第267話 色鮮やかに解決した事件。名探偵すぎるもこもこ。「クマちゃ……」
ふわふわに包まれた名探偵クマちゃんはわかってしまった。
この事件の鍵は、おそらく――。
◇
真っ白な赤ちゃん用ベッドの中の、水色の布の山から癒しの光が溢れている。
それは保護者達やクマちゃんの部下達に温かく降り注いでいた。
部下ちゃん達は砂の上でゴロゴロと転がりながら、猫が喉をならすような音を出している。
ふわふわの布は砂まみれだ。
リオは視線を一瞬そちらに移したが、すぐにもこもこが入っているふわふわの山へ戻した。
名探偵は癒しの力を放ち力尽きたのだろうか。
気になった彼はスッと手を伸ばし、指先で布の一部をめくってみた。
布の山の中から、名探偵の一部が見える。
もこもこの白、湿った黒、ぷくっとしたピンク。
これはもこもこしたお口とお鼻と肉球のようだ。
お鼻の横の肉球は何故かこちらを向いている。
「なにこれ可愛いんだけど」
「本当だね。ふわふわのお口と小さなお鼻とピンク色で愛らしい肉球が、まるで芸術品のように小さな枠におさまっているよ」
「ああ」
「これは……、鼻と手しか見えないのに可愛いってのも凄いな」
「――――」
癒しの光を浴びる保護者達は、幸せな光景にも癒されていた。
「クマちゃん寝ちゃった?」
もっと見たくなったリオが、目があると予想される部分の布をめくる。
彼が広げた布の穴から、つぶらなお目目がふたつ見えた。
「あ、起きてる。可愛いー」
リオが幸せそうに呟くと、ふわふわに包まれた名探偵のお手々が動いた。
可愛い肉球が少しだけ上に伸び、布をキュム、と掴む。
真っ白で愛らしいもこもこは、お顔を水色のふわふわで隠してしまった。
隠し方の甘いお鼻が、隙間から見えている。
「やばい……可愛い」
もこもこの愛くるしさにやられたリオ。
彼がもう一度お顔を見たり、布で隠されたがやはりお鼻だけ見えていたり、もう一度お顔を――、と終わりなき危険な時間を過ごしていると、お鼻と肉球だけ見えている名探偵が「クマちゃ、クマちゃ……」と愛らしく呟いた。
『謎ちゃ、解けたちゃん……』
すべての謎ちゃんは解けました……、という意味のようだ。
「へー、クマちゃんすごいねぇ」
リオがどうでもよさそうに頷く。
クマちゃんの部下の猫が布に砂をかける理由にさほど興味のない彼は「めっちゃもこもこしてるねぇ」と言いながら布の山から見えている可愛いお口を眺めていた。
名探偵の話は「クマちゃ、クマちゃ……」と続く。
『村ちゃ、布不足ちゃん……』
今回の事件は、村にふわふわの布が不足しているせいで起こったと言っても過言ではないでしょう……、という意味のようだ。
「過言だよね」という村長の言葉に頷く者はいない。
孤独な村長は考えていた。
猫は可愛い――が、信用はできない。
猫という生き物は『猫ちゃん、これは大事な物だからいたずらしちゃ駄目ですよ』という人間の言葉に『大事な物――。ならばわたくしの物ですね。なぜ隠そうとするのですか?』『発見しました。匂いを嗅いで見ましょう』『良くないですね。中央に穴を開けてみましょう』という反応をするものなのだ。
村に布が余っていたとしても、大事なもののほうからやるだろう。
名探偵は布の隙間から出ているもこもこを動かし、事件について語る。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『部下ちゃ、まちゅた……』
いい感じの布を見つけてしまった部下ちゃんは思わずやってしまったのでしょう。それがまちゅたーの大事なお着替えだと知らずに……、という意味のようだ。
「マスターの着替え四角すぎじゃね? ちょっと着てみて欲しいんだけど」
「黙れクソガキ」
「うーん。それは確かに人には言いにくいかもしれないね。名探偵クマちゃんの推理は素晴らしいね」
「ああ」
「だから石鹼の香りが……。これが真実か――」
保護者達はもこもこ像からおくるみが剝ぎ取られた悲しい事実を忘れ、もこもこが解明した『ふわふわの布はマスターのお着替えだった説』を真実とすることにした。
布面積に問題がある真実に辿り着いてしまった名探偵が、布の隙間から静かに告げる。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『めいちゃんていちゃ、解決ちゃん……』
今から名探偵クマちゃんが、すべてを解決いたします……、という意味のようだ。
あらましを語り終えた名探偵は布の中でもこもこもこもこと動き、ついにヨチヨチと立ち上がった。
名探偵が両手をパッと広げると、周りを囲っていたふわふわの布がパッと消える。
「クマちゃ……」
『完成ちゃん……』
何かが完成したらしい。
名探偵は広げていた両手をそっと戻し、胸元で交差させた。
赤ちゃん用のベッドをのぞきこんでいた彼らは振り向き、ド派手なそれを見た。
クマちゃんリオちゃんレストランの隣には、ひらひらでふわふわでもこもこな、色とりどりの布が大量に、どんな布屋や服屋よりも豪勢に飾り付けられていた。
色鮮やかな布がカーテンのように風に靡く。
