第257話 皆の心を癒すもこもこ。収められた矛。

 大好きな彼と再会し、仲良しなリオちゃんとの楽しい思い出を語っていたクマちゃんは、現在ひとりぼっちで笛を吹くリオちゃんを元気にするため頑張っている。



 ポヒー――というリオちゃんの感情がこもった音色に、クマちゃんはハッとなった。


 そうだ。クマちゃんはパーティーの途中なのだ。

 リオちゃんが『ポヒヒー』と思うのも当然である。

 幹事のクマちゃんが踊りを止めてしまって『ポヒヒー』のだろう。


 大好きなルークにお願いし目の前のカウンターに降ろしてもらったクマちゃんは、急いでリオちゃんのもとへ駆け寄ると、笛の音に合わせて歌い上げた。


「――クマチャーン――」

『――チャヒー――』



 ――ポヒ――。


「クマちゃんいま『チャヒー』って言わなかった?」


 演奏を中断したリオがカウンターの上をヨチヨチしているクマちゃんに尋ねる。

 

『チャヒー』が気になるが、もしかするとリオのために戻って来てくれたのだろうか。

 ルークが帰ってくるといつも彼にべったりなクマちゃんが、リオのために――。

 

 感動した新米ママはシマシマ眼鏡の裏で瞳をうるませ


「クマちゃんいい子過ぎる……めっちゃ可愛い……足遅いのも可愛い」


失礼な独り言を呟き、道具入れが掛けてある腰のベルトにおもちゃの笛を挟んだ。


 クマちゃんは彼のほうへ両手の肉球を向け、ヨチヨチ、ヨチヨチ、と可愛らしいあんよで一生懸命走っている。


「クマちゃん可愛いねー」リオはすぐに可愛いもこもこの胴体を両手でもふ、と捕まえた。

 小さな肉球が彼の顔のほうへ伸ばされていることに気が付き「どしたの?」もこもこに頬を寄せる。


 クマちゃんは「クマちゃ……」と愛らしい声で彼を呼び、湿ったお鼻をピチョとくっつけてくれた。


「クマちゃん鼻めっちゃ濡れてて可愛い……」


 リオはかすれ声でしみじみと呟いた。

 癒しのもこもこの癒しの鼻ピチョはなんて素晴らしいのだろうか。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、元気ちゃん……』


 リオちゃん寂しいのは治りましたか? クマちゃんの元気を分けるので泣かないでください……、という意味のようだ。


「やばい……クマちゃんが俺を泣かせようとする……めっちゃ近くでふんふん聞こえる……やばい……」


 泣くほど悲しくはなかったが、可愛い我が子の抱っこ権を奪われ寂しかった心は、もこもこの温もりと思いやりと湿ったお鼻で――もこピチョ――と埋められた。

 

 何故か機嫌の悪いクライヴに精神攻撃されたのも、ついでに店内にいる彼らから無神経な言葉を浴びせられたのも、心優しい我が子の愛らしさですべてがどうでも良くなった。


「クマちゃんあったかい。めっちゃもこもこ……」


 

 さきほど村で見つけた物について、ウィル達と情報を交換し話し合っていたマスターは、胸を押さえ片膝を突いている男に


「おいクライヴ……大丈夫か」


一応声をかけた。


 愛らしい歌声と、もこもこの優しさにやられたのだろう。

 

 カウンターの側に立っているせいで、すべての会話が耳に入って来る。



「え、なにクマちゃんその肉球。リーダーのとこ戻るってこと?」


「クマちゃ……」


「リオちゃんも? 俺もってなに? もうリーダーの隣に座ってんだけど。これ以上近付いたらなんかおかしくない? ほらあれ絶対石ころ見るときの顔じゃん」


「クマちゃ、クマちゃ……」


「いやそれはちょっとどうかと思うなー。こっから百メートル進んだら俺だけ外出ちゃうんじゃないかなー」


 ――くっつくどころかどっか行っちゃうよねー――。



 幸せそうなリオとクマちゃんを眺めていたウィルが、穏やかな声で話し出す。


「とても仲良しだね。何故愛らしい像を外に置いたままにしたのか彼から聞きたかったのだけれど、リオを叱るとクマちゃんが悲しんでしまうかもしれないね」


「……そうか――」


 癒しのもこもこのあまりの愛くるしさに息の根が止まりそうだったクライヴが、苦し気に頷いた。


 道に転がされていた最愛のもこもこ像の姿が、目に焼き付いている。

 怒りに支配されていた心は愛らしいクマちゃんに浄化されたが、悲しみが薄れることはない。


 犯人が見つかればこの気持ちも癒えるのだろうか。

 氷の紳士は愛らし過ぎて危険なもこもこを視界に入れないようにしながら考えた。

 

 もこもこと金髪は仲がいい。

 寂しがり屋なもこもこの愛らしい像をひとりぼっちの状態で外に置くなど正気の沙汰ではないが、何か深い理由があるはずだ。


 村長が決めた『パーティーの掟』を知らないクライヴは、リオの尋問を中止した。



 もこもこ像おくるみ剝ぎ取り事件の犯人は気になるが、クマちゃんの昼食を抜くわけにはいかない。

 マスター達は捜査を一時中断することにした。


「あ~。もう昼だな。酒場から飯を運んでくるか?」 


 マスターはもこもこに食べさせる幼児用薄味ご飯の名を伏せた。

 スイカジュースと海産物ばかりでは栄養が偏るだろう。


 気遣う彼の言葉に含まれるものに気付かないもこもこが、ハッとしたように両手の肉球でもこもこのお口を隠した。


 ――因みにクマちゃんは今、大好きなルークの腕の中だ。

『俺はいいから。いやまじで。これ遠慮とかじゃないから』と抵抗していたリオは優しいクマちゃんの『クマちゃ……』を断り切れず、もこもこを抱える魔王から二センチほど距離をあけたところで石ころのようにピクリとも動かず座っている。


 店内にクマちゃんの愛らしい声が響く。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、お料理ちゃ……』


 今からリオちゃんとクマちゃんが素敵なコース料理を作ろうと思います……、という意味のようだ。


 ――俺……ース料理とか……んと無理だか……――。


 かすれた誰かの小さな声は、小さすぎて真横の魔王にしか聞こえなかった。

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