマちゃ……!」

『クマちゃ……! こねちゃ……!』


「クマちゃんそれ俺の手だからね」


 やはり柔らかい――、と訝しがる男の思考の邪魔をするのは癒しのもこもこの肉球だった。

 作業中に手を出したのはリオで悪いのも彼だが、まったく気付かないのもどうなのか。

 それだけ集中しているということなのか。捏ねられるならなんでもいいのか。


「クマちゃ……! クマちゃ……!」

『クマちゃ……! かたちゃ……!』


「めっちゃ肉球……」


 しばし肉球にこねこねされる感触を楽しんだ彼は、自身に近付く闇色の球体に気が付きスッと手を戻した。



 鍛冶職人クマちゃんはハッとした。

 うむ。何かを作るのにちょうどいい硬さである。


 肉球でキュ、と掴んだそれを少しちぎってみる。

 キラキラは粘土のようにムニィ、と伸びたあとにプツ、と切れた。

 


 リオは世界を震撼させるほど高級な粘土で遊び出したもこもこを、時々「ヤバすぎる……」と呟きながら見守っていた。

 もこもこに捏ねられ、何故かぐにゃぐにゃになり、癒しの力をまとい更に輝きを増した物体が、肉球で千切られてゆく。

 

「城のじーさんとかに見せたら倒せると思う」


 お外へ行かない冒険ちゃクマちゃんの攻撃力は高い。

 彼はもこもこの戦闘力を認めた。

 一部の人間は膝がぐにゃぐにゃになるだろう。


「クマちゃ……! クマちゃ……!」

『クマちゃ……! こねちゃん……!』


 クマちゃんの愛らしい声と共に、こねこねこね! とされた小さな粘土が何かの形になった。


「羽?」


 癒しのもこもこが作る羽ということは、天使の羽か何かだろうか。

 だがそんなことを考えている場合ではないくらい、羽の形になったそれから強い力を感じる。


「クマちゃ……! クマちゃ……!」

 

 捏ねすぎである。癒しの力が爆発しそうだ。

 止めなくていいのか。

 リオは後ろを振り返りお兄さんを見たが、彼は腕を組み瞳を閉じたまま何も言わない。


 寝ている確率三十パーセント。


「クマちゃ……! クマちゃ……!」

『クマちゃ……! がんばって……!』


「えぇ……」



 羽、棒状の何か、良く分からない形のモノたち。

 千切られ、こねこねされ、籠められすぎた力でどうにかなりそうなそれらと、それらを『クマちゃ!』するもこもこをリオが引き続き見守っていると、彼の前に小さな粘土が転がってきた。


「これだけで船とか買えそう」


 目の前の『クマちゃ!』で感覚が狂ってきている男は、船団を買ってもおつりの金貨がたくさんもらえる素敵な粘土をつまみ、ムニ、と捏ねた。


「クマちゃ……! クマちゃ……!」


「俺もなんか作ろー」



「クマちゃ……! クマちゃ……!」

『クマちゃ……! あとすこしちゃん……!』


「え、なにこれ。すげー。思い通りに作れちゃう感じ? クマちゃんの粘土色々ヤバいねぇ」



『何か』を作り終えたリオが「俺天才じゃね……?」と頷き視線を戻すと、もこもこはすでにお片付けをしていたらしい。

 そこには少量のキラキラ粘土が転がっているだけだった。


「あ、終わった? クマちゃんちょっとお手々かして」


 リオはいつものように曲げた肘の内側にもこもこを乗せ、子猫のようなお手々にそれを通した。


 クマちゃんの真っ白でもこもこな腕につけられたのは、キラキラと光るリボンのブレスレットだった。

 同じ素材で作られた繊細な鎖が、小さなリボンを引き立てている。


「クマちゃ……!」

『リボンちゃん……!』


「すげー似合うじゃん。クマちゃん可愛いねー」


 リオが優しく笑うと、感動したもこもこが「クマちゃ……」と彼の名を呼んだ。


「なに? お鼻つけてくれんの? ……濡れてるねぇ。ありがとー」


 お礼の鼻ピチョに癒された彼は、もこもこをもこもこもこもこと撫で、カウンターへ戻した。


 お片付けは最後までやらねば。

 あれは欠片でも危険だ。



 戻されてしまったクマちゃんは、ハッと思いついた。

 クマちゃんにピッタリな素敵なプレゼントをくれた彼に、お返しをしたい。

 

 熱しない鍛冶職人クマちゃんは少しだけ残っている粘土へヨチヨチヨチ! と駆け寄った。



「クマちゃ……! クマちゃ……!」


「あ、片付けないんだ……」



 こねこねこね! と可愛い肉球で粘土を捏ねたもこもこが、もこもこと立ち上がった。

 ヨチヨチ、とリオへ近付き、お手々に持ったそれを掲げる。


「クマちゃ……」

『リオちゃ……』 

 

「え、なに? なんかくれんの?」


 リオは「ありがとー」と言いながらそれを受け取り、手のひらにのせた。


 キラキラと輝くそれは、丸めた粘土に肉球がムニ、と押し付けられた『クマちゃんの可愛い肉球の型』と、小指の先よりも小さなクマちゃんのお顔だった。


「すげー可愛いじゃん! ……もしかしてさっきのお礼?」


 尋ねると、彼を見上げているもこもこが両手の肉球を合わせ、少しもじもじしながら「クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……」と想いを伝えてくれた。


『リオちゃ、りぼんちゃん……クマちゃ、リオちゃ……』


 リボンちゃんからリオちゃんの温かい気持ちを感じました。クマちゃんもリオちゃんが大好きです……、という意味のようだ。



 感激したリオは贈り物をそっと置き、つぶらな瞳のもこもこを抱き上げた。


「クマちゃんありがと……。なんか泣ける……」


 新米ママは胸が痛くなるほど愛おしい我が子の丸い頭に鼻先を付け、滲んだ涙を隠した。

 

 彼の頭の中にはもう、もこもこがこねこねしていた危険物のことなど残っていなかった。



「お兄さんこれ俺の耳につけて欲しいんだけど――」


 浮かれたリオはいつもの慎重さを忘れ、高位で高貴な存在に装飾品の加工と、ピアス用の穴あけを頼んだ。

 普段は装飾品を身につけない彼の耳に、癒しの力が爆発しそうな、キラキラと輝きが零れ落ちるピアスが、しっかりと外れないよう着けられる。

 

 汚れず、怪我をしないリオの完成である。


「あ、これお揃いじゃね?」


「クマちゃ……!」

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