第265話 高性能なアヒルさんと、心優しいもこもこ名探偵。

 クマちゃんが『水色の布事件の犯人ちゃんを捜してください』とアヒルさんに指示を出すと、近くからクマちゃんの部下ちゃんの声が聞こえた。

 とても不思議である。

 


「猫の鳴き声が聞こえたような気がするのだけれど」


 ウィルは周囲の気配を探った。

 ――クマちゃんの癒しの力よりも小さいが、店の近くに何かがいる。


『増えてんな』というルークの言葉を思い出す。

 確かに、何かが増えているようだ。


「猫……の気配じゃねぇな。クマの兵隊が増えたか?」


 マスターはクマと猫を混同している。

 

「めっちゃ忘れてたけどあいつら戻ってくんの遅くね?」


 リオはもこもこ甘えてくるもこもこを可愛がったり、怪しい服装に着替えさせられたり、可愛い踊りを見守ったり、笛を吹いたり、戻ってきた仲間達と話したり、笛を吹いたり、可愛いクマちゃんカードを蒐集したりしているあいだに、自分がクマの兵隊達に簡単な仕事を頼んだことを忘れてしまっていた。


 途中で一瞬思い出したような気もするが、その時の話題とは無関係だったはずだ。


「…………」


 魔王のような男はいつものように何を考えているのか悟らせない無表情で、最愛のもこもこ探偵を見守っている。


「――――」


 氷の紳士はアヒルさんのツルツルしている部分とそれに乗ったもこもこのもこもこした部分の境目を、まるで憎んでいるかのような目つきで睨みつけていた。

 耐えきれなくなった彼がスッと視線をずらすと、ツルツルしたアヒルの頭に猫のようなお手々がキュ、とつかまっているのが見えた。


 丸い頭部にのった、先の丸いお手々。

 目が離せない。時間と生命力が吸い取られる。

 クライヴは声を出さずに呟いた。


 ――丸すぎる……――。



 目が合ったら『クマちゃ……!』と言ってしまいそうな視線を向けられていることを知らない名探偵は、愛らしい声で彼らに提案した。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『部下ちゃん、業務報告ちゃ……』


 ではクマちゃんの部下ちゃんに業務報告をしてもらいましょう。もしかしたら犯人ちゃんを目撃ちゃんしているかもしれません……、という意味のようだ。


 純粋で心優しいもこもこはあまり真面目そうではない彼らを疑うことなく、犯人を確実に狙い撃ちした優秀なアヒルさんに乗ったまま「――クマちゃ~ん――」と子猫のような声で彼らを呼んだ。



「呼んでも来なくね?」


 リオは一生懸命お店作りをしていたクマちゃんの邪魔をしたり報酬をせびろうとした奴らを思い浮かべた。


 だが上司をなめているクマちゃんの部下ちゃんたちは思いのほかすぐにやってきた。

 猫のように静かに歩いて来たのは、猫のような足が生えたスイカとそれに騎乗したクマの兵隊さんたちだ。


 真面目に仕事をしてきたらしく、手には何も持っていない。


 兵隊に騎乗された四匹の猫スイカの後ろにいる二匹が、何かをくわえている。

 水色の何かは猫っぽいやつらの口から布のように垂れさがっていた。


 あやしいものを見つけてしまったリオは思わず心の声を漏らした。 


「なにあの水色の布みたいやつ」


「ん? 随分スイカっぽい猫だな」


「おや、あれはさきほど道を飾っていた……クマちゃんの部下の子だったみたいだね」


「猫、か――」


「…………」


 マスター達はもこもこの新しい部下へ視線をやり、感想を述べた。

 後ろの二匹の口から垂れさがっているものには敢えてふれなかった。


 さすがはもこもこの作った高性能なアヒルさんだ。

 犯人を一瞬でしっかりと探し当てたらしい。


 彼らは心の中で名探偵に拍手を贈ったが、声に出して称えることも『じゃあ早速』――とクマちゃんの部下ちゃんに縄を掛けることもしなかった。


『部下ちゃん』を犯人扱いすれば、優しいもこもこは部下ちゃんと一緒に罪を償おうとしてしまうだろう。


 芋づる式『クマちゃ!』である。

 悲しませたくない本人を懲らしめている。本末転倒だ。


 連座『クマちゃ!』を避けたい彼らの想いを知らない村長は、ふわふわと浮いている名探偵に告げた。

  

「クマちゃんこいつらめっちゃ怪しいと思うんだけど」


『水色の布』事件。

 何かをくわえ現れた部下。

 口から垂れさがる水色。

 材質は――布。


 犯人はクマちゃんの部下ちゃん。


 冤罪事件が多発しそうな見た目重視の推理で犯人を特定するリオ。


「あ~……まぁ言いたいことは分かるが、同じ布をくわえてたぐらいで疑うのも……」


 マスターが視線を向けると、容疑者は口から布を落とし、猫が砂をかけるように前脚で砂を掛けていた。


 擁護しにくい。

 彼は一旦黙ることにした。



 素晴らしいアヒルさんに乗った名探偵はハッとした。

 クマちゃんの部下ちゃんの口から何かが出ている。


 あれは――水色の布なのでは?



 高性能なアヒルちゃんが犯人を探し当てたことに気が付いたクマちゃんは、サッと両手の肉球でもこもこしたお口を押えた。

 もこもこもこもこ震える名探偵が悲し気に呟く。


「クマちゃ……」

『部下ちゃ……』


 まさか部下ちゃんたちはやってしまったのですか……? という意味のようだ。



「あ~……、まだ犯人と決まったわけでも……」


 もこもこを愛するマスターは悩んでいた。


 悲しませたくはないが、もこもこの可愛い像をめちゃくちゃにするような生き物を放置するわけにもいかない。

 だが猫に『布をひっぱったり砂を掛けたりするな』と言っておとなしくいうことを聞くのか。

 他に叱る方法は――。


「無理なんじゃねぇか……?」彼が悩んでいるうちに、名探偵は何かを決断したらしい。


 子猫がミィミィと鳴くような声が、彼らの鼓膜を揺らす。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『部下ちゃ、お話ちゃん……』


 では部下ちゃんからお話を聞いてみましょう。おそらくとても複雑な理由ちゃんがあるに違いありません……、という意味のようだ。


 彼らが名探偵へ視線をやると、もこもこはしっかりと顔を上げ、少し潤んだつぶらな瞳でおくるみそっくりな布に砂を掛ける部下達を見つめていた。


「そうか……お前は優しいな」


 赤ちゃんクマちゃんの強さと優しさに感動したマスターは目元を押さえた。

 己の部下が自分を手酷く裏切ったとしても決して見捨てず、温かい心で包み込もうとするもこもこは、相手が猫だからとすぐに諦める大人よりもよほど大人だ。


 癒しの力の源にふれたような気分だ――。

 マスターは今後は相手の外見にとらわれず、スイカのような猫とも話し合おうと心を入れ替えた。

 

「クマちゃんの優しい気持ちを見習いたいと思ったよ。犯人を見つけたらこっそり締め上げようと思っていたけれど……反省しなければならないね」


「ああ」


「――そうか……複雑な理由か……」


「いや複雑な理由とかないと思うんだけど」


 猫の犯罪行為に複雑な事情などない。


「だって猫じゃん」


 リオは悪気なく言い、彼らがそれぞれの答えを返す。


「そうだな、お前にもいつかわかる……」


「リオ、君だって『何も考えてなさそうだから君の話は聞きたくないのだけれど』と言われたら悲しいでしょう?」


「悲しいからたとえ話の表現を変えて欲しいんだけど」


「猫への偏見は貴様に死を招き、やがて人類は滅亡する――」


「言いすぎだし災い広がりすぎでしょ」


「そうでもねぇだろ」


 リオが仲間達に説得されているあいだに、もこもこ名探偵は癒しの事情聴取をすべくふわふわと素敵なアヒルさんで部下ちゃん達へと近付いていった。

 

「クマちゃ、クマちゃ……」

『部下ちゃ、どうちゃ……』

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