第266話 どんなときでも挫けない、頑張り屋さんで愛らしい名探偵。「クマちゃ……」
現在クマちゃんは何かに悩んでいるのかもしれない部下ちゃん達からお悩みを聞き出そうと頑張っている。
うむ。ニャーに勢いがない。やはり、謎の事件の犯人になってしまうくらいの大変なお悩みなのだろう。
◇
黄色いアヒルさんに乗ったクマちゃんがふんふん、ふんふん「クマちゃ、クマちゃ……」と一生懸命部下ちゃんに話しかけている。
部下ちゃんは何かおニャやみがあるのですか……? と言っているようだ。
――ニャー――。
スイカのような猫は布に砂を掛けながら『ニャー』と答えた。
ニャー、と言っているようだ。
「『おニャやみ』……? もしかして『お悩み』か?」
マスターは猫の『ニャー』よりも名探偵の可愛らしい言葉のほうが気になっていた。
「あいつらさっきから『ニャー』しか言ってなくね?」
仲間達に説得され『猫への偏見で人類が……?』と考えを改めかけていたリオは一分弱で洗脳が解けたらしい。
ニャーと言いながら布に砂を掛ける猫へ『やっぱ猫だから……』と偏見の目を向けている。
「うーん。彼らは布に夢中なようだね。猫は皆ふわふわした布が好きなのかもしれない」
「そうかもな」
「――お――やみだと……?」
保護者達は真剣な表情でもこもこ名探偵の奮闘を見守っていた。
◇
名探偵クマちゃんはハッと気付いてしまった。
クマちゃんは探偵なのにアレを持っていない。
彼らのおニャやみを上手く聞き出せないのはアレが無いせいに違いない。
おにいちゃんから貰った鞄には何でも入っている。
きっとクマちゃんに必要なアレも入っているだろう。
「クマちゃ、クマちゃ……」キュオ、と寂しげに呟いていた名探偵が、ハッとしたようにお手々をお口に当てた。
事件に関する何かを閃いたのだろう。
名探偵がお魚さんの鞄をごそごそと漁り、何かを取り出す。
平たい箱の中に、細長い筒状のものが綺麗に並んでいるのが見える。
名探偵が箱をのぞきこみ、ふんふんふんふん、と状態を確かめ頷く。
猫のようなお手々で上手に一本だけ取り出すと、それをもこもこのお口にくわえた。
箱はアヒルさんの丸い頭の上に置かれたが、何故か落ちないようだ。
赤ちゃん帽を被ったクマちゃんが、アヒルさんの上で棒状の何かを吸っている。
「ん? まさか……葉巻か?」
「絶対お菓子。間違いない。俺には分かる」
「葉巻にそっくりなお菓子なんて初めて見たよ。さすがは名探偵だね」
「ああ」
「――――」
葉巻に似ている何かを吸っていた名探偵が、ハッとしたようにお目目を開いた。
サク――。
軽やかな音が鳴り、口元の何かが短くなる。
名探偵のもこもこしたお口がもこもこもこ! と動き、サクサクサク! と何かが消えた。
「名探偵葉巻食っちゃってんじゃん」
「とても美味しいみたいだね。お口のまわりがいつもよりも、少しもふっとしているような気がするよ」
「ああ」
「おい、あいつは腹がいっぱいなんじゃねぇか? あれ以上食ったら苦しくなるだろ」
「――――」
名探偵はアヒルさんの頭上の箱へ肉球を伸ばし、上手に二本目を取り出した。
お口に近付けたり離したりを繰り返し「クマちゃ、クマちゃ……」と愛らしい声を響かせる。
『お葉巻ちゃ、お甘いちゃん……』
このお葉巻ちゃんクッキーはとてもお甘くておいしいお味ですね……、と味についての感想を呟いているらしい。
チャ――、チャ――、チャ――と子猫のような舌でお葉巻ちゃんクッキーを味わう名探偵がふよふよと猫スイカへ近付いてゆく。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『お一本ちゃ、どうぞちゃん……』