真っ白な砂地にはどこかの工芸品のような花の模様が美しい織物が、これを人の手で作れば一体何年かかるのか――、と思いを馳せたくなるほど広く敷かれている。
敷物にはクッションや畳まれた布が山のように積み上がっていた。
「いやなにこれ」
「クマちゃ、クマちゃ……」
『事件ちゃ、布市場ちゃん……』
事件は布市場で解決しますちゃん……、という意味のようだ。
愛らしい名探偵は胸元に手を当てたままそっと頷いた。
「すげー。こんな量の布はじめてみた……。あの花柄とかめっちゃ綺麗じゃね? 事件は布市場では解決しないと思うけど」
「なんて美しい布だろう。本物の花畑のように鮮やかで繊細な織物だね。見ているだけで胸が高鳴るよ。……ねぇリーダー。あの布は、もしかして全部……」
「ああ」
「おいおいおい。あれは希少素材だろうが……。これは、一体いくらになるんだ……? そこらの宝飾店を集めてもこの『布市場』には敵わねぇだろ」
「素晴らしい――」
手に入りにくいうえに扱いが難しく、染めたり模様を入れたりするのが困難な最高級のふわふわな布。
淡い色が付いているだけでも価値の上がるそれが、鮮やかに染められ、華やかな模様の美しい織物になり、国中のそれを集めたと言われても信じられるほど積み上がっている。
「凄いどころじゃねぇな……。これも人には見せないほうがいいだろ……」
『人には見せないほうがいい』ものだらけなクマちゃん達の村。
マスターがチラ、と視線を横にやると、布の正体に気付いていない村長は「布ってこんな綺麗なんだ。クマちゃん凄すぎじゃね?」と吞気なことを言っている。
彼は目元を隠すようにこめかみを揉んだ。
そんな彼に、子猫のように愛らしい声が掛けられる。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『まちゅた、元気ちゃ……』
まちゅたーは元気になりましたか? まだ悲しいですか……? という意味のようだ。
大事なお着替えを砂だらけにされた彼を心配しているのだろう。
マスターはふっと笑って答えた。
「いや。もう大丈夫だ。お前が凄いもんを見せてくれたからな。ありがとうな」
彼が赤ちゃん用ベッドへ手を伸ばし優しくもこもこを撫でると、クマちゃんは湿ったお鼻を彼の手にくっつけキュ、と鳴いた。
最愛のもこもこの愛らしい姿に、マスターが目を細めていたときだった。
もこもこが彼の手を離れ、両手の肉球を上下に動かし始めた。
事件解決の踊りだろうか。
「クマちゃ、クマちゃ……!」
「そうか、上手いな」彼が楽し気に笑い、可愛いもこもこの踊りを見ていると、視界の端にふわふわと白い物が入り込んできた。
「ん? 布か?」
柔らかなそれを掴んだ彼が、もこもこに尋ねる。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『まちゅた、どうぞちゃ……』
事件に巻き込まれてしまった可哀相なまちゅたーには、クマちゃんが作ったそちらを差し上げます……、という意味のようだ。
名探偵からマスターへの贈り物、または補償だろう。
「俺にか?」
彼がそれを広げると、それは二枚あるようだった。
一枚は薄くてふわふわで真っ白な、クマちゃん型肌掛け。非常に可愛らしい。
もう一枚は、薄くてふわふわで真っ白な長袖のシャツ。肌ざわりだけはいい。
向こうが透けている。
「そうか……、可愛い肌掛けだな。大事にする」
マスターはもう一枚に関する明言を避けた。
『大事に着る』などと迂闊なことを言えば『クマちゃ……』と今から着用することをおすすめされてしまうだろう。
遠目には着ているのか着ていないのか分からない服を。
「マスタークマちゃんになんか貰ったの?」
布市場から『可愛いクマちゃん型クッション真っ赤なリボン付き』を持ってきたリオが、白い何かを持つ彼に尋ねた。
「黙れ」
「なんか傷付いたんだけど……」
「リオ、君も同じものを着たいというなら僕がクマちゃんの布市場から探してきてあげるよ」
「え、マジで? ……いや。なんか怪しい気がする。頷いたら事件に巻き込まれる感じ」
「事件かもな」
「薄くやわらかな布を纏う男にはやがて爪が刺さる――」
ほぼ誰も傷つかずに解決した『水色の布事件』
砂でごろごろしていた部下ちゃん達の体の下には、緑と黒と赤を基調としたやわらかな布とクッションがたくさん敷かれていた。
クマの兵隊さん達にも、彼らの姿が描かれた素敵な布やクッションが贈られたようだ。
彼らは幸せそうにお互いの布を見せ合っている。
心優しい名探偵は無事すべてを解決し、全員を幸せにしたらしい。
「…………」
愛らしいもこもこを見守っていたお兄さんが、鮮やかな布がはためくそちらへスッと視線を動かす。
意外と心配性なお兄さんの力で、クマちゃんの大事な布市場に猫を通さない結界が張られる。
これで、財宝の山のような布が部下ちゃん達に切り裂かれることもないだろう。
「クマちゃ……」
愛らしい声で彼を呼ぶもこもこをルークが抱え、指の背で撫でる。
彼は『頑張ったな』と伝えるように、仕事へ戻る直前までもこもこを甘やかしていた。
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