部下ちゃんもお一本どうですか……? と名探偵は優しくお葉巻ちゃんクッキーを自身の部下へ勧めた。
――ニャー――。
間を置かず、布へ砂を掛けている部下ちゃん達から『ニャー』が返ってくる。
気難しい部下達の『ニャー』から『今は忙しい』『しょっぱい物のほうが……』を感じ取ったクマちゃんは、ハッと大変なことに気付いてしまった。
お腹が苦しい。
「クマちゃ……」
『くるちぃ……』
思わず声が漏れる。
「クマちゃん食べ過ぎでしょ」
風も『クマちゃん食べ過ぎ』とささやいている。
クマちゃんは……、お腹がいっぱいなことを忘れ、甘くて美味しいお葉巻ちゃんクッキーを一本まるごといただいてしまったのだ。
格好いいお探偵ならば必ず持っている、お葉巻ちゃんクッキーを――。
悔恨をおぼえたクマちゃんは甘い香りを放つ名探偵の七つ道具を静かに鞄へ仕舞うと、真剣な表情で考えた。
『ニャー』
『忙しい』
『しょっぱい』
『くるちぃ』
『クマちゃん食べ過ぎ』
これが、それぞれが抱える事情というやつである。
「クマちゃんそいつらと話し合いとか無理だし、一緒にお散歩しよ」
『無理』
『一緒……ぽ……よ』
風のささやきが聞こえた。
みんなすぐには解決できそうにない複雑な悩みを抱えているね。一緒ぽよ、という助言だろう。
名探偵は深く共感し、風と共にささやいた。
「クマちゃ……」
『いっしょポヨ……』
「クマちゃん何言ってんの?」
そして、くるちぃお腹を肉球で押さえたクマちゃんに、新たな試練が与えられる。
名探偵の頭がどんどん下がってゆく。
睡魔である。
「クマちゃ……」
『ねむちゃ……』
「クマちゃん戻っといで。お散歩止めてお昼寝しよ」
危険な状態の名探偵を、風が優しくどこかの何かへいざなう。
クマちゃん、おポルネしよ――と。
しかし、くるちくても、ねむちゃくても、クマちゃんはおポルネしない。
事件は素早く解決しなければ――……。
「クマちゃ…………」
半分おポルネしているクマちゃんと、操縦者をおポルネにやられたアヒルさんが揺れる。
振動する名探偵のお口が、少しずつ斜めに開いてゆく。
ルークは限界の近い名探偵を迎えに行きアヒルさんから降ろすと、赤ちゃん用ベッドにそっと寝かせた。
「クマちゃ……」
お昼寝中の子猫の格好で寝かされた名探偵が、夢と現実の狭間からおポルネしようとしている。
お目目を閉じた名探偵は肉球を引っかくように動かし、大好きな彼にお願いをした。
「クマちゃ……、クマちゃ……」
『めいちゃ……、水色の布ちゃん……』
めいちゃんていにも……めいちゃんていにも水色の布ちゃんを……、という意味のようだ。
魔王のような男は最愛のもこもこに新品のふわふわの布をかけ、周りをふわふわに囲った。
子猫のような名探偵の真っ白でもこもこなお手々が、布の隙間から出たり引っ込んだりしている。
――布をかき集めてもこもこの体を隠しているようだ。
「お菓子食ったら眠くなったから布団かけて寝るってことだよね」
「……――」
「リオ、紙袋をのぞかなくても後頭部を殴られることはあると思うのだけれど」
「そうだな、白いのは十分頑張ったと思うぞ」
もこもこを侮辱した男が氷を操る名探偵の助手におポルネさせられそうになっていたときだった。
赤ちゃん用ベッドの周りに立っていた彼らはすぐに大きな力が動いたことに気が付き、ふわふわの布の山を見た。
名探偵の寝室から癒しの光があふれる。
温かな力が、ふんわりと広がっていく。
――名探偵は限界がきて寝てしまったのではなく、ふわふわの布の中で最後の力を振り絞っていたらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます